ひなたあきらの公認心理師でポン!

新制度公認心理師の検証をしばらく続け、この制度がよりよいものになるための問題提起を行いつつ、カウンセリングの在り方について考え、最新の情報提供を行っていきます。 ブログ運営者:ひなたあきら メールアドレスhimata0630★gmail.com(★を@に変えてください。)

カテゴリ: 倫理

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◯ 患者さんの握ったおにぎりを食べられますか?

横浜市立大学医学部の論文試験に出題された問題を改変したのがこのタイトルです。

正しくは、高校の教員が生徒たちを引率、農業実習をさせた生徒に対して農家のおばあちゃんが握ったおにぎりを食べられなかった。

あなたが高校教諭だったら

1.食べられなかった生徒たちをどう指導しますか?

2.食べられなかった生徒が多かったことをおばあちゃんにどう伝えますか?

という設問でした。

これが医療者としての適性を試す質問とすれば、1.の「食べられない」という価値観を多様性のひとつとして否定しない。

どんな際にもマイノリティの人権を否定しない。

そして2.はインフォームドコンセントICの問題になるでしょう。

とある難病になり、数年後生存率はほぼ数パーセントという患者さんのICに立ち会ったことがあります。

ベテランのXy部長医師が「◯◯さん、今は病気が悪さしているけれど、絶対に2本の足で立って帰れるようにしますから。」

と満面の笑みで患者さんに伝えました。

結局患者さんは小康状態になり本当に二本足で帰り、生きられた時間を楽しみ、その後急変して亡くなったという例がありました。

このご時世ですから患者さんもよく自分の病気を勉強していますから末期には覚悟をしていました。

患者さんは、残された生きられる時間を大切にしようとしつつも治し切ってくれなかった医療者を恨んでいたかもしれません。

「おにぎりをみんな喜んで食べましたよ。」

と言いつつ高校教諭はおにぎりを持ち帰ったのかもしれません。

それをおばあちゃんは悟っていたかもしれません。

それは「優しいウソ」です。

「私、死ぬんでしょ?」

「そうですね。生きられる見込みはあまりありません。」

というやり取りは医療現場ではありません。

この20代の若い研修医でも命がかかっているICはかなり慎重に行います。

さて、この横浜市大設問の隠された根源のひとつとして「患者さんからもらったプレゼント」の扱い方があります。

時にはプレゼントをこちらから与えることもあります。

真夏に走ってカウンセリングの時間に間に合うように汗だくで来たクライエントさん、喋るどころではなくぜいぜい言っている、そんな時には「麦茶でも飲みますか?」と聞きます。

患者さんと一緒にお茶を飲みながら和気あいあいとカウンセリングするのはいけないことという暗黙のルールもあります。

厳しい倫理がある公務員の世界では当事者から出された「お茶を飲んではいけない」という規定があります。

特に司法や福祉で判断業務を行うところはそうで「あの時お茶を飲ませてやった。お茶菓子も買ったから持たせたのに」とまで思われるかもしれません。

公務員でもユルい時代には保護者からビールを飲まされたり、遠距離の当事者宅に行くのに原付で駅から自宅まで2人乗りで送り迎えしてもらったこともあると聞きます。

児童臨床をしている心理職が子どもが一生懸命作った折り紙や工作を断ることはないでしょう。

もう少し年端のいったティーンエイジャーの女の子がスワロフスキーで作ったアクセサリーならば?

確かにクライエントさんは喜んで欲しがっているからこそ作るわけですが、「わあ、また作ってね」と何度も作らせていたという臨床家がいたと聞いてかなりがっかりした思いがあります。

直接の知り合いだったら叱り付けていたかもしれません。

精神分析では子どもの排泄物は親への何よりの「贈り物」と言われています。

心理職はクライエントさんの友だちではない、これはその通りです。

福祉現場では利用者さんと指導員が一緒にご飯を食べる機会はままあります。

それもまた生活をともにするという臨床の立場だと思います。

どこまでが許されてどこまでがまずいのか、その線引きは心理職にとって常に曖昧な危険性を孕んでいます。

「今日は暑かったからペットボトルのお茶を買ってきましたから先生も飲んでください」

「また来週の時間を決めましょうか」

「お茶、持ってってください」

こういう場面に困った心理職の人はいないでしょうか?

「これまでお世話になりました。母と私で選んだネクタイです。受け取ってください」

プランド物の高級なネクタイでした。

どうしますか?

