ひなたあきらのおけまる公認心理師たん

新制度公認心理師の検証をしばらく続け、この制度がよりよいものになるための問題提起を行いつつ、カウンセリングの在り方について考え、最新の情報提供を行っていきます。ほか心理学全般についての考察も進めていきます ブログ運営者:ひなたあきら メールアドレスhimata0630★gmail.com(★を@に変えてください。)

カテゴリ: 近代中小企業

09F64BA4-CEEF-42AA-B679-BED325AB70EC

「近代中小企業」
発行:中小企業経営研究会
https://www.kinchu.jp
営業マンが自分の活動に役立てる「メタ認知能力」

1「メタ認知能力」とは

まず、メタ認知能力とは何かについて説明したいと思います。

通常の認知は営業マンの「これを売りたいなあ」という自分自身の考え方、発想なのです。「メタ認知能力」は、その時に「顧客は本当にこれを必要なのだろうか?」「自分は『売りたい』という気持ちばかりが先走っていて、外から見るとこれはどう見えるのだろうか」という、自分を見るもうひとりの自分、さらに言うなら、あたかも自分を頭上から見下ろして自分の活動を見るという能力です。

このメタ認知能力が低いと社内でも社外でも自分勝手なわがままな人としか見られませんので注意が必要です。

例えば自分は自分、人は人と、自分だけの認知、認識にとらわれてしまうと「まあ遅刻してもいいだろう」という極端な考え方になってしまいます。

車で営業する場合に信号、道路の渋滞状況などを考えて客先へとなるべく早く到着するように心がけるというような人は知らず知らずの内にメタ認知能力を身につけていて、自分と他者のことをきちんと客観的に見るメタ認知能力を使用しています。

また、顧客がAという商品が欲しいと思っているのにBという商品ばかり売り込みたがっているのも顧客からすれば不快な思いをするだけで、営業マンはその時にはメタ認知能力を使用していません。

2 メタ認知能力を身につけるためには

メタ認知能力を身につけるためには「批判的思考(クリティカルシンキング)」が大切です。

自分だけの考えに陥ってしまって他者のことを見ない傾向を「自己中心性バイアス」と言います。

この傾向が強いと自分だけは正しいと思い込んでしまい「自分はこう思っているのだから他の人もこう思っているのは間違いないだろう」という、まるで自分だけにスポットライトが当たっているような誤った概念にとらわれてしまいます。

この傾向から抜け出すためには常に自分を振り返り、批判的思考を行うという行為が必要となります。批判というと他者を批判したり、行き過ぎた内省的な考え方をして自分が悪いとクヨクヨしてしまうことを想像しがちなのですが、真の批判的思考とはそういう概念ではありません。

誰しも人は推測、推論をして動きます。メタ認知に欠ける人は先ほど述べたように誤った推論をして動くわけですが、営業のためには証拠や実績に基づいた推測が必要になるわけです。

例えば「顧客は〇〇という提案を以前にしたら気に入ってくれた」「こういった手法を使ったら売れたけれでも別の時に別の手法を使ったら気に入ってもらえなかった」と考えて振り返るのが批判的思考です。つまり相手と自分との関係を常に客観的に見ているわけです。

直観的な思考システムだけに頼って動く勘は誰しも使用していますが、これは人が行う簡単な「ヒューリスティックシステム的思考」と呼ばれています。勘に頼るだけではなく、論理的な思考を行い、データに基づいて行うより緻密な思考方法は「アルゴリズム的思考」と心理学では言われています。

勘だけに頼ると単純に物事を見がちですが「なんとなく考えるとこうだろう」と決めつけてしまうのではなく、過去の思考・発想の成功体験、失敗体験やデータに基づく緻密な分析がアルゴリズム的思考です。物事を考える時にこのアルゴリズムに基づいた発想の方が有効なのです。

アルゴリズム的思考はメタ認知概念の中では重要な概念です。何かを売る際には相手が直観でヒューリスティック的思考で物事を考えることもあるでしょう。

しかし相手もメタ認知能力を使っていて「この営業マンはこういう売り方をしていて、以前もこうだったから買わなかった」あるいは「この営業マンはあの時には自分にとって役立つ提案をしてくれたことがある、今回はどうなのだろうか」という筋道だった論理的なアルゴリズム的思考で営業マンのことを吟味していてより客観的に考えていることも多いのです。

