ひなたあきらのおけまる公認心理師たん

新制度公認心理師の検証をしばらく続け、この制度がよりよいものになるための問題提起を行いつつ、カウンセリングの在り方について考え、最新の情報提供を行っていきます。ほか心理学全般についての考察も進めていきます ブログ運営者:ひなたあきら メールアドレスhimata0630★gmail.com(★を@に変えてください。)

カテゴリ: 公認心理師

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臨床心理士・公認心理士師・心理職あるある

1.序

どの職業にもあるように、心理職には心理職の「あるある」があります。この仕事ならではの「あるある」を例示してみたいと思いますので、これから心理職になりたい方、すでに心理職の方も「あ、またひなたのたわごとだ」ぐらいに受け止めて読んでいただければと思いますが、心理職が肩身の狭い思いをしているなあと思っている「あるある」を書いてみます。

2. 叱られる・怒られる

まず誰から叱られるかというと患者さんから叱られます。患者さんは必死なので叱るだけでなく、感情も入っているので「怒る」感情も入っていて「怒られる」こともあるでしょう。

例えば予約がいっぱいでなかなかカウンセリングが入らない時、クライエントさんは1週間に1回予約を入れたいのに2週間に1回しか予定が入らない。そうすると患者さんは「泣き怒り」をすることがあり、こちらも胸が痛みます。

インテーク面接のオーダーが入るとある程度基本的な情報を集めなければならないのですが、話したくないことは拒否されます。

そうすると心理職は「わけわからん」と医師に叱られる(医師によっては「怒られる」こともあるわけです。

心理テストをやろうとしても患者さんのマシンガントークに負けてその日は心理テストができないこともあります。こちらも必死です。短時間で終わる心理検査にも侵襲性があるものもあるので患者さんは「なんでこんなものやらせるんだ」と言うこともあります。

そして心理テストのオーダーの結果を出せないと医師から叱られます。心理職の力不足だと思われます。

心理職は必ずしも心理 1 人職場でだけ働いているわけではないので、心理の上司(先輩)からも叱られます。ケース会議では異様に厳しく」あ、お局様だから近づかないでおこう」とか「敬遠しちゃうな」と思って近づかないでいるとそのままその人間関係がケースカンファレンスの場に反映されます。

「多職種連携」と言われて、公認心理師試験では「専門用語をなるべく多く使って話すのがいい」だと×になるのですが、医療の現場では略語が多く飛び交います。「BP=120/60(血圧)、P(プルス、脈拍)=98、KT (体温) 38.0、Sp(血中酸素濃度)とか言われて「BPって何の略ですかあ?」などと聞いたら○されそうな勢いです。

3.やっかまれる

白衣を着ているのは別に心理職だけではないですし、医療機関では白衣がデフォ、というかユニフォームになっているところが多いのですが、患者さんからすると医師は少ししか話を聞いてくれない、看護師は注射しかしない、薬剤師は薬しか出さない、だけど心理職は親身になって話を聞いてくれる、まあまあ専門知識もある、となるとほかの職種の人たちの方がよっぽど給料をもらっているのに患者さんから去り際に「先生、先生」と呼ばれているところを他職種の人から見られると大変です。

院内文化によっては「先生」は医師だけ、とい
うところもあるからです。

僕は意識して「ひなたさんでいいです」と言っているのですが、他職種は忙しくて飛び回っているのに一人の患者さんと時間を取って話をしているのはゆっくりしているように見えるかもしれません。「心理は大学院まで出てる。大した大学院でもないのに威張ってるし、きっと高い給料をもらっているに違いない」とやっかまれることがあります。

そんな時にはすかさず給与明細をさっと見せましょう。心理職はどんなに頑張っても手取り 30万円行くことは珍しいです。きっと高卒の事務員からも憐れんだ顔で見られることでしょう。

4 .とにかく心理職同士仲が悪い

心理1人職場のようにのんびりとしたところならまだいいです。2人職場は辛いです。後から入って来た方が年長でもその職場の先輩が「○クリニックのことは何でも私が教えてあげる」的な態度を取るとそこで宣戦布告です。