僕の実体験です。

以下、産業領域の心理職の人たちは経験していることも多いでしょう。

カウンセリングを受けたくてしょうがない、だけど工場の生産工程が読めないので連絡の取りようがないし、現場には内線電話がなくてカウンセラーの私物携帯しかない。

こういう時、私物携帯の番号を教えるカウンセラー、教えないカウンセラーを多数決を取ったら見事に半々に分かれました。

僕は人を選んで慎重に時には携帯番号を教えることがあるのですが、時間外に1時間電話で泣きつかれると困ったなあと確かに感じます。

産業領域では「カウンセリングに来るのにお昼しかないっすよ。お腹減っちゃうからここで飯食ってもいいっすか?」

「◯◯君、お茶どう?」

「あざーっす!」

偉いどこかの人が聞いたら激怒されそうです。

「カウンセラーさんに食べて欲しいからケーキ焼いてきたの」

これはどうしたらいいでしょうか?

じゃ、手作りお弁当は?

と思考実験ではなくて実際にそういう体験をした人もいるだろうなと思います。

物のやり取りだけがまずいのではありません。

言葉もかなりクライエントさんにとっては凶器になります。

「カウンセラーさんみたいな優しくて素敵な旦那さんが欲しいなあ」

「いやいや、僕は私生活では女房とはケンカばっかりでちっともダメですよ」

こういうカウンセラーの返し方は二重の意味でまずいのです。

昨日、今日と医学部試験から医療倫理、対人関係援助職の倫理について考えさせられました。

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◯ 公認心理師がもし猫を轢いたら

医学部入試に「昨夜猫を轢き殺したるわれにして人の規則に許され働く」の短歌についての感想を述べよ。

という出題されたことがネットのニュースで話題になっています。

この短歌を詠んだのはタクシードライバー歌人、高山邦夫さんです。

タクシードライバーは多くの距離を運転していますが、小さくて交通ルールの守れない猫を完全に避けることは難しいです。

運転を生業とするドライバーでも轢いたら、子ども相手なら重罪、猫ならばそれは「モノ」相手として「人の規則に許され働く」ことができます。

公認心理師第40条には信用失墜行為の禁止義務があり「公認心理師は、公認心理師の信用を傷つけるような行為をしてはならない。」とあります。

猫を轢いたとしても、どの資格職もそれは信用失墜行為にはなりません。

しかしながらずっしりと重い罪の意識に苛まされる人も多いでしょう。

医師はその扱う患者さんの数とリスクから、人命が失われることが通常でも多く予想される職務です。

心理職もまた人の命を預かる仕事なのは間違いなく、一日中希死念慮が高い患者さんの話を次から次へと聞くことがあります。

以下のような発言を精神科医からも心理職からも聞いたことがあります。

「結局あの人は◯◯だから誰も死ぬことを食い止められなかったんだよ。だから仕方なかったんだよ。」

(カッコ内には病名やその人が置かれた環境、トラウマなどが入ります。)

もし上記医学部試験でそういう解答をしていたら×で、きっと合格点はもらえなかったでしょう。

「あの黒猫は夜道を一目散に渡って行ったから避けようがなかった。」

それは真実です。

クライエントさんが自死、不審死を遂げた時に心理職は毎週濃密に1時間を過ごしていたクライエントさんをどうすれば食い止められたかという理由を事後であっても探し続けます。

自分が眠れない思いをしても探し続けます。

医療事故はあらかじめ患者さんの死が予想されていなかったものについて事故とみなします。

※ ちなみに医療事故とは医療法では下記のように記されています。

第6回医療事故調査制度の施行に係る検討会 資料2-3

平成27年2月25日

医療事故の定義について

厚生労働省医政局総務課
医療安全推進室


医療事故の定義について

1医療に起因し、又は起因すると疑われるもの

2当該死亡又は死産を予期しなかったもの

3死産について

法律

通知事項

第6条の10

病院、診療所又は助産所(以下この章において「病院等」という。)の管理者は、医療事故(当該病院等に勤務する医療従事者が提供した医療に起 因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産であつて、当該管理者が当該死亡又は死産を予期しなかつたものとして厚生労働省令で定めるものを いう。

(以下この章において同じ。)

が発生した場合には、厚生労働省令で定めるところにより、遅滞なく、当該医療事故の日時、場所及び状況その他厚 生労働省令で定める事項を第6条の15第1項の医療事故調査・支援センターに報告しなければならない。

(以上引用)