それでは営業マンがメタ認知能力を身につけるためにはどうしたらいいのでしょうか。

それは常に自分が行ってきた営業活動を振り返り、アルゴリズム的思考をしていくことが求められます。例えば営業日誌を書くことひとつ取っても、「今日は何件訪問してA社は乗り気だった」と単純に振り返りをするのではなく、訪問して乗り気ではなかった、すぐに相手が立ち去ってしまった時にはどういった要因が働いていたのかを冷静に分析することも大切です。

それは単純に相手が忙しかったからかもしれませんしタイミングが悪かったからかもしれません。

しかし自分と相手との関係をより客観的に見て、何か自分の言動や行動に問題はなかったのか考えてみることも必要です。心理学は失敗したことだけを自分で反省させる学問ではありません。

うまく行った時、なぜうまく行ったのか考えることも必要です。メタ認知能力が低いといつまでも売れた要因は「たまたま売れた」という偶然的な過程と結果を見ることだけに終わってしまいます。

論理的に考えてみて「どうしてあの時は売れたのだろうか」と考える、成功の要因を分析して振り返ってみること、そして売れた理由を考えてそれをまた応用していくという「Do more」(ドゥー・モア)的な発想が大切になります。

売れる営業マンは「今日は何をして結果はどうだった」と単純に考えるのではなく「どうして」「なぜ」という洞察を深めていき、無意識のうちにメタ認知能力を高めているます。

売れる営業マンのことを考えてみます。売れる営業マンは精緻にメモをしています。誰から何を言われたか、そしてどういった対応を自分をしたか書いています。そしてさらに一歩踏み込んで相手と自分の関係がどうだったか、顧客がどういった考え方をしていたのかを緻密なメモの中に書いている人もいます。メモしていなくともそれをきちんと記憶しています。

3 リテラシーという概念
最近、小学校でも「メディアリテラシー」の授業が行われています。メディアやインターネット上に溢れる情報の中から正しいものを取り出し、判断するという能力がリテラシーです。

メタ認知能力は正にこのリテラシー的概念を応用したもので、自分が行ったこと、そして相手の反応はどうだったかという、膨大なデータの中から役立つものを抽出するというものです。

そのためには言ったこと、言われたことを考えるだけではなく、もう一歩踏み込んで考えてみることも必要です。つまり、訪問のタイミングや時間は適切だったか、自分の発言に対して相手はどんな表情や声色をしていたか、態度はどうだったのか等細かく相手の、言語だけではない非言語的なノンバーバルコミュニケーションに着目していくことも大事でしょう。通常の直観的なリテラシーだけでなく、より高次な分析的リテラシーが役立ちます。

4 メタ認知能力に必要なプロセス

(1) 隠れている要因を明確化すること。

人は何気ない会話の中でも上述のように膨大な情報のやり取りをしています。

したがって、営業場面でその問の課題は何だったのか、その時にどんな仮説を立てたのか、仮説にしたがってどんな言動、行動を取ったのか、相手はどうだったのか、相手はどんな態度や言動だっのかを細かく分析していくというプロセスが必要になります。そして相手も同じことをしていると考えた方がいいでしょう。多くの人は直観的ヒューリスティック思考に従って動いています。

ヒューリスティック思考情報処理の手間を少なくしてより単純な経験則だけによって動いています。しかしヒューリスティック思考の中にもアルゴリズム的な論理性が無意識的に働いていることがあります。相手が直観的な観察力だけで自分を見ているだけではなく、こちらも言動、態度等ノンバーバルコミュニケーションで見られているのです。

営業が嫌いな人は営業の時に緊張して声が震えていたり、目が泳いでいたりします。そういった時に相手は必ずこちらを見ています。緊張することは誰しもあり得ることですが、そんな時こそ笑顔で明るく振舞ってきちんと相手の目を見て話すことが大切です。

(2) 推論の根拠について考える

人は様々な情報に触れます。例えば新規訪問先のホームページを見た時にその内容を吟味してから行くことは多いと思います。訪問先の情報を伝え聞いていたり、何らかの手段で知識を得ていることもあるでしょう。そういった際に推論をする能力が必要になるのです。推論が誤っているのか正しいのか、判断することがここでは重要になります。

(3) 推論と実行のバランス

ただ「推論が必要です」と筆者が言ったところで、「簡単に言われてもそんなことは時間がかかるからできない、面倒だ」と思う人もいるかもしれません。しかし自分について、自分と相手との関係について常に振り返り、考えていくことはメタ認知能力を高めることにつながります。