医療に勤める2人のバックボーンが 1 人は教育、1人は福祉とかよって立つ学派が違うとか、果ては趣味が違うとか、ありとあらゆることが紛争の種になります。入職の後先にかかわらず、力の強い者が弱い者を追い出すので、退職に追い込まれることも多いです。

また、心理職複数職場、サテライト職場(病院とクリニックが同じ系列)の研究会や大学院のしがらみで入っておかなければならない研究会はなかなか大変です。ムダにやる気のある、それでいて大した成果が見込めないグループ活動や研究、学会発表をやろう、と言い出すリーダーシップを取りたい人が稀によくいます。

病院や学校の紀要に載せたいので上層部からのウケはいいです。ただし、つまらない研究やグループ活動を集まって、あるいはZoom 延々とやり続けることになり、特に残業手当も出ないのにプライベートな時間を犠牲にしなければなりません。

ここで反対意見を言うとそのまま上の人たちに話が流れていくので大変恐ろしいことです。

5.多職種連携

公認心理師試験で割と無茶ぶりな設問が出ているなと思うのは教育領域の事例問題です。現場感覚で考えてはいけないのが公認心理師試験とはいえ、教育一筋数十年のベテラン教師に若い女性公認心理師が偉そうに「支援チームを作らないとダメですよ」と言ったら即冷や飯を食わされるわけですが、特に若いスクールカウンセラーだと組織に溶け込むよりも焦ってそんなことをしたら大変なことになるわけです。

経験というのは長年培った宝のようなもので、特別支援学校、特別支援学級で発達障害、知的障害に接して何十年という先生に効果的な接し方をアドバイスすることもできないでしょう。

僕がスクールカウンセラーとして働いていた時はじっと黙って先生の話を聞いていたことに終始していました。ただ、経験何十年の先生でも扱いに困る児童生徒はいるわけで、別の切り口を常に探している。そんな時に意見を求められたらぽつぽつと話していただけです。公認心理師試験の出しゃばりあるあるを現場で実践したらとても危険です。

4.結語

心理職の仕事にはいろいろな落とし穴があるわけですが、完全に避けて通ることは難しいです。むしろどこにも絶対性がない矛盾した存在こそ心理職と言えるのかもしれません。心理の仕事は人間という、曖昧な対象を扱っています。人間という相手は決して自分の思い通りにはなりません。心理職ももちろん人間です。したがって心理職の職域や職務内容も理想とはかけ離れたものとなるのではないでしょうか。

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◯ ツイッター公認心理師の特徴

1.序

Twitterをやっている人を「ツイッタラー」と呼ぶのですが、そうするとTwitterに馴染みの薄い人はわかりにくい、のでTwitter公認心理師としました。

さて、Twitter公認心理師にはどんな特徴があるのでしょうか?

2.他職種Gルート参戦合格組

この人たちのツイートやブログを読むと結構綿密に自分がやった勉強方法「もっとこうすれば良かった」など赤裸々に事実を書いてあります。これはGルートばかりでなくほかのルートの受験生にもお役立ち情報を結構書いてあります。

自分が低い点数だったとしても包み隠さずに書いて自己開示をしています。そういった意味ではとてもあっけらかんとした正直な人たちで全体的に明るく元気な雰囲気が漂っています。威張っている感じもありません。

心理学のシの字も知らないで勉強を始めたのですが、泣き言は書いてありません。むしろどうやってこの困難を乗り越えたのかを詳細に書いてあります。

Gルートの人たちは資格がなくても決定的に困らない人たちも多いわけですが、なぜ公認心理師資格を取ろうとしたのか、その目的をはっきりと明示して書いてある人も多いです。この資格を取れたことを誇りに思っている人、この資格をどうやって生かすか書いてある人もいます。

「自分はわりと前向きではなかったけれども上からの圧力で取れと言われて…」という感じのことも記述しているのです。

合格した人でばかりでなく、惜しくも不合格だった人も包み隠さず「あと何点足りなかったよー」と書いてあります。

また、所持資格に「公認心理師」とプロフィールに書いてあってもツイートの中には試験の事、心理学のことは一切書かず、自分が作った料理のことや、やっているゲームの事などを書いている人もいます。

