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複雑性PTSD

僕は PTSD についての研究、というか実務家としては相当勉強しているつもりですが、まず手元にあるDSM-5 には外傷性ストレス障害(PTSD)についての記載を見てみます。DSM-5 には複雑性PTSD の記載はありません。

複雑性PTSD については「そういった概念はある」あるいはエビデンスがない、診断基準がはっきりしないということから「複雑性 PTSD というものは疾患単位としては認められない」という立場を取る医師もいます。

日本で保険点数が適用されているのはICDなのですが、ICD-10 から ICD-11 に変わった時に例えば「ゲーム依存」や「複雑性PTSD」についても正式に診断名として認められるようになりました。

複雑性慢性型 PTSD という病名もあります。実際には自立支援(障害者総合支援法に定められた重篤かつ慢性の精神障害で、3 割負担ではなくて医療費が1割で済む。)の中にはある一定の要件を満たせば PTSD が1割負担で済む場合もあります。

複雑性PTSD というのは僕のイメージとしては、幼少期からの度重なる苛烈な虐待、または過酷な性的被害を受けた患者さんがなるものだという理解をしていました。複雑性PTSDの概念が簡単に広がっていくことについての危惧を僕は持っています。DSM-5では「適応障害」も「心的外傷およびストレス因関連障害」の中に含まれていて、急性的なストレス因に反応するというものが適応障害です。

一般の人々が適応障害程度だろうという印象を受けたとしても無理はありません。PTSD という診断名は DSM-5 によればかなり厳しい診断基準が定められており、自分が死にそうな体験に接した、そういった致死的な場面を見た、職務上のそういった(例えば救急隊員や警察等) 人の死に接した、という体験等が必要になるわけですがこれが「複雑性」ということになるとさらに厳しい診断基準を満たすことが必要になります。

さて、PTSD そのもに当てはまるかどうかということが疑問の状態でそういった診断が出ることもあるわけですが、本人を診察したことがないタレント医師は相変わらず「あれはPTSD ではない。」というような「テレビ診断」や「ネット診断」を行っていて、これもどうかといつも思っています。

PTSD の診断基準としては繰り返し近親者が虐待等のひどい体験をしたことを何回も繰り返して聞いたことも含まれるわけでが、果たしてそういう事実が診断された人についてあったのかどうかということについても実際に問診をして診断した医師でないとわからないわけです。

本人の了解を得た上で記者会見等で医師が発表することは構わないのですが、果たして何があったのか、ということについては本人や診断した口から話されない限りわからないでしょう。

その辺りの想像がいろいろ膨らむとあちこちから叩かれることになるわけで、「婚約者のことでマスコミにひどい目に遭わされた」ことが複雑性 PTSD の原因だと言い張っている、それは大変けしからんことだからもっと取材をきちんとして原因を解明して特定しろ、とか「そんなことが複雑性PTSD の原因になるわけないだろうから、これ以上突っ込まれたくないからそんな診断名になったんだろう」と世間やそういったタレント医師が遠隔診断をしたりするわけですが、真相はわからない、というのが事実です。

ただし、いかにもタイミングが悪すぎますし、そういった発表をこの時期にすることが果たして適切なマスコミ対応だったのかどうか、ということについてもこの辺りの事情に素人ながらも僕はいろいろと思うわけですし、世間もそう思っているのだという印象を受けます。

何よりも「複雑性PTSD」というのは上記に書いたとおりかなり過酷な経験をしていないと発症しないものなので、それに当てはまっているのかどうか、いや違うのではないか、という想像は聞いた人がそのように思われても仕方ないのかな?というのが僕の個人的な感想でもあります。

結構僕が危惧しているのは、複雑性PTSD や複雑性慢性型 PTSD というのはPTSDの中でもかなり重い病態で、因果関係がわからないでただ診断名だけをさっくりと発表してしまうと「なんだ、複雑型 PTSD っていうのは結構軽い病気なんだ、じゃあ俺も複雑性PTSDっていうことにして会社休もうかな」等この病気が軽く受け止められることです。マスコミを通じてだけ知っている事実から「複雑性PTSD」という診断名が出て来るとかなりの誤解を招いてしまったという事情があるのは認めざるを得ません。

なぜこのタイミングでかなりの重い病状をマスコミで発表したのか、その辺りの事実は知る由もないわけですが、世間一般には PTSD も、トラウマという言葉も誤解されやすいことは事実です。×「振られてトラウマになっちゃって」×「だからあのデートした場所に行くとトラウマ思い出しちゃって」×「叱られたのがトラウマ」世間一般に誤解されているこういった精神医学的な概念の誤用は時として本当の患者さんが軽く見られてしまうということについても危惧します。

そうなると説明責任というものが自然に発生してしまいますし、説明ができないものについて安易に診断名だけを発表するというのはいかがなものかということについて思いを巡らせるわけです。

photo by ᴷᵁᴿᴼ' @PhotoKuro_