ひなたあきらのおけまる公認心理師たん

新制度公認心理師の検証をしばらく続け、この制度がよりよいものになるための問題提起を行いつつ、カウンセリングの在り方について考え、最新の情報提供を行っていきます。ほか心理学全般についての考察も進めていきます ブログ運営者:ひなたあきら メールアドレスhimata0630★gmail.com(★を@に変えてください。)

カテゴリ: PTSD

初めてyoutubeに投稿してみました。
今回は公認心理師試験だけでなく、患者さんにも役立つ内容を心掛けたつもりです。
サムネの録り方がよくわかりませんでした。

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複雑性PTSD

僕は PTSD についての研究、というか実務家としては相当勉強しているつもりですが、まず手元にあるDSM-5 には外傷性ストレス障害(PTSD)についての記載を見てみます。DSM-5 には複雑性PTSD の記載はありません。

複雑性PTSD については「そういった概念はある」あるいはエビデンスがない、診断基準がはっきりしないということから「複雑性 PTSD というものは疾患単位としては認められない」という立場を取る医師もいます。

日本で保険点数が適用されているのはICDなのですが、ICD-10 から ICD-11 に変わった時に例えば「ゲーム依存」や「複雑性PTSD」についても正式に診断名として認められるようになりました。

複雑性慢性型 PTSD という病名もあります。実際には自立支援(障害者総合支援法に定められた重篤かつ慢性の精神障害で、3 割負担ではなくて医療費が1割で済む。)の中にはある一定の要件を満たせば PTSD が1割負担で済む場合もあります。

複雑性PTSD というのは僕のイメージとしては、幼少期からの度重なる苛烈な虐待、または過酷な性的被害を受けた患者さんがなるものだという理解をしていました。複雑性PTSDの概念が簡単に広がっていくことについての危惧を僕は持っています。DSM-5では「適応障害」も「心的外傷およびストレス因関連障害」の中に含まれていて、急性的なストレス因に反応するというものが適応障害です。

一般の人々が適応障害程度だろうという印象を受けたとしても無理はありません。PTSD という診断名は DSM-5 によればかなり厳しい診断基準が定められており、自分が死にそうな体験に接した、そういった致死的な場面を見た、職務上のそういった(例えば救急隊員や警察等) 人の死に接した、という体験等が必要になるわけですがこれが「複雑性」ということになるとさらに厳しい診断基準を満たすことが必要になります。

さて、PTSD そのもに当てはまるかどうかということが疑問の状態でそういった診断が出ることもあるわけですが、本人を診察したことがないタレント医師は相変わらず「あれはPTSD ではない。」というような「テレビ診断」や「ネット診断」を行っていて、これもどうかといつも思っています。

PTSD の診断基準としては繰り返し近親者が虐待等のひどい体験をしたことを何回も繰り返して聞いたことも含まれるわけでが、果たしてそういう事実が診断された人についてあったのかどうかということについても実際に問診をして診断した医師でないとわからないわけです。

本人の了解を得た上で記者会見等で医師が発表することは構わないのですが、果たして何があったのか、ということについては本人や診断した口から話されない限りわからないでしょう。

その辺りの想像がいろいろ膨らむとあちこちから叩かれることになるわけで、「婚約者のことでマスコミにひどい目に遭わされた」ことが複雑性 PTSD の原因だと言い張っている、それは大変けしからんことだからもっと取材をきちんとして原因を解明して特定しろ、とか「そんなことが複雑性PTSD の原因になるわけないだろうから、これ以上突っ込まれたくないからそんな診断名になったんだろう」と世間やそういったタレント医師が遠隔診断をしたりするわけですが、真相はわからない、というのが事実です。

ただし、いかにもタイミングが悪すぎますし、そういった発表をこの時期にすることが果たして適切なマスコミ対応だったのかどうか、ということについてもこの辺りの事情に素人ながらも僕はいろいろと思うわけですし、世間もそう思っているのだという印象を受けます。

何よりも「複雑性PTSD」というのは上記に書いたとおりかなり過酷な経験をしていないと発症しないものなので、それに当てはまっているのかどうか、いや違うのではないか、という想像は聞いた人がそのように思われても仕方ないのかな?というのが僕の個人的な感想でもあります。

結構僕が危惧しているのは、複雑性PTSD や複雑性慢性型 PTSD というのはPTSDの中でもかなり重い病態で、因果関係がわからないでただ診断名だけをさっくりと発表してしまうと「なんだ、複雑型 PTSD っていうのは結構軽い病気なんだ、じゃあ俺も複雑性PTSDっていうことにして会社休もうかな」等この病気が軽く受け止められることです。マスコミを通じてだけ知っている事実から「複雑性PTSD」という診断名が出て来るとかなりの誤解を招いてしまったという事情があるのは認めざるを得ません。

