ひなたあきらのおけまる公認心理師たん

新制度公認心理師の検証をしばらく続け、この制度がよりよいものになるための問題提起を行いつつ、カウンセリングの在り方について考え、最新の情報提供を行っていきます。ほか心理学全般についての考察も進めていきます ブログ運営者:ひなたあきら メールアドレスhimata0630★gmail.com(★を@に変えてください。)

カテゴリ: 公認心理師

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公認心理師法省令改正・児ポ法も欠格事由へ

受験生のみなさんにとっては公認心理師法は必須学習領域です。

この度官報で児ポ法による罰金刑以上の刑罰も公認心理師法第3条の欠格事由に省令改正により入りましたので覚えておくといいでしょう。

公認心理師法施行令の一部改正関係(第三条関係)

本稿は児ポ法対象の定義を行うという政治的なものではなく、あくまで現行の運用上のものを対象とした法文の紹介ですが、現行の運用を以ってして公認心理師倫理として許されないものであることは自明だと思います。

さて、公認心理師法第三条は

(欠格事由)
第三条 次の各号のいずれかに該当する者は、公認心理師となることができない。
一 心身の故障により公認心理師の業務を適正に行うことができない者として文部科学省令・厚生労働省令で定めるもの
二 禁錮以上の刑に処せられ、その執行を終わり、又は執行を受けることがなくなった日から起算して二年を経過しない者
三 この法律の規定その他保健医療、福祉又は教育に関する法律の規定であって政令で定めるものにより、罰金の刑に処せられ、その執行を終わり、又は執行を受けることがなくなった日から起算して二年を経過しない者
四 第三十二条第一項第二号又は第二項の規定により登録を取り消され、その取消しの日から起算して二年を経過しない者


となっています。

三号の中に児ポ法が入ったということです。全国的に教育者等によるこういった事案は後を絶たないのですが、当然の流れとして公認心理師法に導入されたということです。

三号規定に違反すれば必要的取消事由として公認心理師資格も取り消されます。

児ポ法は所持〜略取誘拐まで全て罰金刑・懲役刑の重大な刑罰が規定されています。

公認心理師には高い倫理観が要求されているということを再認識すべくこの法が定められたということでしょう。

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○ 公認心理師の将来性

1.はじめに

何度も心理職は給料が安い待遇が悪いとばかり書いていたのですが、さて、公認心理師には将来性がないのか、せっかく国家資格になったのにそのままなのかということについて考えてみると、そればかりではないということを考えてみます。

いわば思考実験みたいなものですが、公認心理師として働く心理職の待遇について、将来性が明るくなっていく可能性も大いにあるだろうということです。その理由について考えてみます。

2.将来性がある理由

これには何十年もかかる課題になるかもしれないということを最初に言っておきます。

学部からの公認心理師養成課程純粋培養組が公認心理師となるのが2024年、ここをターニングポイントとして公認心理師の質は大きく変わることが予測されます。

公認心理師は実習が多いだけに学部段階でGPAでかなり絞られます。しかしながら心理職の実情は厳しいもので、これまでも学部段階で臨床心理ゼミや臨床心理大学院を出た後に一般就職をする人たちはいました。

しかし今回はそれよりもかなり母数が限られてくる、精鋭集団になってくるでしょう。

2023年までに公認心理師を取得した層と2024年以降に取得した層とは平均的な質の点でかなり上がっていくことが予想されます。

しかも数が少なくなるでしょう。これまで臨床心理士は1300人程度が毎年の合格者でしたが、2024年からは公認心理師については1000人足らずの数値になることが十分予想されます。

「大学院を出た、試験に受かれば心理職」→「学部でなんとか公認心理師課程に入れるチケットを手に入れた、終わった、大学院に入ることを決めた、大学院卒業後、心理職になることを決めた」と臨床心理士よりも踏まなければならないステップが多いので「少数精鋭」になるのではないかと思うのです。

3.現在〜2023年の公認心理師は?