なんだか見ていてほんわかとした気持ちになります。こういう人たちを見ると、元々人に対する優しさや気遣いがあり、真の意味で心理スピリットを持っている人たちなのではないのかなあと思ってしまいます。

保健師さんや看護師さんは理系なので統計が得意な人もいますが「統計は捨てた」といって無謀なチャレンジをしてそれでも合格している人たちが多いのは驚きます。

普段のツイートの内容は元々の自分の領域のことが多いですが、いろいろ掛け持ちをしているので多忙なのかなかなか登場できない人も多いです。

3.筋金入りの心理職

心理職の人たちは仕事の中に心理教育、メンタルヘルス啓蒙活動が入っていて、自分は心理のプロだという自負があります。心理クラスタと呼ばれ、自覚している人も多いです。

だからこそ過去問の解き方、テキストの使い方、勉強方法も懇切丁寧にツイートや自分のブログに書いてあります。

もちろんこれらの勉強法はGルートの人たちが読んでもかなりのお役立ちなのですが、新卒の人たちにとっては今年も去年同様臨床心理士試験と公認心理師試験との日程の間がないので両方合格を目指すには?

という内容も多く、どちらかというと新卒者や公認心理師でも心理寄り、統計もみっちりと書いてある解法のサイトを紹介しています。

心理の専門家が書いてあるだけあって、ツイートから流れているブログやサイトには心理専門家としての矜持やプライドが込められているような気がします。

これは決め細かい内容で、手取り足取り総じて親切な情報が多いことから誰が読んでもお役立ち、という感じです。

普段のツイートはさすがに自分が担当するケースのことは一切書きませんが(見ている限り)「今日は検査で疲れたー」とか「カウンセリング◯件で帰宅が◯時になって大変だったー」と書いてあることもあります。

総じて心理専門職は人の話を聞いてばかりいるからでしょうか。リアルでもマシンガントークをする人が多いです。

多忙だと思うのですが仕事の愚痴から家庭のこと、趣味に至るまであらゆる内容を書いてある場合もあります。

大学の先生や開業心理職の人たち、心理職という仕事に自負がある人たちは専門的な心理に関するツイート、オススメの心理学書を紹介しています。

それから、なんでしょう。普段のツイートにやはりお料理やほんわかとした内容のものもあるのですが、ちょっとした(しないかもしれない)「病み」を感じてしまうことがあります。実際に病んでいること、症状薬がどう変わったのかなどダイレクトに精神科や心療内科に受診していることを書いてある人もいます。

以前書いたことですが、心理職は確かに「病み」を抱えている人は多い、だからこそその病みを自覚してクライエント、患者さんに接することは間違っていないと思うのです。

そして何より匿名のSNS、職場も書いてあるわけでもなく、病みアカウントには鍵をかけてあっまり心理職であることを明らかにしていないこともあるので何がなんでも悪いとは思いません。

そしてこういった病みについて書いてある人は自覚しているだけに快方に向かっている可能性のある人も多いということです。

4.結語

Twitterに生息している公認心理師の人々はそれこそ百人百様です。ざっくりとした僕の印象に当てはまらない人たちも多いと思います。いろんな意味で自分に劣等感を持つ人がいるかもしれません。

しかしながら公認心理師は色々な人たちの多様性を受け入れていくということが求められている資格だということを忘れないで欲しいのです。
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○ 臨床心理士・公認心理師のカウンセリングには意味がない

1. 序

いつもカウンセラー目線でばかり書いているのですが、たまにはクライエントさん視点をまじえて書いてみたいと思います。これはクライエントさんの実際のクレームをそのまま、あるいはある程度改変して書いてあるものです。

2. 具体的に解決しない。

一番多いクレームはこれかもしれません。これは確かにそういうところがあります。カウンセリングに来て会社のパワハラが止まない、借金苦で大変なのが楽にならない。転職したくて仕方ないけれども次の仕事が見つからないので苦しい今の現状に甘んじている。そんなときにカウンセラーは「大変ですねえ」「よく今の状態に耐えていますね」と同調や共感はしてくれるけれども具体的な解決方法は示してくれない。