この「振り返り思考」を論理的、客観的に行っていくことこそ推論の能力を高めていくことになります。常に推論を繰り返そうとしてデータの分析ばかりしていて今度は客先の訪問頻度が減ってしまったら逆効果です。「大変だからやらない」という理由を100個探すことは実行をひとつ行うよりもはるかに簡単です。データを分析しながら実行手順について考えていくことは営業先に向かう車中でも電車内でもできることです。

(4) 行動決定

メタ認知能力は、自分の認知的プロセスを適切にコントロールする能力と、頭でわかっていてそれを実現するための方策、行動に至るまでの意志決定の2つに分かれます。

理解していれば必ずできるという単純なものではないので、常にメタ認知的にはこう考えられる、その推論の根拠は何だったのか、常に過去の経験から次に自分の行動を決定するという段階が大事です。

5 メタ認知能力を鍛えるには
メタ認知能力と並んで大切なのは「メタ記憶能力」です。失敗しても成功してもその体験の記憶がすっぽりと抜け落ちてしまっていたら、いつも偶然にしたがって試行錯誤的に動いているだけになってしまいます。試行錯誤的な行動が悪いというわけではありません。営業は考えているだけでなく、動かなければどうにもならないところがあります。

試行錯誤的にスピーディに顧客訪問をする中で常にメタ認知について注意をしてそれをメタ記憶の引き出しにしまっておくと、だんだんとメタ認知能力が高められるようになります。

イメージ能力を高めておくことも大切です。じっくりとデータを積み上げて分析したり、細かくメモを取るということは誰にでもできることではありません。最初は経験則や勘に頼るヒューリステック的な思考でも構わないので、その記憶を後になってから内省的に分析していくことが役立ちます。そして自分が直観だけに頼っていないか、何度も考え、特に成功体験について振り返りを行うことがメタ認知能力を高めることにつながるのです。

人は自分で意識しているほど自分のことを知っているわけではありません。他者はその人のことをどう見ているのか明確でも、人から見ると客観的にはこういう人だ、ということがあります。メタ認知能力は常に自分を振り返る能力です。自分のことを謙虚だと思っていても人からはそう見られていないかもしれません。また、自分のことを気ままにやっていると思っていてもその人は周囲の感情や動きに敏感で感性が優れている人かもしれません。

人は他者から指摘されないとどういった人間なのかということを意識できないものです。常に他者と自分との関係を意識することは大切な能力です。また、それを他者がやんわりとでも受け入れられるように指摘することも大事です。

6 結語
営業はある意味で過酷な仕事です。しかし達成できた時、そこには大きな喜びが伴います。経営者は第一線で働く営業マンのメンタリティを常に気にかけていることが必要です。

成績を上げられたことについては褒めて、そしてなぜ成功できたのか考えてもらうことが営業マンの成長につながります。営業がうまく行かなかった時にはその理由を冷静かつ論理的に考えてもらうことも必要です。営業マンがあまりにも残業で負担がかかっていないか、それ以外にも心身の状態に気をつけるということは経営者から見た社員への「メタ認知」能力につながります。

営業マンは経営者がどの程度自分を気にしてくれているかを敏感に察知します。筆者が会ってきた経営者はみな優れた営業マンかつ心理学者とも言えます。経営者は常に自社の製品と自社を売り込むことを考えているので、営業マンを束ねるトップです。自社と顧客の関係性についてメタ認知能力を駆使していつもポジティブな内省力を持って考えています。そして経営者がそうやって身につけているメタ認知能力を営業マンに伝えていくことが営業マンを育てていくことにつながるのではないでしょうか。

※ 今回の記事もpdfにしていただきました。いつもありがとうございます。

BCB387A6-5279-4A8E-B4F7-52A41B7AE5AC

「近代中小企業連載第3回 ・営業に生かせる心理学『心理学的な付加価値が営業を成功させる。 』

「近代中小企業」
発行:中小企業経営研究会
https://www.kinchu.jp

(ひなた元原稿)
〇はじめに
どんなに魅力的な商材でもその存在や有用性が知られていなければ売れることはありません。したがって、売るためには「心理学的な付加価値」が影響します。
本連載の中では何度か出てくるのですが、人の認知、情動を変えて行動もポジティブに変化させるには「認知不協和理論」が営業活動の中で大切です。

よく営業で言われているのは「フット・イン・ザ・ドア・テクニック」です。相手にドアをあ開けさせてそこに足をはさみ込むと「自分がドアを開けたからこういうことになっている」という、自分の選択した行動を正当化するためにドアを開けたという小さな行動から、購買行動という大きな行動につなげるまでの一連の流れを説明しています。