僕も含めてですが、2024年になるまでは純粋培養組ではないということで、それなりの目で見られることにはなると思います。

ひどく穿った見方をすれば「あー、あの年代に資格を取った人ねー」ですが、先人は常に後進の育成のために存在するとも思っていて、多くの医療関係職の職能団体倫理規定にも後進の育成は理想追求倫理として明記されています。

大学教官も実習先でも公認心理師がいないと新人が公認心理師にはなれないので、そのためのステップとして僕らが活躍できるとしたら、それはこの制度創始の大きな役割を果たしていくことになるでしょう。

世代は必ず入れ替わります。公認心理師がどの程度のクオリティを持って育って行き、10年後、20年後にどうなるのかは楽しみです。

4.阻害要因とその解決策

⑴ 歴史的意味

多職種連携でやっていきたいのに、ここまで年数が経ってしまうと、もう他の職種にかなり独占されている領域へ参入していこうとする領海侵犯は縄張り荒らしと取られません。

しかしながら医療領域はこれから高齢社会が進展していき、大きく変わりつつあります。

政策がどのように変わっていくかによりますが、少子社会の中で少ない子どもを大切に育てること、それから高齢者や高齢者福祉に関与していく人たちのメンタルケアはかなり大きな課題になっていくと思うのです。

そこに活路を今後見出していくことはできないかと思っています。

個人的には僕は賛同できないのですが国営ギャンブル構想、IR法にはギャンブル依存への公認心理師の関与が明記されています。

新しい事業、新しい時代変遷とその課題に公認心理師が積極的に関与することには大きな前進があると思っているのです。

⑵ 職能団体分裂

これは公認心理師制度の生死を賭けた課題です。行政は公認心理師全体の政策を前向きに考えていますが人手はいくらあっても足りません。バラバラの職能団体がバラバラなことを言っていては何も解決しないでしょう。

生臭い話ですが柔道整復師が国会議員を選出できたように心理職を全面的にバックアップしてくれる政治家が出てきた時に何か変革が出来るかもしれません。

惜しむらくは河合隼雄先生御大が亡くなられた後に河合先生に代わるような大物臨床心理学者の世代間継承ができていないことです。

何事も不可能と決めつけるということはできないのですが、心理から国会議員が出るということは大変可能性は薄いことです。

せめて大きな味方をしてくれる勢力が政界にあればとも思っています。

そして上位資格にかなりイラついているのも何十回も書いているのですが、勝手に各々の職能団体が適当な上位資格を作り上げたら、まだできたばかりの脆弱な国家資格を揺るがすことになると思うのです。

敵を内部に作るようなことはやめた方がいいと考えます。キャリアポートフォリオなんぞは例えば看護師が就職してからどんなキャリアポートフォリオを経て心理職になったかは全くできなくないでしょう。

5.おわりに

マイナス面もありますがさまざまに考えるとこの仕事の将来性はあり、待遇面でも徐々に良くなってくると信じたいです。レベルの高い後進がレベルの高い心理職として働いて欲しいと願っています。

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公認心理師・臨床心理士「やってはいけないこと」=多重関係なのはどうして?

1.はじめに

一昨日Twitterのスペースで「公認心理師と倫理」のタイトルで話をさせてもらったばかりなのですが、心理職には明文化された、あるいは暗黙のうちにやってはならないルールのようなものが満載です。どんな行為をなぜ、どうしてやってはいけないのかということについて僕なりに考えたことについて触れたいと思います。

2.関係性

⑴ 恋愛感情をともなうもの

これはやはりまずいのですが「何が多重関係か?そしてなぜまずいのか」について考えると際限がありません。

恋愛感情をお互いに抱いて行動化してしまえばまずいのは想像はつくのですが、以前行政関係のお偉いさんから話を聞いた時「お互い独身だったら結婚してもいいんじゃない?」と言われて、一般的な感覚というものはそういう人もいるのかなあと思ったものです。

実際のところ、クライエントさんというのは自分が既婚者であってカウンセラーが既婚者であっても熱烈にカウンセラーのことを好きになってしまうと「かなわぬ恋」になってしまうことになります。

どんなに恋焦がれてもその欲求は実現しません。ここでひとつクライエントさんは傷つきを感じるのですが、その恋愛感情が満たされない時にもし究極の関係性をカウンセラーとクライエントが結んでいたらどうなるのでしょうか?

