16DC8980-9887-4688-8AD9-FC11DB34849E

◯ 精神科医療の暗部と医療観察法

「子どもの死を祈る親たち」を読みました。

筆者押川剛氏は精神障害者移送サービスという事業と精神障害者のための私設支援施設を経営しています。

家族が医療保護入院といって、本人の任意入院が不可能な場合には家族の同意で入院がさせられるのです。

ただその家族がどうやって医療機関に本人を連れて行ったらいいのかわからない場合、押川氏のようなごくパーソナルな移送サービスを使うことがあるわけです。

こういったサービスについて聞くと双極性障害者の躁状態や激しい幻覚妄想状態にある統合失調症患者さんのことを思い付く人もいるかもしれません。

こうした人たちは確かに病識には欠けているところはあっても、何か自分と世界との価値観がずれてしまっているという病感のようなものがあり、家族が丁寧に説得するとそれなりの自己決定もできるわけです。

僕が某地域の措置入院を担当している基幹病院で働いていた時も、社会保安上の理由で精神障害者は危険、暴れるからという社会からの要請で措置入院のための精神保健指定医がつねに待機させられていたわけです。

僕も詰めていましたけどヒマでヒマで仕方なくて読書ばかりしていました。

実際に世間が想像しているような「コンビニで半裸になって包丁を持って暴れている」ような精神障害者といった対象者はほぼほぼいないでしょうり

そういったニュースがあると「精神障害者の犯罪が凶悪化している」とマスコミは誤ったイメージを擦り込もうとするのですが、実際にはそういった人のほとんどは薬物使用者が禁断症状で暴れているだけです。

精神疾患患者の犯罪率は一般人よりもきわめて低いという有名な統計があります。

一般人の犯罪率2パーセント、精神疾患患者0.6パーセントです。

当たり前のことですが、自分の症状に苦しんでいる患者さんが他人を傷つけるようなエネルギーはありません。

患者さんたちは日々理性とどこからともなくやってくる症状との葛藤の最中に置かれ続けています。

むしろ自傷のおそれが強い、希死念慮が高い患者さんが措置入院の対象になっていたことが多かったのではないかなあと思います。

精神障害者とその周囲をめぐる事情にはまだまだ世の中の暗部が投影されています。

押川氏が行っているような精神障害者移送サービスは数十万円の金額がかかりますし、本人の同意なしに病院まで連れて行くというのはかなり法的にはダークな領域です。

無理矢理だと監禁、略取誘拐?と取られるかもしれませんし、押川氏は「行くぞ!」という掛け声ひとつで患者さんを押送したことがあると書いています。

どんな精神障害にせよ、家族がきちんと本人に向き合わずにそこまでこじらせてしまった場合が多いのでしょう。

利益主義で患者を食い物にしているとルポルタージュですっぱ抜かれた某病院はその後も措置入院をさせた後に拘束、個室病棟で1ヶ月100万円を請求したと聞いています。

押川氏の行っている事業は確かに精神科医療の裏側の部分です。

親も精神疾患患者を抱えて、どうしたらいいのかわからずにとりあえず引きこもるままにしておく、近所の手前何もしないでおくという放置行為が本人を悪化させているのだと思います。

結果として家族が被害者となって死に至る場合もあります。

現在精神医療保健行政の問題点を抜きにして少数事件が大々的に報道されるわけですが、暴力団同士の抗争で死者が出てもあまりニュースにはなりません。

もっと早期に対処していれば入院に至らなくてもよかっただろう患者さんは多いでしょう。

しかし家族はあまりに精神保健について知らないですし、保健所や役場が相談対応をしてくれることも知らないわけです。

あまりにも放置しておくと凶悪犯罪を起こした場合、刑法上の除伐でなく、検察官の申立てで2ヶ月の鑑定入院を経て心神喪失者等医療観察法の対象となる場合があります。

実際のところ、この医療観察法の対象となるのは治療可能とされる障害者のみ、認知症のように回復がない疾患の場合にはどうするか?

現行法では発達障害、人格障害も対象となっているのが、心神喪失者と鑑定してしてもいいのか?

と課題は山積です。

医療観察法で入院となって、完治したから社会復帰させると再犯者が野に解き放たれる場合もあるわけでしょう。

行政、医療、司法のはざまにあって結局一番割りを食うのは患者さんやその家族だと思うのです。

家族や本人のニーズに対応しない、救急対応受入れが難しい地域基幹病院もあり、ケースワーカーが地域連携室の中でその振り落としをしている場合も多いのということを実感しています。

結局そうすると結果的には押川氏のような民間サービスを利用せざるを得ないように追い込まれてしまうのではないか。

無理に移送、入院した患者さんは必ず退院します。

患者さんと家族との間に生まれてしまったであろう軋轢をどうやって解決してたらいいのでしょうか。

加えて、予見不可能な大量の犠牲者を出す宅間守のようなごく少数者だけが彼らへのスティグマ(烙印)を先行して与えているという事実はきちんと知られておかなければならないでしょう。

もっとも宅間守事件がきっかけで医療観察法ができたのは皮肉ですが、治療
、更生、社会適応のため、患者さんにとっては大きな前進でした。

今回の診療報酬改定について措置入院患者さんの復帰から通院まで公認心理師が関与するという文言は確かに公認心理師の権能拡大です。

ただし、世論を細かく読み取る政策というものは児童虐待、ギャンブル依存防止にも公認心理師を駆り出しているわけです。

さて臨戦状態になっても待機だけ、という事がよくある話なので実業務と政策の乖離はよくあることです。

法と今の精神医療体制の矛盾や限界を本書によって知りました。

子供の死を祈る親たち

新潮文庫/押川学