〇段階的要請法と認知不協和理論による営業テクニック
実際にフット・イン・ザ・ドアテクニックを無理やり使ってしまうと押し売りになってしまうので、これは論外なのですが、段階的要請法や認知不協和理論を応用したこのテクニックは営業にとっては有用です。つまり、小さなことから承諾を取り、だんだんと大きな要請をしていくということです。

例えば無料でノベルティを付ける、そして安価でもいいから小さなモノを販売する、そうすると相手は「モノをもらった、安く買った」という自分の行動が誤っていなかったということでポジティブに自分の行動をとらえるために、大きな事柄でも承諾しやすくなるということです。常に小さなお願いは大きなお願いにつながります。

例をあげます。最近服飾等の小売店ではいわゆる「売る」押しつけがましい営業よりも顧客優先の選択をしてもらうように心がけています。「どうぞご自由に見学してください」(顧客の自由度が高い)そして顧客が迷っているようだったら「どうしました?もしよろしければ説明させてもらえませんか?」と顧客の意志決定を重視し、顧客が「自分で選択した」という認知が大切になるわけです。

ここで「30分ほど説明させてもらえませんか」と言われたら顧客はあまりの手間に嫌がってしまうでしょう。それよりは「少しお時間いいですか」「10分ほど見ていきませんか?」の方が受け入れられやすいのは当然のことのように思われます。

結果的にその説明が30分になってしまった時、人は自分が費やした時間を無駄だと認めたくないわけなので、購買行動につながりやすくなります。

人間は自分が選択した行動の過ちを認めたくありません。これをザイアンスの「単純接触理論」と組み合わせると硬軟使い分けた営業手法になるのではないでしょうか。つまり、他愛のない挨拶程度でも営業マンが毎回接触してくると「売る」という積極的な行動に営業マンが出なくても顧客は営業マンと接触してきた時間の長さが無駄だったとは認めたくないために購買行動につながりやすくなるでしょう。

単純接触効果は相手が忙しい時間を過ごしているのに無理に面会を申し入れるのは逆効果になります。「たまたま通りかかったので」と名刺1枚受付に渡しておくのでも構いません。不在でもいいのです。

新商品のパンフレットができた、あるいは従来ある商品のパンフレットがマイナーチェンジされて新しくなった、など直接顔を見なくても潜在的顧客は「あ、また来たなあ、こちらが忙しいと思って面会を無理強いしなかったんだなあ」と好意を持った単純接触効果になるでしょう。

これは営業マン自身が「広告」として機能していることを示します。ただテレビのCMが流れているのとは違い、手間がかかっている広告です。営業マンがわざわざ足を運ぶことはっこの手間がかかった広告の効果としては、相手の認知、記憶にとどまり、感情を良好にして次のステップとして面談をしてみよう、最終的には購買行動につながるものと考えられます。

さて、認知不協和理論は大切な営業テクニックで、人は自分の認知(認識=例えばこの人はいい人だ)というものは情動(感情、好意を営業マンと商品に抱いている)、そして最終的には購買という行動に出るのです。これは臨床心理学の最前線で使われている、誤った認知を正しい行動に変える認知行動療法にも応用されています。

また、購買行動に関する認知は、認知不協和理論にも似た、A―B―Ⅹモデル(バランス理論)でも説明できます。例えば、巨人ファンのA君と阪神ファンのB君が仲がいいけれどもどうしてもA君は野球の好みが許せない。そうするとA君は自分の認知を変えて阪神ファンになろうとするかもしれません。また、巨人ファンになるようにB君のことを説得するかもしれません。

以上は比較的前向きな行動なのですが、A君はお互いの認知が違っているという緊張状態を解消するためにB君が嫌いになり、B君との仲を解消するようになるかもしれません。つまり、認知の違いというのはそれほどまでに人の感情を動かすわけです。

「だから」「でも」などといった相手がなかなか納得をしないキーワードを使っても顧客の心を動かすことは難しいでしょう。例えば顧客がいったん「買わない」という言葉を口にしたとしてもその意志を無理やり変えようとするのではなく、徐々に相手の態度変容を期待する方が効率的でしょう。

〇 ポジティブな心理学の活用
従来、心理学は病人の治療のために発展してきましたが、そうではないポジティブな側面にも注目されているのがポジティブ心理学です。あたかも営業マンが治療者のように顧客に接していたら、営業マンの方が上位に立っていて顧客が不快に感じやすいのは想像に難くないでしょう。

