ひなたあきらの公認心理師でポン!

新制度公認心理師の検証をしばらく続け、この制度がよりよいものになるための問題提起を行いつつ、カウンセリングの在り方について考え、最新の情報提供を行っていきます。ほか心理学全般についての考察も進めていきます ブログ運営者:ひなたあきら メールアドレスhimata0630★gmail.com(★を@に変えてください。)

カテゴリ: カウンセリング

D83C72B7-7295-46F0-91DE-40EC8B5CBF01

◯ オンラインカウンセリングってどう?無料or and有料カウンセリングはどっちがいいの?その可能性と利用法

コロナウイルス電話相談を厚生労働省や各保健所で行っていると書いたばかりですが、その人が今一番心配なことを聞くことがカウンセリングの本旨だと思います。心理カウンセリングだけでなく広く「相談」は多くの人に必要とされています。

さて、オンラインでカウンセリングをしますよ、とLINE、Skype、ZOOMなどさまざまなツールを利用してカウンセリングをしていますよ、というサイトが公認心理師、臨床心理士、なかなかの経歴がある旧帝大院卒者等も参入しているのを散見します。

という話を知人の精神科医に話したら「そんな時代になったんですねえ、ひなたさんはどうです、やりますか?」僕:「うーん」という会話を最近しました。

以前書いた元乃木坂の中元日芽香さんも予約制のSkypeカウンセリングを行っています。こういったオンラインカウンセリングで満足度が高ければそれはそれでクライエントさんは構わないのですが、オンラインカウンセリングは臨床心理士、公認心理師以外のいわゆる無資格カウンセラーも多い。

さて、これをどう解釈するべきでしょうか?対面カウンセリングでも同じですが、僕はカウンセリングのクオリティを

1.いいカウンセリング、2.毒にも薬にもならないカウンセリング、3.クライエントさんが不満を抱いてドロップアウトしていくカウンセリング4.有害でクライエントが除反応を起こしてもケアできないカウンセリング。5.自分を神格化して信奉させるカウンセリング

の序列なのではないかと思っています。「2.毒にも薬にもならないカウンセリング」はクライエントさんが「こんなものかあ」と思いながら通い続けていて、「3.」に移行してドロップアウトするかもしれません。それはそれでいいのです。クライエントさんには自己治癒能力があります。

さて、対面でも起こりうる「4.」「5.」の激しい抵抗や神社を作り上げるような、いわば有害事象をオンラインカウンセリングでは防ぐことはできるでしょうか?どんなクライエントさんでもトラウマを負ったPTSDの人はどんな精神療法でも除反応を起こすことがあります。僕はPTSD、あるいは適応障害の患者さんでも目の前で激しい除反応を起こすのを見たことが何度かあります。

元々そういうクライエントさんが多く来る機関で勤務していたからでしょう。泣きながら土下座したり床を叩いて転げ回ったりと壮絶なものですが、僕のカウンセリングを知っている他職種勤務員は慣れっこで「またか」と思っているのですが、除反応が起きると途中で慌ててセルシンを静注してもらうのは下策と僕は考えます。

除反応が起こったら徹底して除反応を出し切らないとトラウマ体験が不全感を持ったまま残ります(現代催眠原論)。除反応は出し切った方がいいのです。オンラインカウンセリングでEMDRをおこなう心理職はさすがにいないでしょう。催眠はどうやって解催眠をすればいいのでしょうか。

自我状態療法は?ブレインスポッティングは?ブレインジムは?ソマティックエクスペリエンスは?どの心理療法もトラウマ処理にはかなりの高い専門性があり、除反応が起こってもおかしくないです。

それならばトラウマ処理には認知行動療法を暴露療法として刺激の洪水、フラッディングを使おう、とか、トラウマが隠されている主訴の人にフォーカシングを行ってみようとすると実はとんでもない侵襲性があって、それをオンラインだと処理し切れないことが十分に考えられますし除反応も起こりえます。

オンラインカウンセリングで可能なのは「1.よいカウンセリング」は、クライエントさんが話ができてよかったなあという満足感を得られるもの。誰かに聞いて欲しかったから聞いてもらった。これはスッキリしたという意味ではいいカウンセリングです。

実際多くの有資格者や無資格者でもこういった電話カウンセリングは頼りにされていますが、クライエントさんからのクレームも多く「勝手に決めつけられた」「入院しろと言われた」など腹を立ててドロップアウトするのならばまだマシなカウンセリングと言えます。