医療の世界では次々と患者さんが亡くなっていく、リスクが予測できる科も多いです。

心理職の世界は希死念慮が高い患者さんが次々とやって来ることが多く、ただそれを漫然と毎日のようにこなして1時間面接時間をこなしていると患者さんはそのままで帰ります。

1週間192時間、面接時の1時間以外の191時間、患者さんがまた次に生きて面接にやって来る来週に繋げていくか多くの心理職は必死だろうと思います。

「あの患者さんは元々死にかねない、そういう人だったから」

「自分にはどうしたらいいかわからないし、報告しても医師もどうすればいいのか教えてくれなかったから」

「そもそも自分にはあんなに重い人の生き死にをどうにかするような実力はなかったから」

どれも理論的には正しいことです。

医療においては先読みリスク管理をした上で危険性の発現を少しでも減らすことが大切です。

「この薬には◯◯という強い副作用があります。それでショックを起こす可能性がxパーセント、退院できるようになる確率がyパーセントです。」

というのが通常のインフォームドコンセントICです。

ICなしに死ななければならない、言葉が通じない、しかも避けようがない猫の飛び出しについての刑罰はありません。

この問題の正答は、医療過誤にならないし、避けようがない患者さんの死でもきちんと真摯にそれを受け止める、原因を究明してそして次の治療に生かすということではないかと思います。

そして医療者の内心の良心としては、医療過誤にならなくても患者さんの死から学べるものがなかったのか考えること、これが多分正答に近かったのではないかと思います。

心理職の世界では患者さんのバイタル(心拍、血圧、呼吸などの生命徴候)から一刻を争って救命をすることはありません。

ふと待合室で見た、あるいはカウンセリングルームに入ってきたクライエントさんの顔、声色、服装を見た時に感じる「直感」があり、それはたいてい当たっているものです。

証明力があるエビデンスでなくとも、患者さんの雰囲気全体から何かを感じたいと自分自身でも自戒したいと思っています。

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◯ 公認心理師・臨床心理士の研究活動はプライバシー配慮や倫理的問題はクリアできているのか?

公認心理師・臨床心理士に限らない事ですが、研究活動におけるプライバシー保護、守秘義務の遵守は大きな問題です。

臨床家は研究者であるというアメリカの科学者-実践家モデルは正しい事です。

確かに日常業務に追われて自分の目の前の仕事に取り組むのに手一杯で研究どころではない、そういう臨床家は多いと思います。

それでも実践家であるからには様々な研究書や論文は読んでいるわけです。

実際、公認心理師試験も基礎知識を問うような問題でありながらも法律やきちんとした公的機関(厚生労働省・文部科学省・法務省・裁判所)などの通達、ガイドラインを読んでいないと答えられない問題は多いです。

研究を日々絶やさない、少なくとも知識を日夜ブラッシュアップしていこうという姿勢がないと合格しにくい試験ではないかとも思っています。

公認心理師試験に無勉で高得点で合格した人の話を聞くと、いつもその辺りの心理職やカウンセリングについての周辺知識や法規に絶えず目配りをしていたそうです。

さて、心理職や精神科医の学会専門誌、学会発表では事例(クライエントさんや患者さんへのかかわり)の発表が行われることがあります。

この研究活動におけるクライエントさん、患者さんの守秘義務倫理への配慮は、大抵の場合、様々な形式で慎重に行われています。

必ず論文や学会大会抄録に、どういった倫理的配慮を行ったのかは記載しなければいけません。

「プライバシー保護のために個人が特定されないように事例の改変を行い、本人に了解を取った」

というような記載を見る事がありますがこれは最低限のことですし、問題があると思います。

精神医学、心理学領域には限らないのですが、対象者がいる研究をする際には厳しいルールがあります。

患者さんやクライエントさんに対してプライバシーに配慮して心身に害を与えない(侵襲的でない)事、著作、研究論文や発表抄録、発表原稿が国立国会図書館に記録として収納(収納義務があります。)されるまで、いついかなる時点でも研究結果データを使うことをクライエントさんやその家族が拒否、撤回できる事が明示された説明書を渡します。

治療中の患者さんに対する研究ならば、(治療後も同じですが)研究参加を拒否したり参加後に撤回したことで何ら不利益がないという一文も入れます。

(でも患者さんは断りにくいだろうなとは思いますので、それに対する工夫も必要と思いますが)