人間はネガティブな感情よりポジティブな感情を望みます。そこで、相手が好きなこと、没頭することに話を引き入れていくことは大切なテクニックです。最初から売り込みをかけられるよりも趣味の話や大切にしている家族の話、好きな話題を好みます。

ポジティブ心理学から少し離れるのですが、会話術として上記の説明をより深めて考えてみます。人間の会話には「クローズド・クエスチョン」とそして「オープン・クエスチョン」
があります。営業をするのに「今日は暑いですね」と営業マンが言ったなら「そうだね」と一言返されて終わりでしょう。「暑いと食欲が落ちますね」も「そうだね」「そうでもないよ」の一言で終わってしまいます。

それに引き換え、「オープン・クエスチョン」は話題が広がる会話術です。同じ天気の話でも「今日の天気はどうですか?」と聞くと「暑いね、暑いのは僕は苦手でね、北の方の出身だからね」「そうなんですか、私は南の出身ですけれどもこちらの気候は蒸しますよね」と話が広がります。「食欲が落ちますよね」よりも「暑いと冷たいものが食べたくなりますよね」「そうそう、そうめんとかね」「私もそうめんは〇〇産が大好きなんですよ」等話が広がります。

話を広げて相手との親しい関係を作り上げていくのは営業の基本です。また、顧客は常に自分で選択を行ったという思考を好みますので、そこには「ユー・ミーニング」(「あなた」が主語)よりも「アイ・ミーニング」(「私」が主語)の話し方が好まれます。

読者の方は、販売のために「私はあなたにモノを売りたい」という発想とはまるで逆に感じるかもしれません。「私は売りたい」はどちらかというと押しつけがましく感じられないでしょうか。「私(アイ)はこの商品を〇〇と考えますけれど、どうでしょうか?」と聞いた方が先ほどのオープン・クエスチョンと相まって話はどんどん広がりますし、それに加えて選択権はあくまでも顧客にあるということで、満足度も高まるでしょう。

ポジティブ心理学について触れておきます。ポジティブな感情がまず大切になります。最初から高値で販売を提案されるよりもサービスや品質の積み重ねでその値段になったことを示していく方が受け入れられやすいと筆者は考えます。誰しも不愉快な人生よりも心地よい時間を過ごしたいと思っていることは間違いありません。一方的な押しつけは禁物です。

そしていったん顧客が自社の商品、そして商品そのものでなくても商品が持っている価値に自分が没頭し、夢中になっていけばそれに対する集中性は増します。常にポジティブな感情を持ってもらうことがこの没入状態に関係しています。精神的に健康度が高い人ほどこの没入状態になりやすいことが知られています。

営業マンは顧客の健康度を高めるためのユーモアや相手が興味を引く話題の引き出しを多く持っていることが大切なのはこのポジティブ心理学でも説明できます。そのためには関係性も大切です。お互いに不快な感情「売ろうとする―無理やり売られようとする」という関係性は良好とは言えません。営業以外にも付加価値が多いサービスを提供することが大事になるでしょう。

ポジティブ心理学では人間がいかにして幸せになるか、ウェルビーイングという概念を大切にしています。そこには社会的に良好な人間関係が影響しています。思い描いてみると(例外はもちろんありますが)幸せそうで、人の(社員の)役に立つものを購入したいという顧客は笑顔のウェルビーイングに満ちているわけです。

「営業」というのはただの仕事、というよりはその営業マンの価値観や人生観が強く反映されるものです。営業活動をする中で、自分は正しいことをしている、ポジティブに顧客に喜んでもらっているという感覚、人生の意味や意義をそこに見出すことはとても大切なっことです。そしてそれは顧客にも通じることです。幸福度を達成する上で、なぜその商品が大切なのかを知ってもらうことが大切でしょう。それは大袈裟過ぎないと思うのですが、意味や意義を人生に見出すことが営業活動に通じるということになるでしょう。

ポジティブ心理学の中でも大切な概念は、達成感情です。これも営業マンと顧客双方に通じることで、いいものを売った、いい買い物をしたという達成感情がお互いに生まれたら営業はさらに次の営業につながります。仕方なく買ってしまったというよりも、お互いにwin-winの関係性が大切なのはこのためです。

〇精緻化見込みモデル
精緻化見込みモデルは2つのルートをたどると考えられます。
例えば商品についてとても詳しい顧客がいたとします。詳しいからこそ、周辺情報や他社の製品と比較検討することができる、この顧客は購買行動について「中心ルート」と言えます。関心、興味を持っている中心ルートをたどる人は潜在的顧客として大きな役割を果たすと言えます。