怖いのは侵襲性があってもそのケアができないカウンセリングです。また、カウンセラーを信奉したクライエントさんが「私が全てあなたを助けてあげましょう」と困窮して藁にでもすがりたいところにそう言われると頭の奥が麻痺したようになり、カウンセラーを絶対視するようになります。

こういったことはトレーニングをきちんと受けた有資格者はやりません。しかしながらオンラインカウンセリングでも悪意を持ったカウンセラーがやろうと思えばできるでしょう。電話カウンセリングでもできるかもしれません。

とここまでオンラインや非対面カウンセリングについてネガティブな意見を書いてきてしまいました。しかし遠隔地、僻地居住でなんとかカウンセリングを受けたいと希望しているクライエントさんはいます。そういった方になんのチャンスも与えられないというのは酷だと思うのです。

無資格者を含んだオンラインカウンセリングには何のガイドラインもありません。有資格者についてもオンラインカウンセリングをしてはいけないというルールもないのです。せめて有資格者についてはプライバシーポリシーやガイドライン、コンプライアンスやインフォームドコンセントをしっかりと整備した上で掲載し、カウンセリングを行なって欲しいとも思います。

カウンセリングを受けられる環境にいない、または心身の不調で外に出ることができない方々の潜在的なカウンセリングのニーズは高いものと思います。

日本臨床心理士会では実は無料カウンセリングを行っています。

http://www.jsccp.jp/about/tel.php

また、各地方公認心理師協会でも無料で電話カウンセリングを行うことがあります。

官公庁や企業では従業員支援プログラム、EAPの一環として24時間体制で産業カウンセラーも含めた電話カウンセリングを行っている事業所も多いです。

今後SNSカウンセリングやオンラインカウンセリングはかなりの地歩を占めていく可能性があります。

メールカウンセリング、電話カウンセリングなど対面でないカウンセリングも多いので、望む人が専門的なサービスをできれば安価、もしくは生活困窮者の方には無料で受けられるようなシステムを作り上げて欲しいと思います。

ご存知でしょうか。東京都には年間7万2千円までカウンセリングを無理で受けられる制度があります。他自治体でも多く行っているようです。

警察庁では性的虐待へのカウンセリングを含めた性被害への全般的な支援を行っています。

https://www.npa.go.jp/safetylife/syonen/shien_soudan.pdf

ワンストップ支援センターも全国展開しています。

http://www.gender.go.jp/policy/no_violence/seibouryoku/consult.html

全国市区町村役場や社会福祉協議会(社協)、無料相談窓口の案内は都道府県精神保健福祉センターでも行っています。無料カウンセリングはSNSでの青少年相談は今も行われています。

無料カウンセリングを僕が力技で押しているわけではなく、例えばこうしたカウンセリングの公的支援サービス機関として私的カウンセリングオフィスはその任を行っていることも多いです。ボランティアでこういった方々への無料カウンセリングを医師や心理職が行っているカウンセリングオフィスもクリニックもあります。医療者や心理職の責務は社会貢献なので、利用したい方々はどんどん問い合わせて欲しいと思います。

医療機関における、本来保険診療外カウンセリングも地域貢献、社会貢献が母体となる団体が無料化して行っている場合があります。(済生会はほぼ満員状態だそうです。by知人。ですが問い合わせてみる価値はあるでしょう。)

支援を必要としている人がカウンセリング受けたいという要望が多ければ、それは僕らのような心理職にとってもそれだけの社会的ニーズがあるという追い風になります。

元々カウンセラーとクライエントさんは対等で、二人三脚でカウンセリングという構造を作り上げていくものだと思っています。

さまざまなカウンセリングの形態や価格を現代社会は選択肢を提供しています。臨床心理経済学的にクライエントさんがコスパの良いものを選ぼうとすることは心理職にとってもより洗練される機会を与えられることになるのです。

カウンセリングする側は経験を積み、技を磨き、クライエントさんはどんどん自分の思うままに快い選択をして欲しいと思うのです。

206EF17D-A37A-4B44-BAAA-EDA0095ADC61

◯ 新型コロナウイルスはパンデミックと言えるのか?

臨床心理学から少し離れたようで実は密接に関係があることを書いてみました。

日本における新型コロナウイルス感染者は
「1.国内の状況について2月25日12:00現在、139例の患者、16例の無症状病原体保有者、陽性確定例1例が確認されている。」厚生労働省発表となってています。

なおWHOによるパンデミック(爆発的感染)の定義はヒト-ヒト感染をしてそれが持続的に続いていることです。この新型コロナウイルスはパンデミックと言えるのでしょうか?