いたずらにカウンセラーがカウンセリングの回数を重ねていても何の役にも立ちません。

こういう時はカウンセラーは確かに当てになりません。労働基準監督署、弁護士司法書士、転職エージェントへの登録等が助けになると思います。

3. カウンセリングがつらい

(1) 話が長い

これも実はなかなか多いクレームです。さて、カウンセリングを始めます。最初、50 分の予定でカウンセリングを始めて、まあだいたい話せた。あるいは全部は話せなかったけれどもまあ次回でいいか、と思ったら、さっきの話を詳しく話してみてください、続きの話はどうなりましたか?と聞かれます。

これは大変疲れることです。50分の予定で、50分で今日は満足したのに気が付くと 120分、150 分と時間が経っています。「あの、時間が長くなりましたが」と聞くと「今日は時間がたまたま空いているのでサービスで大丈夫ですよ」とにこにこしながらカウンセラーが答えます。

こちらは疲れている、あと今日は買い物や家事があるから早く帰りたいなあと思ってもなかなか帰してもらえないという苦行が待っています。

このカウンセラーがたまたま流行っていないカウンセラーだったとしましょう。確かに親身になって話は聞いてくれる、適切な相槌を打ってくれる。共感性は抜群ですがなかなかの苦行です。

(2) 嫌なことを聞かれる

誰しも過去に嫌な体験をしたことがあるものです。そうすると、「これはトラウマかもしれない」と思ったカウンセラーが次から次へと質問をしてきます。誰だって嫌な過去の話をしていたらいい気持ちはしないものです。

昔交際していた相手とひどい別れ方をした話をしているうちにどんよりとした気持ちになります。原因についても根掘り葉掘り聞かれます。そうすると、交際には一方的に相手が悪かったというだけではないことも多いので、自分の欠点を思い出し、相手への罪悪感が増します。そのうち話はだんだん過去のことにさかのぼります。

子どものころいじめられていたこと、そしてどんないじめられかたをしていたのか、理由はなんだったのか、親からの育てられ方はどんな風だったのかについても聞かれます。

どの親も模範的ないい親ではありません。人間ですから完全ではないのです。それでも聞かれまくっていると「ああ、自分の親は悪い親だったのかもしれないなあ」と思ってそれを話すと今度は「親御さんも大変なところがあったのかもしれませんね」と一転して親のことをかばうような発言が出てきます。

あなたは自分がどっちの方を向いていいのか混乱する上に、嫌なことを話しているとずるずると関係のない嫌なことを思い出してしまいます。その結果として真っ暗な気持ちになってカウンセリングルームを高いお金を払って出ていくことになるわけです。さきほどの長時間カウンセリングと合わせ技で使用されると効果てきめんです。

(3) 決めつけられる

こちらは正直にあったことをそのまま素直に話し、感じたことをそのまま伝えるとカウンセラーに「それは認知のゆがみですね」と言われ、感じ方を変えるように強制されます。認知が変わると感情も変わって行動も変わる、とあげくの果てには行動まで変えるようにと言われます。

あるいは会社や学校でキライな人がいることを話すと「それは投影同一視と言って、あなた自身の嫌な部分をその人に投影しているだけで別にその人がキライなわけではないのです」と言われます。「いや本当に私はその人がキライなだけなんです。だって嫌なヤツですから」と言ってもこちらがそうだと認めるまではカウンセラーは許してくれません。

(4) なかなかやめさせてくれない

さて、あなたがなかなかいいカウンセラーに当たった(と思い込んで)ひととおり話したいことも話して満足したとしましょう。それは 1 回目のカウンセリングでそういう気持ちになるかもしれません。ところがカウンセラーは「それでは次回は幼少期のころのあなたの問題についてお聞きしますね」と言います。

お世話になったカウンセラーの先生ですからなかなか断りにくくなってしまいます。しかもキャンセル料も発生するのであなたは仕事や学校の予定をやりくりしてなんとかまたカウンセリングに行きます。「それでは1カ月後のことについて考えてみましょうか」「3カ月後はどうですか?」「1年後あなたはどういう生活をしているでしょうか?」と次から次へと話題が出てきます。