中心ルートの人は商品に対する知識が優れているだけに、世間の評判がどうなっているのか、この商品の雰囲気は、ということについてはあまり関心を抱きません。この人たちが専門的な知識を持っているのならばこちらも懇切丁寧に専門性について説明した方が効果的ということです。

また、商品そのもののことはよく知らない、ですがSNSやインフルエンサー、芸能人等が勧めているから、と周辺からその商品に興味を持つようになった人のことを「周辺ルート」の潜在的顧客と呼ぶことができます。商品そのものに強い関心がなかったとしても「結果的にこれはとても役立った、役立っていると言っている人が多い」ということで周辺ルートの人は知識が増えなくても購買意欲は高まるわけです。

こういった周辺ルートの人たちに対して無理やりに商品の持つ魅力や性能、知識を売り込もうというのは逆効果になりかねません。周辺ルートの人たちは商品の持つ雰囲気や役に立っているというメッセージの方を重視しているからです。ただし、こういった人たちは雰囲気で選んでいるので流行が変わると中心的な興味も異なってしまうことも十分に考えられます。その商品を売りたいのであればその流行が続いているうちに、そして流行が変わった場合には別の商品を売っていくという工夫が必要となるでしょう。

〇おわりに
今回は、商品よりも商品に対してつけられる付加価値が大切ということについて述べてみました。人は認知、情動、そして認知や情動に関連したポジティブな感情についてを中心に書きました。付加価値というのは本稿では営業マン自身と、営業マンの持つ魅力、そして営業マンの持つコミュニケーション能力です。これら全てを一致させることは難しくても、その強度が強いほど営業マンは「売れる」営業マンとなっていくことが期待されるのではないでしょうか。

※いつも拙文を校正の上、綺麗なpdfにしてくださってありがとうございます。

近代中小企業「営業に生かせる心理学3」

6A6D97E4-5AB2-41B9-BFA6-827B50C7D0A3

近代中小企業連載・営業に生かせる心理学2

「近代中小企業」
発行:中小企業経営研究会
https://www.kinchu.jp

2.相手が何を求めているのか、心理学を活用して知る
(1) 社会的アイデンテティ理論
BtoBでもBtoCでも、購買の決済権者に対して営業をすることが最も効果的です。決済権者は自分の所属している組織や持っている信念について自信を持っています。自分の購買行動が正しいということについて正しいと思っています。

人には自己高揚動機といって、自分の所属している集団や信念を他の集団や信念よりも高く評価し、それによって自分の自己同一感情、アイデンティティを高めようとする傾向があります。

日本人は欧米型の独立的な「自分は自分」という自己感とは異なり、「みんなと一緒」という相互に依存的な自己感情が優位なことが知られています。

つまり「ウチはウチ、外は外」ではなく「ウチに入って来たら歓迎する」ということです。したがって「営業マンの〇〇さんはウチの人だ」という同一感情を相手に持ってもらうことがまずは営業のつかみとしては重要だということです。

これは相手を否定して「社長はそうおっしゃいますけれども」という営業方法ではなく、前回述べた「単純接触効果」であり、何度も相手に会い、その度にネガティブなことを言わず、相手の持っている時間と気持ちの余裕に合わせて自分を「ウチ」の人の一員として考えてもらうことが大切になります。

営業方法として相手の持っている価値観をぐらつかせようとして売るために否定的なネガティブなことを言うのは相手の購買行動を阻害することになりかねません。常に人は自己が所属している集団や価値観に対して自尊感情を持っています。その自尊感情を揺るがされることを好みません。無理な説得は相手の存在そのものを脅威にさらすことになってしまいます。

「ウチの良いところをわかってくれる人」であり「いつもウチに寄り添ってくれている人」は好感触を得やすいので、接触の回数を多くしながら相手の自尊感情に訴えかけることが重要になるでしょう。

例えば相手が野球のあるチームが好きだったとします。たまたま自分がそのチームが好きであればいいのですが、わからなくとも相手の話を一生懸命ニコニコしながら聞いていればそれが長時間にわたるほど、ウチの人になりやすいわけです。

否定や恐怖を相手に与えながら「これを買わないと大変なことになる」という営業方法よりもまず「ウチの人」になることが大切です。これらは「内集団バイアス」という心理学用語で説明できます。