国外発生状況について言えば中国が一番多く75,465人、死者2,236人となっているほか、韓国が次いで感染者が多く104人うち死者1人となっています。世界中で中国以外では1桁〜2桁台の感染者、台湾、香港など中国から近い地域も併せて死者は8人です。(2020年2月21日厚生労働省発表)

WHO定義によれば「より大きな(一つあるいは複数の)集団(クラスター)が見られるが、ヒトーヒト感染は依然限定的で、ウイルスはヒトへの適合を高めているが、まだ完全に感染伝播力を獲得していない(著しいパンデミックリスクを有していない)と考えられる。」

上記がパンデミック寸前のWHOフェーズ5となります。

日本は集団感染コロニーが見受けられるのかというとそこには疑問がありますが、多くの人々はWHOフェーズ6「パンデミック期:一般のヒト社会の中で感染が増加し、持続している。」と日本国内の中でもとらえているかもしれません。フェーズ5はまだ予防段階、フェーズ6になって初めてパンデミックと定義されます。

さて、人々はこの状態についてすでにパンデミックやその直前のフェーズ5ととらえているかもしれませんが、2月20日現在での 日本渡航医学会 産業保健委員会 日本産業衛生学会 海外勤務健康管理研究会では今の状態をフェーズ3と結論づけています。

https://plaza.umin.ac.jp/jstah/pdf/coronavirus03.pdf

すなわち、国内発症早期、重症患者治療、予防対策段階ということです。これから広がるだろうという予測は予測に過ぎず、新型コロナウイルスよりもはるかに致死率が高く(9パーセント)にもかかわらずSARSは日本国内に上陸しなかったことから海の向こうの話でした。

エボラ出血熱は「恐ろしいアフリカの病気だな」と他人事だったのがおそらく一般的な日本人の反応だったでしょう。死亡率は20〜90パーセント、平均50パーセント。そして治療法が確立しておらず、輸液や呼吸管理でしか対症療法ができなかったにもかかわらず回復者はいるのです。

さらに、日本では鳥インフルエンザ早期対策で保菌ニワトリの大量処分をしたことがあります。「そこまでやるの?」と思ったかもしれないのですが鳥インフルエンザの致死率は63パーセントとかなりの高率です。水際作戦で日本への大流行は差し止められたのです。

さて、ニュースを見ていると日本での感染者数が多くなったことについて政権への批判が確かにあります。厚生労働省は無為無策ではいられませんので頻繁に記者会見を開いています。

次々と国内の多くのイベントが中止され、東京オリンピックは5月をめどに中止するかどうかを判断するとも言われているのです。厚生労働省は多く人が集まるイベントは注意を要する、しかし禁じるものではないという内容の声明を発表しています。

以下テレ朝ニュースから引用します。

アメリカのCDC(疾病対策センター)は、感染が広がる新型コロナウイルスについて「世界的なパンデミックに近付いている」という懸念を示しました。

CDCによりますと、新型コロナウイルスについて、死者が出ていることとヒトからヒトへの感染が続いていることがパンデミックと判断する2つの基準を満たしているということです。

(引用終わり)

さまざまな錯綜する情報の中で、社会心理学的に言えば「伝染性疾患」という事実はあるのですが、「流言、デマ」の広い伝播に似ています。命にかかわるもの、そしてこの新型コロナウイルスについてはどこまで感染力が強いのかわかりにくい(強いという学者もいます)。

そして何よりも情報不足、情報が足りないと人々は感じ、不安が高まっていることに加えて治療法やワクチンが開発されていないことがさらに不安が煽られていきます。ショッキングで最悪の事実を想定した情報の方が広がりやすいのです。そうするとSNSではセンセーショナルな意見が広がります。そして政府や行政はマスコミを通じて「騒がないように。安全だから。」

と言いたくても安全の保証が何もできないことが相当数の人々をさらに不安に陥れているわけです。死亡率は2パーセントと言われていますが中国では3パーセント強です。

確かに死亡率は現在のインフルエンザより高いです。ところが1918年のインフルエンザ、スペイン風邪の世界的大流行では当時の日本人数5400万人のうち半数が感染しました。1〜2パーセントの死亡率でした。当時の衛生観念や栄養状態は当然影響していたでしょう。