そしてクライエントさんに同意書に書面でサインをしてもらいます。

全て書面にして双方が保管します。

さらに原稿ができたらもう一度ご本人や家族に見てもらい、修正点があれば修正します。

そしてその研究者が所属している組織の倫理委員会に諮って倫理的問題がないかどうかの審査を受けます。

委員会で患者さんの人権保護に問題があるとされ、リジェクト(却下)されたらそれまでです。

大病院ならしっかりとした倫理委員会がありますし、大病院でない研究機関が大病院の倫理委員会を通して発表をすることもあります。

何の審査も受けていない発表は問題があると感じています。

医療関係者だけでなく弁護士が人権擁護の目的で、また他領域人文科学者の専門家が倫理委員会に入ることもあります。

病院の院長を始めとして医療従事者たち、医療安全評価者、看護師を始めとしたコメディカルなど医療従事者も倫理委員会に入ります。

逆に倫理審査の公正さが保てないということで同じ病院職員の発表については院長等管理職は外れるということもあります。

ただ、事例論文を読んでいると精神科医でも心理職でもずいぶん大事な部分をすっとばして発表している場合があります。

(小さな学会、研究会、団体ではそんな事が散見されます)

「今度さ、内輪の小さな勉強会があるんだけどAちゃんのことカウンセラーとかお医者さんの研究会で話してみてもいい?匿名希望でいいからさ」

と小さな子どもに言いっぱなしで「同意」とするのは×でしょう。

きちんと保護者に説明書を渡し、同意書をもらい受ける必要性があります。

読者のネズミさんが公認心理師倫理について触れていましたが、今後の事を考えていくと倫理を自重していくことはとても大切なことです。

昔々はかなり有名な御大たちが結構適当にクライエントさんの同意を得たかどうかわからないような論文や著作で事例発表しているものがありました。

(今現在販売中のものもあります。)

公認心理師は今後社会的認知が広がるにつれ、各研究団体や一般人からの目がどんどん厳しくなるでしょう。

個人情報保護については公認心理師試験にも出題されます。

何が個人情報に当たり、とういう手続きを経たら個人情報取扱いに問題がなくなるのかは試験対策だけでなく心理職にも医療者の方々にも知っておいて欲しいなと思います。

だからこそ研究における事例のプライバシー保護にはかなり神経質になってもなり過ぎではないと自戒の念を込めて思うのです。

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◯ 公認心理師の除名・資格抹消

手元に日本臨床心理士資格認定協会が発行している「臨床心理士報」があるのですが、毎回「倫理公告」ページがあり、臨床心理士倫理要領に違反した心理士の処分が載っています。

それを見ると厳重注意、3カ月〜2年間の登録停止、登録抹消等厳しい処分が下されています。

たまーにニュースで見ますが、臨床心理士のわいせつ行為による逮捕、というような事案はが報じられていると、その後除名されているんだろうなあと思います。

臨床心理士には臨床心理士倫理委員会規定があって、主にクライエントさんとの私的関係の禁止や、クライエントさんに害のある介入をしてはならない事等が定められています。

そうすると「元」臨床心理士H氏が複数のクライエントさんと私的関係を持った、ということでどうやら2年間の登録停止処分を受けて資格返上したという有名なゴシップを思い出す方もいるかもしれません。

大学で微生物研究をしていた教授(非臨床心理士)が突然心理療法に目覚めて若い女性のクライエントさんだけを対象にカウンセリング的行為を始めました。

ついには育て直しの一環として一緒にお風呂に入って準強制わいせつで告発、大学を追われたこともあったなあと思い出します。

公認心理師法の登録取消しは

1.秘密保持義務違反

2.禁固刑、医療福祉教育に関する罰金刑以上の処分を受けた

3.信用失墜行為

4.主治の医師の指示に背く

(一般人代表ちみちゃんは「なんでなのよう、ヤブ医者より心理師のほうが頼りになる時もあるんじゃないの?」と言っていましたが)

5.虚偽申告による受験の判明

5年間以上、週イチでもいい心理臨床経験というのはそれほどハードルが高いわけではない(と思う)ので公認心理師になった方々がきちんとこれを満たしていないと取消しになるというところでしょうか。

真面目に経歴申告した方なら問題ないでしょう。

以前厚生労働省の方に「どこが公認心理師の罰則を審査するんですか?」と聞いたら「うーん、うちかもしれないし、わからないですねえ」という曖昧な答えでしたが今倫理規定はどうなっているのでしょうか。

