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◯ 公認心理師がアルコール依存性治療薬処方に関与決定。依存症最前線・オピオイド・グルタミン酸受容体アップレギュレーション・ハームリダクション

1.序

公認心理師試験受験者の方々にも知っておいて欲しい依存症治療の最前線です。ついこの間研修で、矯正→依存医療領域を専門にしている才媛K女史の講義が素晴らしかったので当人の了承を得てK女史講義内容を紹介します。僕の私見も一部入っています。

まず、アルコールを含む物質依存性についてそれが矯正とかかわる可能性がある法律についてです。

2005年7月 医療観察法
2007年6月 刑事収容施設法
2016年6月 刑法等の一部を改正する法律・薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部執行猶予に関する法律

さて、司法矯正分野の専門の方には耳タコですが、薬物依存性の方の処遇についてのチャートです。

刑の確定→処遇指標or処遇区分又は調査センター→処遇施設→矯正処遇実施、となります。

矯正処遇を受けることが義務付けられる根拠は「正当な理由なく矯正処遇を拒んではならないことが遵守事項に定められ、これに違反した者に対しては、懲罰を科すことが可能(間接強制)というものです。

http://www.moj.go.jp/content/001225807.pdf

2.アルコール関連問題対策の歴史

昭和38年 国立療養所久里浜病院「アルコール中毒特別病棟設置」
同年全日本断酒会連盟発足
昭和49年 成増厚生病院にてアルコール病棟開設
昭和50年 AA(アルコホリックアノニマス)日本で発足
昭和52年 厚生省アルコール研究班組織
平成25年 アルコール健康障害対策基本法
平成28年 アルコール健康障害対策基本計画

そして現在アルコールに関する主要3学会は、日本アルコール・アディクション医学会、日本アルコール関連問題学会、日本嗜癖行動学会です。

3.診断基準等

さて、アルコール依存は生命、心理、社会的な影響を引き起こします。

飲酒で死に至る(食道静脈榴破裂による大量吐血など)、依存による社会経済的なマクロの損失、自死、飲酒運転、家庭内暴力、犯罪、リスクが高い女性の飲酒(女性のアルコール分解酵素は男性よりも極めて少なく、ごく短期間で依存症になります。)、高齢者介護とアルコール問題です。

ICD-10物質依存症候群の診断基準では、
⑴物質を摂取するための制御困難、欲求、強迫感
⑵物質摂取行動(開始、終了、量の調節困難
⑶離脱症状、使用量増加による耐性
⑷社会障害(飲んで上司をぶんなぐるとか二日酔いで出勤できなくなるとかでしょうか)
⑸危険な使用(γ-GTP100以下ならなばなんととかセーフかもしれませんがやめるように言われます。4桁になる人は肝硬変→肝臓がんコースです。)

ICDでは上記3項目が1年以上同時に存在した場合に診断され、その欲求に抵抗できないことが特徴です。

DSM-5の「物質使用障害」もほぼほぼ同じです。制御障害として、使用量の増加、制止努力失敗、長時間、入手、摂取からの回復時間の消費があります。

社会障害としては仕事や学業、家庭への影響、社会的・対人関係の悪化(「俺は酒癖は悪いけど言ったらそこまでだから忘れろ」というのはパワハラ&アルハラと思います。)

飲んでいれば当然社会的活動や娯楽を放棄、縮小することになります。危険使用はICD-10と同じですがほとんど全ての精神薬がアルコール禁忌と知りながらでも飲む人が多いのは依存症です。耐性、離脱も定義されています。

ICD-10は精神依存が必須で比較的重症度が高いですがDSM-5は社会障害が重視されます。ということで比較的軽症例も含まれます。

4.基本的見解と現在の治療、ハームリダクション(低減、減酒)

アルコールについては従来絶対断酒でした。身体的、精神的、社会的問題に深刻ながある場合には断酒しかないのですが、断酒はハードルが高い、として飲酒量低減のためのハームリダクションがありうる、「まず節酒でもいいんじゃない?」というのが軽症例もターゲットに見据えた」最新の依存症治療の流れです。

依存症治療に携わった方々は十分承知のことと思いますが、家族が怒っても医師が叱ってもましてやセラピストたる心理職が厳しいことを言おうものなら患者さんは通院なら二度と来なくなるかもしれません。