噂なので本当かどうかわかりませんし、作り話なのかもしれませんが、昔、とある既婚者の男性カウンセラーが女性クライエントとお互いにそういう関係になってしまいました。女性は「○○先生とは来世で一緒になれるものと思っています」と書いて自害してしまったのです。

そこで女性の配偶者は激怒して訴えたというものです。

これが一番強烈に記憶に残っている話なのですが、クライエントさんはカウンセラーのことを好きになったとしてもそれがかなわないことを知っているからまずそこで痛みを覚えます。

そして次に関係を結んでしまったら次は関係を断ち切らなければならないということで二重に深く傷つくことになります。

クライエントさんはひどく繊細なので「恋愛感情を持ってしまった」「好きと言ったけどそれが受け入れられなかった」ということだけでカウンセリングから離脱してしまうことがあります。

これが性的多重関係になってしまったらどうでしょう。ニュースにもなったので2例ほど知っているのですがクライエントさんには深い怒りの感情が湧いて来ます。

それは「利用された」というもので、相当な怒りを抱くことは想像に難くありません。医療倫理の4原則「傷つけない」を大きく逸脱してしまっているのです。

こうなるともうカウンセリングの行為そのものどころか人と人としての信頼関係も崩れてしまうでしょう。

僕の今までのカウンセリングの経験からは加害者臨床、子ども、男性が多く、たまにクライエントさんが女性だったとしても風采の上がらない貧相な男で良かったと思います。

女性クライエントには慣れていないのでたまに出会うことがあると、とても苦手な意識を感じます。みなさんがどうしてやり過ごしているのか知りたいぐらいです。

相手をカウンセリング関係を超えて好きにならせるカウンセリングは侵襲性があるとも思うのですがそこをどう乗り越えて行くかはとても難しいことです。

成田善弘先生の「青年期境界例」では若い男性から恋愛感情を寄せられた事例が書いてありましたが、成田先生は全く動ずることなく堂々とした態度を取っていて、息を飲むように読んだのを覚えています。あれは正に名人芸の域に達しているから可能だったのでしょう。

⑵ 友情を求められる

ひどく高価な品物を送りたいと打診されて(住所を聞かれたので)断ったことがあります。

また、飲みに行きましょうよ、食事に行きましょうよ、お茶でもどうですか、おごりますからと言われたこともありますしおごってくださいと言われた経験をしたことのある人も多いでしょう。

狭い街に住んでいると(僕も多々経験がありますが)街中でクライエントさんに会うことは多いです。そんな時も誘われることが多いですし延々と終わらない立ち話をされるのも困ったなあと思いながら切れなくなったこともありました。

⑶ 携番

携帯の番号を僕は同性には教えることが多いです。クライエントさんがかなり重度で命にかかわっているけれども手立てがない時、あるいはカウンセリングを受けたくて仕方ないけれどもなかなか予定が決まらない人の場合で、苦渋の決断をしています。

「友達じゃないんだから携番教えるのやめろ」と言われたこともありますが、大抵のクライエントさんは自制して連絡をしてこないのですがその結果夜中、早朝に電話がかかって来るのを覚悟しています。

高名な精神科医に「死んだ」って電話と「死ぬって電話とどっちがいい?」と聞かれたこともあります。

3.おわりに

何が多重関係かそうでないかは、はっきりとしたものから境界が曖昧なものまでさまざまにあります。心理職の倫理については考えても明確な答えがなかなか出ないと思っているのです。