某学会でやっぱり凄い大騒ぎになっていたハラスメント?事案があって裁判になっていたんだっけ?等と思い出します。

カウンセリング・ハラスメントやアカデミックハラスメント(大学、大学院教育におけるセクハラ、パワハラ)はたくさんあって、訴訟も起きているのですが、民事訴訟で「和解」してそれ以上どこにも訴えない、通告しないという規定が盛り込まれた場合、どうなるのでしょうか。

(民事訴訟では「甲は乙に◯◯円を支払い今後一切の債権債務がないことを確認する」という文言が入る事が多いのですが、そうなると和解した側は審査機関に訴え辛いのではないかなあと思います。

医師の威圧的なハラスメントが「ドクハラ」と言われるように「カウンセリングハラスメント」ももちろん起こりえます。

見捨てない、利用しない、傷つけない、は心理職の倫理として厳しく言われ続けていることです。

狭い世界で働いていれば多重関係も起こりやすくなりますが、災害等緊急時には仕方ないことがあるかもしれません。

そういった際でも平時に戻ったら多重関係を解消すべく努力しないとならないと思います。

きちんと自分自身が行っている心理職としての行動を振り返って見てみることが大切な事ではないでしょうか。

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◯ 「死ぬほど追い詰められた人」への支援方法とは?公認心理師試験ケース問題対策

公認心理師試験は「まず話を聞く」「相談する」「共感する」を選択しておけば正解点を取れることが多いですが、実際の例外は多々ありますし、出題者側も引っかけを狙って来ると思います。

「仕事を辞めたい、あまりにも仕事がきついので辞めるか死ぬしかない」人に対して僕は「◯◯社のために死ぬのは辞めましょう、仕事のために死ぬのは馬鹿らしいですよ。それよりも生きる方法を考えましょう」と言っていますが実際のところはいかがでしょうか。

他の心理職の方々がどう話しているのか、あるいは言われた側の人たちがどう感じるのかは知りたいところです。

「そんな簡単に行かない、辞めるわけには行かないじゃないか、辞めたら家族も食べさせられない、このカウンセラーは何を言っているんだ」(中年層)

「何も次にしたいことが見つからないからもうダメだ。綺麗事ばかり言われても何も役に立たない」(若年層)

という感じ方は当然あるでしょう。

試験なら「じっくり苦しさを受容して聞く事」が正解です。

厚労省の自死に向かう人を救うためのガイドラインは山ほど多くあり、厚労省の検索ワードで「自◯」と検索するとものすごくたくさんの資料が出てきます。

あっちでこんなことが書いてあり、こっちでこんなことが書いてあるので一体どっちだ、と思いますが本当はどれも正解のはずです。

「さ、初診患者さんにとりあえず質問紙心理テストで査定するか」というやり方を実際やっている病院は多いのですが試験ではこのやり方は誤答でしょう。

追い詰められた人に「大丈夫ですよ」と裏付けのない保証をするのも誤答扱いされそうですが、「今までわけわからなくてもトンネル抜けられたでしょ?だからまた抜けられるんじゃないの?」

というのは僕なりの、クライエントさんと信頼関係ができていればこその介入をする事もあります。

でもこれも誤答でしょう。

「見たところ元気そうだから大丈夫だね」(→もう死にそうなのに勝手に決めつけるな!→誤答)(「大丈夫元気になれるよ!」→そうかな?でもいつも会っているカウンセラーがそう言ってくれるんだったら何とかなるかな?→誤答)

「どうですか?眠れてますか?食べられてますか?調子はどうですか?」(バイタル-生命サイン確認+オープンクエスチョンで開かれた質問→正答)

クライエントさん「この前◯◯って方法で死のうとしたけど死ねなかったんです」

カウンセラー「はあ、そんな方法じゃ死なないですよ(内心焦り)」

ク:「じゃ、カウンセラーがダメだって言うんだったらどんな方法で死のうかなあ」(死に方を探し始めるので誤答)

精神科医「死ぬのは甘えだ!地に這いずってでも泥にまみれても働け!生きろ!君も大人だろ」(絶対に誤答だけど、クライエントさんによっては号泣して持ち直すこともありあり)

家族に連絡をしなくてはならない、職場によっては危険業務から本人と周囲の人々の生命を守るために守秘義務を外さなければならないこともしばしばです。

公認心理師にとってクライエントさんを守りながら信用失墜させない行為とは何か?

日本医師会では精神科に限らずインフォームドコンセントのための様々なガイドラインが定められていますが、公認心理師には何もありません。

カウンセラーは人の命を預かる仕事です。

国家資格になったこの仕事がどの方向に動いていくのかまだまだ課題は山積しています。

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