「なりたい自分」について 100個の自分を書いてくるように言われます。あなたはもうカウンセリングに行きたくないと思ってもカウンセリングに 1 回来たからには全部すっきりさせなければならないのだろうか、でもこんなに苦しい思いをしなくてはならないのだろうかと疑問に思ってもそれを口に出して言うことはできません。

4.結語

さて、このブログを読んでくれている読者には患者さん、これから臨床心理士・公認心理師を目指している中高生も多く、一番読んでくれているのはそれらの資格の受験生や、もうすでにプロとして活躍している心理職の人たちです。

以上、読了してどのように感じたでしょうか。僕も忘れているだけで上と同じカウンセリングをしていた時期もあるかもしれません。プロの心理職として活躍を始めることができた喜びからなかなか終わらない、根掘り葉掘り聞くようなカウンセリングをしていたかもしれないなあと自戒を込めて思う次第です。

また、これはカウンセリングがなかなか続かなくてすぐに終わってしまうことが多いという僕のカウンセリングの言い訳をするために書いているわけではないということを最後にひとこと付け加えておきます。

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◯ 臨床心理士・公認心理師は美男美女だらけ

1.序

心理職はその知性、知性に裏付けられた高いプライドとともにその美貌、眉目秀麗さでも知られています。なぜなのか、その理由を解明したいと思います。

2.人を救いたい精神の持ち主だから

アメリカでは有名俳優や有名女優がボランティア活動に精を出したり多額の寄付をすることで知られています。大学院まで教育を受けられる、これは相当太い家庭に育たないとできないことです。就職が満足にあるかないかもわからないのに、です。

東大、京大など名門国立だからお金がかからないというわけではありません。こういう人たちは小さなころから有名私塾に通ってスパルタ教育を受けています。

そうするとその反動で人に優しくなりたいのも当然、挙げ句の果てにふらふら外国に留学したり博士号を取るためにポスドク(オーバードクターをやったりもしています。

あろうことか海外留学までしている人もいます。

こういった優雅なぶっとい家庭に育った人たちはやはり美しく育ち、人との争いを好まない平和主義者です、容姿も美しくなって当然のことでしょう。

3.配偶者やその家庭が裕福

心理職は「こんな給料でやっていけるのか?」と思うほど給料が安いです。

ということは生活のためにはどこかで金銭が流入している、僕は倹約家なので学会でご婦人方がホテルやクイーンズスクエアの高級ランチ、ディナーに舌づつみを打つのを尻目にドトールでトーストなんぞを楽しんでいるわけですが、美しいお嬢様たちは結婚市場では引く手あまたです。

お医者様、一部上場企業の管理職、青年実業家に見そめられたとしても何の不思議もありません。

イケメン男性心理職が結婚するのもお嬢様たちです。横浜パシフィコのセブン◯イレブンでカップ焼きそばをなぜか男性心理職ばかりが食べているのは仮の姿、子どもを名門校に進学させてなぜか心理学科以外の大学に行かせるために節約をするためで、実際はお金持ち、豪邸住まいでベンツを乗り回している家庭なのです。

4.結語

と、ここまで書いて行き詰まりました。そう言えば研究会で出会う男女はごく普通の容姿の人たちばかりで、確かに美男美女もいるのですがア◯ルコール依存症のイネイブラー(共依存の相手)よろしく割と病んだ相手と一緒に病んでいる薄幸の人たちも多いです。

または一見シャキッとして見えるスーツ姿はしまむ◯らで固めている場合が多いです。

僕の論説は「お金を使える家、またはお金を使わない家庭はお金持ちに違いない」=家庭はお金持ちなのは美男美女だから。

または院卒まで行ける家庭はお金持ちでやはり美男美女が再生産をされている家庭に生まれ育っているから、という論理に基づいていたものですが、離婚してひいひい言いながら養育費を払っていたり、赤飯洗うがごとき生活をしている人々が多いです。

若いうちでも若くないうちでも苦労というものは人を不幸そうな顔つきにして美男美女から遠ざけるに十分です。

論理的に破綻していることと、僕を含めて不幸そうで貧相で冴えない容姿の人たちも多いことからきっと僕のサンプリング、サンプル数nがあまりにも少ないのにこんな駄文を書いてしまい反省することしきり、内心忸怩たる思いです。