(2) 印象形成
ただし、相手が何が好みか、どういった価値観を持ってそれに対して同一感情を持っているか知ることは難しいことです。顧客は「自分の好きなモノ、コトはこれだから、ここをほめてくれたら買ってみよう」というダイレクトな情報を与えてくれるわけではありません。

短時間顧客と接していて得られる情報は常に断片的、限定的なのです。そこで間接的な、雰囲気を含む情報から正しい印象形成をしてみることが大切になります。「この人はだいたいこんな人だろう」という判断は、判断材料が多ければ多いほど正確なものに近づいていきます。

いわゆる「直観」で相手を知るということは心理学的には正しい行為です。さて、その上で何を判断材料にしていくかですが、最も大きな判断材料とするべきなのは相手の性格であり、断片的であってもそれはばらばらの寄せ集めではなく、相手の持っている根源的な性格というものがその人の中核なのです。

したがって、ある程度は直観でその人を理解することはできますが、部分的なものであっても何が相手の性格を示しているのかということに注目することが必要になります。

この印象形成はまた、顧客から営業マンについても形作られています。「この人はどんな人なのだろう」と思って見られているわけです。そこでふっと隙を作って相手の気に入らない、ネガティブな感情を持たせてしまうとそこから進むのは困難になります。
初対面の印象が大切なのは「初頭効果」と言いますが、初めの印象が悪かったからといって全てダメというわけでもありません。

人間は最初に直観で相手を判断しますが、だんだんと馴染んでくると「最近の印象」が大切になってくるからです。いい印象形成をしてもらうためには常に相手にポジティブな感情を抱いてもらうようなイメージを作ってもらうことが大切になります。

(3) 顧客の自己効力感

人間誰しも自分が何かやった、成し遂げたという自己効力感情を持っています。そしてある行動を行う時、例えば購買行動がこれに当たるわけですが、どの程度その行動を行ったら自分が満足できるかという、結果予期による自己効力感が大切です。つまり、自分が行った事柄は正しい事であって、その結果として満足が得られたという予測をしています。

自己効力感の形成はいくつかに分かれますが、最もわかりやすいのは、自分が過去に行った購買行動、その営業マンから購入したことで成功をしたということが自己効力感を高めます。一度売れたからといって気を抜いて悪いものを売ってはならないということになります。

そして、代理的な自己効力感に訴えかけるのも大切です。人は自分が達成した効力感だけでなく、他人が同じことをして成功をしたという代理的な効力感でも十分に動くことが知られています。したがって、あまり露骨ではなく、さりげなく「この商品を買った〇〇さんは~という点で満足してくれた」という押しつけがましくない説得は代理効力感からそれを自己の成功体験につなげることに役立ちます。

「あなたにはできない」ではなく、できた場合にはこんなにいい事がある」という事をアピールするのが大切ということになります。

こういった説得は、直接的な説得でももちろんいいわけです。購買者は、買ったことでどんな満足感がもたらされるか、買うことに価値があるのかということについて興味を持っています。

したがって言語的な説得も自己効力感を高めるのに役立ちます。たとえその場では顧客が高価で買えないと思っていても「これが手に入ったらこんなにいいことがあるんだろうなあ」という情動を喚起することは、もしもAという商品が売れなくても少し価格が安くても品質がよいBという商品を販売することにつながる可能性は高いでしょう。

顧客は過去に自分が行った購買行動についてそれを頭ごなしに否定されてしまうと自己効力感はその時に一時的に下がってしまうので、リスクを伴います。以前にBメーカーから買ったという行動は正しかった。しかしこのAメーカーから買うともっと自分は満足できるだろう。という認知を持ってもらうことが大切になります。

(4) 相手が誇りに思っていることを知り、同調すること(認知不協和理論)

顧客は何についてプライドを持っているでしょうか。そのプライドを敢えて崩すようなことをするとともすると営業にとっては逆効果になりかねません。例えば人は車を買った後にまた車の展示会に出かけたり、車のチラシを熱心に見たりします。なぜかというと、自分が行った選択は正しかったと思いたいからです。人は自分が行った認知、そこから生まれてくる感情、そして最終的に行った決断による行動の不協和を嫌います。そこで顧客に対して「あなたが行った以前の購買行動は失敗だった」と言われることを嫌うのは、自己効力感理論に加えて認知不協和理論でも説明ができるわけです。

