司法・犯罪領域の臨床心理士・公認心理師
1.緒言
この分野で働く臨床心理士・公認心理師は数が限られています。僕もごく若いころこの領域で働いていたことがあります。その時司法は特殊な分野と思いました。この領域では多くの人々が臨床心理士・公認心理師資格を持っていなくとも活躍をしています。
司法は心理職が働く分野として大切な領域ではありますが、決してメジャーではなく、公認心理師試験の出題領域に結構大きな比重を占める割合で出題されているのになんとなく違和感がありました。
そしてこの領域で働く心理職の特徴について考えてみました。割と綺麗事ばかり並べている官製の文章はどこのサイトでも見られるのですがその「本音」についてです。
2.本論
僕が尊敬している依存症治療医の松本俊彦先生は「またやっちまってよー」と薬物中毒患者の再行動(スリップダウン)について許容していかないとその数は減らないものだという論調です。
依存症は何の依存症でも(物質・ギャンブル・買い物)同じですが依存症患者さんはスリップすることがあります。それを責めてばかりいてはならないだろうと僕も思います。
そして心理職が働く機関によってこのスリップは全く別物に扱われます。
例えば医療機関であれば通常医療機関から司法機関からへの通報はしない。これは上記に述べたとおりの理由からです。医療機関で薬物検査をすることもなければ「1カ月前にやっちゃって」という「言動」に「証拠」が取れるわけでもありません。
しかしながらこれが司法機関や、国民の安全を守るべく保安機関で勤めている心理職ならどうでしょうか。まだ証拠は十分に取れるほど使用から時間が経っていない時、心理職としてはかなり葛藤することでしょう。
こんな話を聞いたことがあります。とある自助グループでは長年依存症から脱しているリーダーが、まだ依存症から抜け出していない新人に対して「だからお前はダメなんだ」という厳しい言い方をしました。
依存症患者さんはその自助グループに入る前にやめられない自分を責めに責め抜いていて勇気を持って参加した。
そしてさらに他者から責められたり、自分でも罪悪感を強く持っていると「ああ、俺はどうせダメな人間なんだ」と思うと自己肯定感がひどく低くなってスリップするのは容易にわかります。
認知行動療法の一形態、なごやかな雰囲気でグループで依存症から抜け出すためのミーティングを行うSMARPPがこういった依存症治療には多く使われていますが、難しいのは犯罪についてです。
例えば窃盗癖、クレプトマニアについて言えばうまく盗めた際には性的絶頂にも匹敵するような快楽を覚える人もいるようですし罪悪感が欠如している人もいます。
第2回公認心理師試験にも出題されたRNR理論は「犯罪の重さによって適正な処遇をする」というもので、これも犯罪矯正理論の一種です。
例えばジャン・バルジャンのようにパン1個盗んだだけで重大な刑に処せられたら世を恨み再犯率が高くなりそうですし、逆に重大犯罪に軽い刑を与えたら、「大したことはない」と、これも再犯率が高くなりそうです。
また、最近ではGL(GOOD LIFE)理論も主流のひとつとなっていて、更生対象者に安定した仕事を与えて家庭が持てるような環境を整えれば再犯率はぐんと低くなるというものです。
GL理論は被害者からするとたまったものではないと思いがちですが、更生を目指す対象者についてを考えるとひどく納得できる理論です。
さて、上記SMARPPについて考えてみます。こと難しいのは性犯罪についてで、こと小児に対するものは1人の犯罪者当たり数百人の被害者が暗数としてあるということが調査されています。
筑波大原田隆之氏は自分に任せればSMARPPも援用して再犯率は激減すると豪語していましたが、それは正解なのでしょうか?
多分原田氏と僕の見解は結果的に共通するところがあるのですがRNR→ SMARPP→GLという流れが合理的なのだと思います。
司法矯正領域にかかわっていて思ったことは、悲しいかな、犯罪を犯すような対象者は犯罪を起こすような家庭に育ち、少年のころから非行集団葛藤的下位文化に接し、満足な教育を受けずプロ集団の犯罪的下位文化(Cloward,R.A&Ohlin,L.E)に染まっていくという分化的機会構造理論がそのまま当てはまる環境にいるということです。
原田氏の論調の犯罪を疾患の一種としてとらえるという考え方にも僕は賛同するのですが、司法矯正における原田氏の手法がかなり有効だという発想法には大きな危惧を覚えます。
犯罪は繰り返される可能性が高く、心理療法はあまりにも無力だということを若いころに僕は知りました。
どの犯罪者も「はい」と答え「反省しています」と言う。「何を反省しているの?」と聞くときょとんとした顔つきをします。
砂を噛むような思いをし、賽の河原で石を積み続けるようなかなりの脱力感を抱いたのを覚えています。
そしてこれは更生したがっている対象者にも共通していて、スティグマを背負ってなかなか更生できないでいるものだと。
3.結言
どの領域で働く心理職にとってもクライエントさんに対して必ず有効で100パーセント快方に向かわせる心理療法はありません。こと司法矯正領域で働く心理職はそれを痛感していると思います。
ただし、1人の加害者を構成させれば数限りない被害者のトラウマケアに割かれる社会的資源が減少するということを自覚する必要があるのだと、わがことを振り返ってそのように思うのです。
photo by ᴷᵁᴿᴼ' @PhotoKuro_
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