なぜこのタイミングでかなりの重い病状をマスコミで発表したのか、その辺りの事実は知る由もないわけですが、世間一般には PTSD も、トラウマという言葉も誤解されやすいことは事実です。×「振られてトラウマになっちゃって」×「だからあのデートした場所に行くとトラウマ思い出しちゃって」×「叱られたのがトラウマ」世間一般に誤解されているこういった精神医学的な概念の誤用は時として本当の患者さんが軽く見られてしまうということについても危惧します。

そうなると説明責任というものが自然に発生してしまいますし、説明ができないものについて安易に診断名だけを発表するというのはいかがなものかということについて思いを巡らせるわけです。

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○ 聞き流し・公認心理師試験対策・PTSD

PTSDは公認心理師試験の毎回と言っていいほどの頻出分野です。30分足らず、診断基準、症状、治療法についてなど話してみました。

公認心理師試験対策・PTSD


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photo&lyric by sora (@Skylit_Blue)
わかってる
どんなに時を捧げても
欲望の空は満ちないことを


◯ トラウマがないPTSD・境界性パーソナリティ障害

1.序

僕はPTSD精神療法家をいちおう自負したいと思っていて、まあそれっぽいところで働いているのですが、実はPTSDでない人が他院ではPTSD扱いされたというクレームを聞くことがあります。

僕の勤務先は別にPTSD専門というわけでもないので、聞いてみるとPTSD用の心理療法を受けたけど向こうの心理がとてもいい人、あまりに一生懸命なので言い出せなかったけどなんとなく合わなくてドロップアウトしてしまった、とか、トラウマに関するDVDと本を渡されて宿題にされてやっぱりヤだったというものです。

PTSDを診られる機関はとても少ないので、巡り巡ってやっとPTSDという診断を受けることもあるのですがその逆もあります。

弊害で言えばPTSDの人が違う疾患だったと診断されることはかなり多くてトラウマを認めてもらえなかったという方がはるかに多いです。ただ、心理職の立場として、希死念慮が高く自傷行為を繰り返し、常に空虚感と自我同一性の揺らぎを持っている人をトラウマ所持者と思ってしまうのですが、幼少期から親から大事にされて愛されて育ってきて、現在も同じと聞くと、不思議に思うことがあるわけです。その理由について考えてみます。

2.トラウマのないトラウマティックな心情・行動の理由

これはいろいろ考えてみて、もし理由がわかれば、stap細胞はあります!に10分の1ほど追いつけると思っているわけですが、以下列挙してみます。

⑴ 境界性人格構造(BPO)を引き起こすような出来事の存在

境界性人格障害とまで行かなくても行動範囲が逸脱していて自傷的、希死念慮が高いBPOの人がトラウマティックな行動をする事はあります。ただしよく聞いてみると別に親から虐待されていたような対象関係論的な問題や基底欠損領域があるわけでもないです。

要するに「親からの、幼少期の虐待体験」はないのです。

ただしその後を聞いてみると幼少期のてひどいいじめや自己の容姿に関する恐怖が存在している(実際とは関係ない)ことも多いです。

幼少期のトラウマでなくとも成人してからでももちろんトラウマティックな出来事を体験することはあるわけですが、またトラウマティックでなくとも自己イメージをひどく傷つけられたらそれは大きな心理的障害になるでしょう。

⑵ 愛情飢餓

幼少期に愛情喪失体験をしていなくとも思春期や成人期になってからこの果てしない愛情飢餓感覚に襲われることがあります。依存性パーソナリティ障害はありますが、なぜ、どうして、そしてどうやったら治るのかは誰にもわかりません。

心理テストはあくまで現在の状態を示すもので、原因を解明するものではありません。

⑶ 精神病的世界観

これはあまり書きたくなかったのですが、というのは「それ、精神病じゃん?」というスティグマ(烙印)を押したくなかったので、統合失調症で自己の存在感への認知が歪んでいる、双極性障害で自己の行動統制ができなくてそれで自分が苦しむので、空虚感をなおさら感じるというものです。

3.結語

今のところ僕にも「わからない」ところが多すぎてこうやって苦しむ人たちの心理的・理論的な説明ができればいいのですが。薬理学の専門家医師ならば適切な精神薬のチョイスはできるでしょう。ただ、僕ら心理職は原因がわからずに目の前でしくしく泣いているクライエントさんに対して何ができるのだろうと思うわけです。