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HSPを売る公認心理師

Twitterで話題になっていますが、HSP(感受性がひどく高く敏感な人)という概念を測定しますというアセスメントを公認心理師が某売買サイトで売り出しています。

北川清一郎先生もそれに近い見解を持っていて、僕もそうは思うのですが、自称HSPの人たちはなんらかの主訴を持っていて、だからHSPという概念で自分の困り感を出しているので、生きにくさは感じているので心理職のクライエントになりやすいかもしれません。

僕は自称HSPの人と会ったことはなく「HSPなんて概念は精神医学的にも臨床心理学的にもありません。」とクライエントさんに論争をふっかけるつもりは毛頭なく、多分目の前にそういうクライエントさんが来たら黙って話を聞くでしょう。

ただし、「ね、自分はHSPに間違いないでしょ?」と言われたらそこには言質を与えないようにお茶を濁して終わりかな?と思うのです。

そう言えば無資格の「HSPカウンセラー」でカウンセリングの予約がいっぱい、半年待ちの人がいたなあと思いつつ、HSP概念は従来拾い上げられて来なかった人たちのカテゴリーとして形作られてきたものなのでしょう。

ただし、これが専門職の「医師、臨床心理士、公認心理師」が「あなたはHSPですね」と言うのは、この科学的にエビデンスがない概念としては全く有り得ないことです。

「あなたはHSPですね。」「HSPの傾向が100人にひとりの割合で強いですね」ということを「公認心理師」が言うのでしょうか?

しかもこの「商品」を見ると「DSM-5に準拠して」と書いてあって、DSMのどこをどうひっくり返してもHSPなんていう概念はありません。アメリカ精神医学会や翻訳している医学書院が聞いたら激怒しそうな内容です。

公認心理師は臨床心理学の専門家であることを認められてその名称を名乗っているのですから、HSPアセスメントを売り物にして金を取るというのは僕の見方からすれば占いやパワーストーンを公認心理師が売っているのと大差ないように思えます。

カウンセリングやアセスメントというのは臨床心理士や公認心理師の業務独占ではないのでそれはそれで自由なのですが、仮にも国家有資格者がHSPアセスメントを売りに出してはまずい、信用失墜行為に当たるのかもしれないと思います。

思えば似たような概念で「AC」(アダルトチルドレン)という用語があります。これは1970年代にケースワーカーが作り出した言葉です。

これもなかなか危険な概念で、自分が引っ込み思案で自己主張できなかったのは「親の育て方が悪い」と信じさせるような考え方で、「自分がこうなってしまったのは親の育て方が悪かったから」というようなものです。

本当にごくごく一部の医師がこのアダルトチルドレン概念を使用していてカルテに「アダルトチルドレンと書く!」医師もいてびっくりしたものです。

これがPTSDのようにエビデンスがしっかりとあって、比較的新しい概念であってもひとつの疾患単位として認められるような概念ならばそこは認められても当然という気がするのですが、アダルトチルドレンは何十年経っても疾患単位にはなりません。

さて、将来的にHSP概念がDSM-5(このインチキカウンセラーがどうやって解釈した方法とは別で)やICD-11に組み込まれていくかというと、HSPという、自己診断かいくらでもできる曖昧な概念は決して疾患単位にはならないと思うのです。

※ 調べてみたら精神科クリニックでもHSP概念を肯定するコラムがあってびっくりしました。

HSPかつASDというような自己紹介をしている人もかなり多いのは知っていますが、本人がそう名乗るのは別に構わないと言えば構いません。

ただし、診断やアセスメントというのは「以下の12項目のうち10項目が少なくとも6カ月以上続いていて、その始まりは6歳以前から」(例)など大変厳しい基準を満たしていないといけません。