治療ドロップアウトを防ぐ手段としてハームリダクションがあるのです。
軽度依存性で患者さんが飲酒量を減らしたい、特に飲酒によって支障がなければハームリダクションは一つのゴールになります。

精神・身体状態や服薬との交叉耐性もありますが、何もなければビール1〜2缶ぐらはいいじゃない?という考え方です。

従来の依存性治療者は患者さんを叱るのが役割という管理的役割しか取れなかったのが、ハームリダクションによって問題を低減できるので患者さんの治療アドヒアランスからのドロップアウトを防げるというメリットがあります。

ハームリダクションは患者さんの抱えているさまざまな問題の低減につながります。

国立久里浜医療センターはアルコールに限らないさまざまな依存性治療を行っているのですが、久里浜方式は患者さんを閉じ込めて飲酒させないことが治療目標ではありません。

メンタリティー重視なくして治療なしという考え方から、患者さんの自治会組織運営、そして各種治療プログラムへの全ての参加が原則です。自主性を重んじるので開放病棟、帰宅外泊も日課となり、その中でいかに自分を律するか、そしてそのミスも織り込み済みということになります。

退院後の通院コンプライアンス、抗酒薬、自助グループを重視します。

5.心理社会的治療

依存症集団精神療法は患者さんが持つ否認を洞察させることが目的です。そのための受け入れ先として断酒会、AA、マック、ダルク、そしてデイケア、作業所も社会資源になります。

依存症治療に対してはSMARPP、GTMACのような認知行動療法プログラムがあります。それらは基本的には動機づけ面接MIとの組み合わせですが、実は依存性治療にはなんでも効果があるのではないかというのが実感です。

参照url

https://www.ncnp.go.jp/nimh/yakubutsu/reference/index.html

随伴性マネジメント、作業療法、家族療法、運動療法、内観法、森田療法、SSTも推奨されていますが、家族支援としてはCRAFT Community Reinforcement And Family Training(コミュニティ強化法と家族トレーニング)があります。

6.薬物療法

商品名シアナマイドCyanamide(実は肥料として開発された)は、二日酔い成分のアセルアルデヒドが飲酒した瞬間に生成されるので飲酒した心地よさよりも苦しさが勝るわけです。ノックビンDisulfiramも同様で、嫌酒剤として処方されます。

依存症治療薬はなんでもそうですが、患者さんに告知せず、家族が黙ってコーヒーに混ぜて飲ませる等すると逆効果です。「何でオレをこんな目に遭わせた!」という嫌・嫌酒剤になってしまうので、デイケアの看護師さんや家族の前で「よし、オレは今日のまないぞ!」と気合いを入れる決心のために飲むわけです。

依存から脱する離脱期は不安との戦いですのでベンゾジアゼピン系抗不安薬の処方もセオリーです。

さて、アルコール依存性治療薬として脚光を浴びているのは飲酒欲求低減薬、アカンプロサートがあります。Acamprosate、商品名レグテクト(日本では2013年発売)飲酒依存によってGABA受容体が抑制され、ダウンレギュレーションしてしまって耐性獲得をしている状態を正常化します。(GABA受容体が抑制されると不安が増し、鎮静作用が減ります。)

また、慢性飲酒はNMDA型グルタミン酸受容体を過剰に活性化させたアップレギュレーションの状態を引き起こすため、Acamprosateは断酒が振戦譫妄や興奮性神経細胞死を引き起こすのを抑止します。

アルコール依存で乱れた脳を正常化するため、飲酒欲求を抑制する薬です。

もう一つの飲酒抑制剤としてはナルメフェンNalmefene商品名セリンクロで、日本での発売は2019年です。オピオイド受容体に働きかけて減酒を可能にします。こちらもアルコール依存性に対する心理社会的な働きかけが重視されて処方されます。

こうした飲酒抑制剤は患者さんが希望したからといってはいどうぞとどこの病院でも出してくれるわけではありません。

関連学会に所属して研修を受けている医師、さらに看護師や精神保健福祉士、公認心理師と協力しながら行わなければならないと厚生労働省で定められています。画期的なことです。

https://www.hospital.or.jp/pdf/14_20190225_02.pdf

7.行動変容の評価

禁煙に例えることもできますが、依存性は何でも共通しています。患者さんが6カ月以内に行動を起こすつもりがない無関心期、6カ月以内に行動を起こす意思がある関心期、1カ月以内に行動変容させようとする準備期、実行期は明確な行動変容が観察されるがその持続がまだ6カ月未満の時期、維持期は明確な行動変容が観察され、その期間が6カ月以上続いている時期です。患者さんが今どのステージにいるかが見極めるポイントです。