また、営業とは関係なくても人は自分が好きな物、事をほめられる、同調されると相手に対するポジティブな感情も高まります。売ることばかりを先に考えるよりも相手のことを十分に調べてその人が何についてプライドを持っているのかを知るのは大切なことです。
また、さきほどの自己効力感理論とは矛盾するようですが、人は高額なものを購入すると「これだけ高額だったのだから効果は抜群に違いないし、実際に効果を上げている」という認知の協和を求めるようにもなります。

一度販売に成功すると「この営業マンから買った物はいい物だ」という認知も働きますので、まずは比較的手に入りやすい安価な商品を販売していくことも認知の協和につながります。売ったら売りっぱなし、または次の物を何か売ることばかり考えるのではなく、売った後にきちんとしたフォローをしていくことも営業マンに対する評価や御社に対する良い印象を抱いてもらうことにつながります。

(5)どの相手も社会的に正しいものを求めている。その認識を評価して賛同する(社会的正当勢力)

BtoBを考えてみます。A社は大抵の場合、自分たちが作っている製品(提供しているサービス)は社会的に役立つものだという考えを大抵の場合持っています。
BtoCを考えると「長生きするためには保障が必要」だったり「子どもは成績がいいことが大切」という、当たり前ですが正しい社会的正当勢力は当たり前のことでもあり、社会的、文化的な常識の規範にもなっています。

したがってこれらの正当な考え方、正当勢力については同調をすることが大切です。そして人は自分が正当勢力の中にいると感じると安心感につながります。人は誰しも自分が行っていることに対して多少の不安は感じているものです。
そこで他者からの評価を参照にして正しいことをしていると思いたいのです。

ここで考えておきたいのは、何が正当勢力なのかという評価はその相手によって異なるということです。
「高くていい品質のものを求めている」のか「安くてもそれなりの価値のあるものを求めているのか」ということによって正当勢力は異なるということです。相手に十分に同調することについてまずは考えていきましょう。そして相手が持っている価値観に合わせるようなプランを提示することが大切です。

(6)キーパーソンを知ること。年輩者はポジティブ感情を持ちやすいということを知る

いわゆる「社長営業」について説明します。どんなに商品を売ろうとしても購入権限がない人にだけ気に入ってもらってもなかなか販売には結びつきません。購入の最終決定権は社長やその一家の長が持っていることが多いです。つまり年配の方が多いということです。

しかしこれが本当に真実かどうかは、実際にその相手のフィールドを見てみないとわからない事も多いです。若い女性が購買担当者で社長に購買の権限を一任している場合もあります。また、個人相手の営業の場合には一家の長は父親だから、というわけではなく、子どもが気に入るもの、子どもが気に入る人から買うということも十分にあり得るわけです。例えば保険商品のような、子どもには理解しがたい商品を販売する場合でも複数営業マンが来て合い見積もりを取っている場合には営業マンの人柄が販売につながっている場合も多いでしょう。心理学的には隠れた購入の決済者を知ることは大切なことです。

さて、実際の決済権者の年配者は社長や役職者であったり、個人営業では一家で最も裕福なことも多いでしょう。年配者はあまりにも役職が遠すぎて苦手だ、と思ってしまうとその先には進めません。

年配者はその仕事の経験を積み重ね、また、人生経験を重ねていることで自分に自信がある場合が多いのです。高齢者に近づいてきているから弱々しいという考え方は現在の社会では否定されていて、むしろ手厚く扱われていてどんどん尊敬の対象になっているという「エイジング・パラドックス」という考え方があります。すなわち現代社会では年配者は自信を持って生き生きとしているわけです。そういった方々に営業マンが及び腰でいてはなかなか売れないでしょう。気持ちに余裕がある年配の方にこそ営業マンがきちんと対峙して販売しようとする姿勢が大切になります。
 
(7) 終わりに

本稿では営業は心理学の応用であるという考え方から、営業マンが商品を売ると同時に、自分を売り込むことについても書いています。自分が相手に気に入ってもらえば購買行動につながりやすいのはよくあることです。また、売り方についても強引に相手の恐怖感や切迫感を高めて売るというやり方では一度売れたとしてもその次にはつながりにくいでしょう。それどころか無理やり売られたという気持ちやクレームにつながりやすいでしょう。

クレームは次の営業のチャンスにもなると言われていますが、クレーム処理にコストがかかることを考えると決して得策ではありません。相手の得になることを真剣に考え、次につながる営業の方が利益を上げやすいのではないでしょうか。営業マンは自分という人間の魅力を売ると同時に、社会的に正しいモノ、サービスである御社の商品を売ることが大切だと筆者は考えています。

※ 今回も編集済みpdfを記事にしていただきました。

↑このページのトップヘ