心理職の名誉のためにもどなたか僕にきちんとしっかりした論拠をあげて反証してくれるようなコメントをいただける方をお待ちしております。
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○ 役に立たない臨床心理士・公認心理師のカウンセリング

1. 序
というタイトルで記事を書くよと言ったらLちゃんが「耳が痛一い」と言ったので、「なぜ?」と聞いたら心理テストをやるのはやってる感、充実感があるけれど、所見を1日中まとめていると「何か役に立ってないような気がする」と言うので「いやそりゃ違うよ、所見書かないと保険点数にならないじゃん」と言ったら「あ、そうか」と納得した様子。

Lちゃんのような真面目な人はとても多いです。心理職は高いか低いかわからない屈折したプライドの中で自分のことを「役立たず」と自責的になる傾向があります。どんな時に心理職は自分を「役立たず」と思うのでしょうか。

2. 燃え尽きてしまう

(1) PTSD、CPTSD

かなりこれは深刻な問題として報告されています。DSM-5 では職業的にトラウマの話をずっと聞き続けることは実際に見たのとは違うので、PTSD とは診断されないのですが、PTSD 治療者、医師、心理、看護師等およそ数年ですり切れてしまうという報告もあります。

僕自身は PTSD の精神療法家という自負をずっと持ちながらこの疾患が多い職場に勤務しているのですが、ずっと PTSD に触れているわけでもなく、他疾患や、疾患を持っていないクライエントさんにも対応しています。だから持っているのでしょう。

専門機関や多忙を極める児相で働く心理福祉の人々は大変だと思います。安定した公務員の職を投げうって別の職場に若い時に転職してしまうという話も聞いています。

PTSD の大家、杉山登志郎先生を始めとした多くの PTSD 治療実践・研究家の先生方はすごいなあと思ってしまいます。

PTSD の人は内奥にとても大きな秘められた怒りを持っています。その怒りは爆発的で何もかも破壊し尽すような感情です。この感情に相対した時にきちんと受け止められて対処できるカウンセラーがどれほどいるでしょうか。

全ての記憶を解離させて叫びのたうちまわる徐反応をうまく収められる精神療法家がどれほどいるのだろうかと思うわけです。

(2) BPD(境界性パーソナリティ障害)

PTSD と BPD はある意味似ています。というのも症状として発現するのは自己同一感の揺れ、果てしない空虚感、希死念慮、治療者を神格化したかと思うと激しい怒りからのこき下ろしという極端な感情の揺れ動きです。

境界性人格障害は「操作性がある」と言われますが、この人たちは意識して行っているわけではありません。真剣に対人関係を築こうとして数多の失敗を繰り返しています。治療者の介入がうまく行かないとリストカット、OD を繰り返す行為は時として医療サイドの負の感情すら生み出します。

BPD に有効と言われる弁証法的行動療法を行える日本の治療機関はきわめて少ないです。

どこにも当てはまらない疾患の診断を BPD としてきた、いわゆる「ゴミ箱診断」に対するのは誰もが投げ出して来た患者で、チームで当たるのが望ましいと言われている BPD に対して一人の心理職だけが対応しなければならない場面が多々あり、その結果として患者の自殺や激しい感情の動きに翻弄されたら、上記 PTSD とともに投げ出したくなるのも無理はない、例えば新卒の心理職がこの双方の疾患にまともに対処できるのでしょうか。

上記は治療者が逃げ出したがる疾患のごく一部です。統合失調症患者も双極性障害の患者にも妄想幻覚が生まれることがあります。治療者が見張っている、盗聴している等の妄想が生まれることもあります。

負の感情を思い切り向けられた心理療法家はそれをうまく乗り越えることができるのか。

自己臭妄想や強迫性障害はあまりの苦しさに自殺率が高いことも知られています。発達障害の人とコミュニケーションを取るのも難しいことで、重度知的障害の人たち、特に強度行動障害の人たちと接する心理職も福祉職も投げ出したくなるかもしれません。そうやって心理職は自らの心を守るために行き場を探して他の職場に放浪の旅に出ることになるのです。「ちっとも役に立てなかった」という傷だけを自らの胸に残しながら。