その診断の前には限りなく多い症例の集積と科学的論拠があります。

また、心理テストもしかり。きちんと尺度を決めてRCT(無作為抽出割り付け)を行い、莫大なデータを処理して…ということをしないとまともな心理テストとは言えません。

発達障害もよく誤解をされやすいのですがひとつのことに夢中になる。そして素晴らしい業績を上げるような能力を持っている人には天から与えられたGiftedがあるというもので、これに当てはまる人たちもかなり多いのですが、大抵の場合、集中する対象が世間の中で役立つものでなければそれまでです。

結果的に発達障害の人たちは生きにくさを感じながら生活をしていることがほとんどでしょう。

HSP概念の危なっかしいところは繊細かつ感受性に優れていて、芸術や映画を解する能力に長けているというところで、創造性も「基準」に入れてしまっているところです。

誤った概念を公認心理師が流布してその人にマイナスのラベリングをしたり、逆にプラスの価値観を与えるということは大変危険に思えるのです。

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#公認心理師フェス

そもそもおかゆ先生の呼びかけで始まったTwitterの公認心理師フェス、それは果たして本当に「なんとなくトレンドで始まった」ものなのでしょうか。

一回トレンド入りをしましたが心理職、公認心理師の力はまだまだ弱く、公認心理師の知名度は低いままです。僕は事務方の人なんぞに33年にわたる「臨床心理士」の資格名も何度「心しょう心理士?」(漢字不明)と呼び間違えられたことか。

ましてや設立されたばかりの「公認心理師」の名称が一般に広がるわけではありませんでした。Gルートの人は現任者講習会、交通費、ホテル代(会場によっては)受験料、勉強のための書籍と莫大な時間を費やし、さて、何が得られたのでしょうか?

わずかに聞こえて来るのは5千円程度の資格手当、臨床心理士と公認心理師のダブルホルダーでないと新卒を採用しないというアドバンテージ(ディスアドバンテージ?)、ストレスチェック実施者などなどまだまだ知名度も有効性も十分とは言えません。

臨床心理士たちはこの国家資格をまるで生死にかかわるものであるかのように必死で取得しました。

そして知名度や役割が劇的に変わったわけではない。他職種Gルートの人たちに話を聞いていても「心理スピリッツを生かせるいいところがあった。実用性もある」人と何も変わらなかった人に分かれています。

そもそも試験や試験制度に関する不平不満も最初から出ているわけで、心理療法の創始から現代心理療法まで脈々と受け継がれている精神分析が出題されない、心理テストの王道であるロールシャッハも出ないとないない尽くし。

その代わりに大学院でも習ったことがない難問奇問が目白押しで、医学分野で働く心理職が司法分野を勉強しなければならなかったり、その逆もあり、目まぐるしく毎年変わる法制度が重要分野として出ていたりと批判も多い試験であるわけです。

さて、Twitterでは流行語としてトレンド入りしても一瞬で消えてしまいました。北川景子さんが頑張ったとしても世間とはこんなものでしょう。

それどころか僕は

何十回も書いているのですが職能団体仲間割れ、勝手に上位資格を作る始末です。

もうね、何と言ったらいいのかわからないほど内輪揉めをして迷走錯綜している資格なのです。

外からの知名度が今ひとつ今ふたつならばせめて内部でまとまりましょうよと多くの公認心理師が声を大にして言っても、この制度を改悪しようとしていると思えるようなお偉いさんたちの動きは変わりません。

この公認心理師資格の名称が世の中に根付いていくにはきっと何十年もかかるでしょう。

それどころか心理職の悲願だったこの国家資格はいろんなものの乱立で安物の資格になってしまうかもしれません。

世の中には別に院卒が条件でなくても、実務経験を積んだということでも付与される立派な資格がたくさんあり、国家資格の歴史の長さという認知度が公認心理師よりも世の中に有用性が国民に認められている資格は山ほどあります。

だからこそおーい、仲間割れしていないできちんと協働協業していかないと官側からも国民からも見捨てられてしまう資格になってしまうぞーということに強い危惧感を抱いているのです。

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