8.SBIRT

WHOが定めるSBIRT(S)は厚生労働省HP内「アルコール依存性者のリカバリーを支援するソーシャルワーク実践ガイド」にも掲載されています(アルコールソーシャルワーク理論生成研究会)。SBIRTは「非健康的なアルコール使用を同定し対処する」一連の手法です。Screening患者さんをふるいにかけ、Brief Intervention簡易介入を行う手法です。Low Risk(低リスク)には予防教育、Risky(リスキー)多量飲酒・危険飲酒には減酒と進行予防を目標にした保険教育、Harmful(有害)乱用・有害使用には減酒・断酒を念頭に置いた簡易介入、Severe(深刻・重篤)には専門治療を念頭に置いた簡易介入が行われます。

そしてRiferral Treatment専門医療が必要な群には紹介を行う。
Selfhelp group:自助グループにつなぐ

9.入院

入院治療プログラムの一例です。それぞれの病院によってプログラムはアレンジされています。中毒性精神病治療、離脱治療への薬物療法、心理的にはカウンセリング、そしてミーティング、家族教育、薬物家族教室、家族ミーティング、家族面談、家庭訪問が行われています。

病棟ミーティング、勉強会、残棟者ミーティング、患者会、集団療法としてのレクリエーション、ウォーキング、作業療法、SGM、CST(再飲酒・再使用防止プログラム)自主グループ活動、AAメッセージ、NAメッセージ、ダルクメッセージ、マックメッセージ、断酒会、AA、NAそして入院している患者さんは必ず退院します。そのため治療的外出、外泊を行わせ、自由の中で断酒ができることを学びます。

10.治療方針

司法領域にいた人には違和感あるかもしれませんが依存性研究者にして実践家権威精神科医松本俊彦先生は違法薬物使用でも警察に通報しない、患者さんの「またやっちゃったよ」が許容される治療システム構築を目指しています。外来に来たことは大いに称賛されるべきです。心理教育、可能な限り外来での治療を行います。

ハームリダクションはBRENDA法踏襲による日記療法も行われます。⑴飲酒量目標設定、⑵飲酒量確認、⑶服薬状況などの確認、⑷全体的な改善の評価、⑸全体的改善の評価です。

※ 目標設定は適宜見直されます。

日本における治療が必要なアルコール依存症者はICD-10定義では未治療者を含め109万人いるとされています。依存症は医療、社会経済的損失が大きい問題です。新しい依存性治療は軽症者へのハームリダクションを念頭にシフトが始まりつつあり、公認心理師の活躍がその中に期待されています。

最後にAA12のステップを掲載します。

1.私たちはアルコールに対し無力であり、思い通りに生きていけなくなっていたことを認めた。
2.自分を超えた大きな力が、私たちを健康な心に戻してくれると信じるようになった。
3.私たちの意志と生き方を、自分なりに理解した神の配慮にゆだねる決心をした。
4.恐れずに、徹底して、自分自身の棚卸しを行ない、それを表に作った。
5.神に対し、自分に対し、そしてもう一人の人に対して、自分の過ちの本質をありのままに認めた。
6.こうした性格上の欠点全部を、神に取り除いてもらう準備がすべて整った。
7.私たちの短所を取り除いて下さいと、謙虚に神に求めた。
8.私たちが傷つけたすべての人の表を作り、その人たち全員に進んで埋め合わせをしようとする気持ちになった。
9.その人たちやほかの人を傷つけない限り、機会あるたびに、その人たちに直接埋め合わせをした。
10.自分自身の棚卸しを続け、間違ったときは直ちにそれを認めた。
11.祈りと黙想を通して、自分なりに理解した神との意識的な触れ合いを深め、神の意志を知ることと、それを実践する力だけを求めた。
12.これらのステップを経た結果、私たちは霊的に目覚め、このメッセージをアルコホーリクに伝え、そして私たちのすべてのことにこの原理を実行しようと努力した。