3.イルツラ

東畑開人先生の「居るのはつらいよ」「イルツラ」は僕も就労継続支援施設で味わったことがありますが、朝から午後までひたすら内職やアクセサリー作りの手作業を行うだけ。長くいる利用者さんの方がはるかに上手で「ひなたさん何やってんのよ」と言われることが不器用な僕には多々ありました。「スタッフとしているだけ」は彼らの心にどれだけ残ったのかなあと思います。

問題があれば介入、悩みがあればカウンセリングと多重関係ありより、もちろん利用者さんは僕のことを見て聞いているので、軽口の冗談を言えば傷つく人もいるし、かといって真面目一筋だと面白味のない奴だと言われる。確かに東畑先生が書いておられるとおり僕も「これまで学んだ臨床心理学、カウンセリング、精神分析学は何の意味があるのだろう。自分が何の役に立っているのか?」と思いながらフロアにいました。

入ってくるスタッフがあまり長続きしないで去っていくのを覚えています。デイケアも同じようなところがあり、患者さんの方がスタッフの入れ替わりをずっと見ていることは多いです。

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作業所やデイケアでなくとも小規模産業場面では「いるだけ」でカウンセリングを待っていることがあります。各部署を回って「ご用命があればカウンセリングを」と御用聞きをすることもありますが、毎日回ることもできません。

元々平和であるのが何よりで、自殺も未遂も事故も精神疾患患者も少ない方がいいわけです。「君は『いる』ということが大切で、何かあった場合に動けばいいんだよ」と言われるのはまあ職場環境がいい証拠かもしれません。

これが教育場面だとスクールカウンセラーが相談室に引きこもっている(ように言われる学校もある)と、児童生徒に顔を覚えてもらう機会もなく、ただ漫然と時を過ごすばかりになってしまいます。何もすることがない。これもひとつの「イルツラ」です。

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なんだか「イルツラ」の話ばかりになってしまいましたが、「心理職あるある」の話では、ドクターと家族がいろいろと話をして話がついている「じゃ、家族とよく話し合ってね」といきなり家族支援を放り投げられて患者さん、家族との間に入ることが時としてあります。

ドクターは忙しい。だからじっくりと話を聞くことができる心理を呼んだわけですが、こちらは何がなんだかわからないしドクターと本人、家族の間でどんな話がついているのかもわからない。これこそ究極の「イルツラ」かもしれません。

とんちんかんな対応をするのもなんですし、家族の思惑と本人の思惑が違っていれば何をどう調整していいのかもわからない。こんな場面に立ち会ったことはないでしょうか。

「○○と心理は使いよう」なので、心理職をうまく使って欲しいと泣きたくなってしまいます。企業でも同様の調整を放り投げられて人事部長から営業課長と社員と家族の話し合いに立ち会わされたら何がなんだかわからないうちに専門家としての意見を求められることになります。

6.結語

上記に書いたこの辺りの問題は心理職が置かれている宙ぶらりんの状態を描いたものです。組織のトップに立つことは決してなく、それでも高い専門性だけは求められて誤ったことを言うのを決して許されない。これはなかなか苦しいことです。

心理職は「とりあえず放り込んでおけば役立つだろう」確かに役立つこともあるかもしれませんが、かなりのベテランになって、知識よりも動物的なカンだけで話を合わせられることができるツラの皮の厚い人だけです。そういう人が本当の意味で「役に立っている」かどうかはわかりませんが「役に立っている」ように見えることは確かでしょう。

院卒まもない新人が 1 人で立ち向かうには修羅場のような上記の場面を支援できるようなチームや、また心理職同士の助け合いがあるといいなと思いながらこの課題は大変難しいことだということを僕も知っています。

心理職のカウンセリングを実効性のあるものにするには「役立つ」工夫は僕らは最大限にします。ですから使う側も「役立たず」と思う前に「役立てよう」という意図を持って欲しいなと僕は本日6件目の胃が痛むような「役立てただろうか?」と自問自答するカウンセリングを終えて思ったわけです。
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