そしてトラウマがあったとしても解離していたり、意図的に回避しようとしている場合には触らない方がいいのは侵襲性という観点から考えたらその通りだと思います。カウンセリングは一般的には苦行ではないので、苦痛を感じる人やその幻想的を作り出すべきではないと思うのです。

さらに付け加えるなら、心理職も外科的な発想を持つことが多く、「ここが悪い」という病巣を切除してしまえばいいと思いがちですが、病的であってもなくともクライエントさんが痛い痛いと言っている場合に心理的メスを入れる権限はありません。

人の心の動きはまだまだわからないことだらけです。不思議と思うことはあるかもしれませんが必ず突っ込んでいけばいいというわけではないと思っています。

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限られた時間の中で
何に心を委ねるかが大切なんだね ☪︎⋆


◯ 赤ずきんとオオカミのトラウマ・ケア   
自分を愛する[心理教育]


白河美也子医師・臨床心理士著

なぜ僕が白川先生のこの著作をブログで取り上げたかということをまず説明します。白川先生は一貫してトラウマ治療に取り組まれていて、現在はトラウマ治療専門の「こころとからだ・光の花クリニック」院長をされていらっしゃいます。白川先生のトラウマケアの書籍をぜひ紹介したかったからです。

光の花クリニックは日本では数少ないトラウマ治療専門のクリニックで、白川(西)先生他3人の医師と1人の臨床心理士が治療面接を行っています。(現在枠がいっぱいのため初診患者は取っていないとのことです。)

最近 トラウマのことがわかる本 生きづらさを軽くするためにできること も著されており、こちらもぜひ参考にしていただきたいのですが、白川先生の「赤ずきんとオオカミ」は寓話の形を取っていますが非常に含蓄のある本です。

「赤ずきんとオオカミ」と言うとオオカミさんが赤ずきんを食い尽くすもので、一方的な悪者だと思われがちですが、食べられそうになった赤ずきんは単回性のトラウマ、そしてオオカミさんもまたトラウマを負った存在として描かれています。

(以下ほとんど白川先生の著書の要約)
トラウマ後にはフラッシュバック(再体験)、回避、麻痺、過覚醒の症状が出ることが説明されています。

トラウマを負った人がトラウマそのものを消すことはでかません。この辺りはトラウマ治療専門家の白川先生は詳しいです。

しかしトラウマを負った、今現在のその被害者の生き方を変えることはできます。

トラウマを負った対象者は、トラウマの再演をすることがあります。その時にまた不幸なシナリオが繰り返されます。そのためにもトラウマにとらわらすぎない、明るい未来を見ることが勧められています。これは僕の私見ですが、今現在が明るいものであれば、トラウマティックな過去はかなり薄まるものでしょう。

助けを求めることと、支配−被支配のパワーゲームに巻き込まれないことが必要です。

オオカミさんは複雑なトラウマを負った存在として描かれています。だからこそオオカミさんは過去の繰り返しを再現してしまうのです。

白川先生の解説には、症状が完全に消失しなくても良いと書かれています。これは僕もPTSDの精神療法をしていてよく感じることなのですが、どんなに長期間力を入れても症状が完全に消失させることは難しいものです。フラッシュバックが起きること、そしてそれがどのようにして生起して、攻撃的な態度になるのかは知っておくことが大切だと本書には書かれています。

トラウマを負った人は「被害者−加害者」という一方的な認識を持ちがちですが、そうやって被害者のポストについてしまうと解離が起こり、解離の間に望まない性的関係を持ってしまうこともあり得ます。被害を深めないための対等な対人関係が必要です。

このトラウマを持った赤ずきん、赤ずきんはカウンセリングをして災害ストレスを癒やすことにしました。災害によるストレスは大きな影響人々の心に与えます。大きな影響をオオカミさんにも与えたのです。

さて、C-PTSDはICD-11で初めて取り上げられる疾患単位ですが、この疾患単位に対する批判もあります。白川先生がC-PTSDに似た概念として取り上げているのはvan der Kolk 他の「トラウマティック・ストレス」のDESNOSの概念の診断基準試案を掲載しています。

僕の書いた白川先生の名著の要約はかなり端折ってあります。トラウマとは何か、そしてそのトラウマの意味を薄めて明るい未来を見るためにはどうすればいいか、ぜひ白川先生の原著に当たっていただきたいと思っています。

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