今回の感染症で重症化が懸念されるのは高齢者や抵抗力が弱っている基礎疾患がベースラインにある人々で、そういう人たちが入所している施設は気が気ではないということはわかります。

また、上に述べた理由から人々は破局的な認知を追い求めます。「日本はパンデミックになるに違いない。いやもうなっている」「この騒ぎはあと5年後も続くだろうしもっとひどくなる」というのは絶対に否定はできないもののその認知の確実性については疑問が大きいです。

もちろん大病院から中小でも病床がある病院はすでに受け入れ態勢が始まっています。(とある有名美容整形外科医がうちに波及したらかなわんという趣旨のツイートをしていて非常に腹ただしかったです。)

今WHOフェーズで3ということは、政府厚生労働省を含む世間の大騒動(と見えます)にかかわらず、これからフェーズが進む可能性もあれば収束に向かっていく可能性もあり、誰もその行く先について何も言えない段階だということです。実際対症療法だけで良くなり隔離が必要なくなった人は新型コロナウイルスでもSARSでもエボラ出血熱でもいるのです。

ですので必ず破滅するだろう、という認知は現段階では歪んでいます。医療関係者すら家族のためにマスクを横流ししていることもあるようです。

マスクがなかなか手に入らないクリニックが患者さんを安心させるためにマスクの使い回しをしていると知人の精神科クラークさんが話していました。さまざまな医療機関が張り紙をして武漢、湖北省へ渡航した患者さんは申し出るようにという注意喚起をしているのは、不安症の患者さんを安心させるためかもしれません。精神疾患もベースライン疾患です。患者さんは刺激に弱いのです。

さて、とは言えこういった恐怖に対処している施設職員を責めるつもりはありません。職員たちはもっと怖がっている入所者、通所者の恐怖を受け止める仕事をしているからです。

医療機関に限りませんが総合病院は受け入れを決めると他の患者さんを断わることが医療安全上ありえます。感染を防ぐためです。全ての児童老人入所通所施設の利用者さん、そして学校はメンタル面でのパンデミックに陥っています。

僕のところにもマスクをしたクライエントさんがやって来ます。僕はマスクが潤沢なうちは普通にマスクをしていたのですが、こういった危機的な状況になってから、2、3日前からマスクをしていません。

マスクは医師、看護師、臨床検査技師にしていて欲しいと思うからです。心理職先になんでもありき、カウンセリング至上主義ではならないと考えてしまったら心理職の奢りです。まずはマスクをしていないことを謝ってから大丈夫ですか?と尋ねるのが心理職としてこの社会心理学的パンデミックに対応する手段だと思っています。

アウトブレイク、エンデミック、エピデミックも関連用語です。ご参考まで。

9581FC1F-85D6-4800-9635-D82E8D5E451E

◯ 医学・整形外科領域における公認心理師への期待〜「痛み」の心理学

整形外科は心理療法とはかなり遠そうな分野の領域に思えますが、実際には整形外科領域で働く心理職は多くいます。

「痛み」というのは心理状態に大きく起因していて、身体表現性障害(身体症状及び関連障害)、心身症、転換性障害、アレキシサイミア(失感情症)など多くの痛みを伴う実感が心理状態と関連しています。

そこで抗うつ剤サインバルタが2016年には慢性腰痛の第一選択薬として認められるようになったわけですが、整形外科領域に勤める心理職も定期的カウンセリングによって痛みという身体的でもあり心理的な現象に向かっているわけです。

慢性疲労症候群と近縁と言われている全身の痛みを伴う線維筋痛症は難病で、身体医でも治療は困難と言われていますが、これらの疾患への心理職のかかわりは大きく期待されています。

大抵はエビデンス、治療実積が認められているという事で認知行動療法が使われている場合が多いです。

痛む部位は脳からの情報でゲートの開閉ができるというゲートコントロール理論を心理教育として行うというのは理にかなっています。

リラクセーション、漸近的筋肉弛緩法なども役立ちそうです。

ただ、整形外科に勤務する心理職が全て認知行動療法をしているわけではありません。

別に箱庭療法でも精神分析でもフォーカシングでもイメージセラピーでもいいのです。

患者さんがその痛みを「わかってもらった、理解してくれた」という思いは痛みの緩和に役立つでしょう。

教科書では「怒り」の感覚は痛みに深く関連していると言われています。

痛みはとめどなくその人を苦しめます。

患者さんの怒りを理解して受け止めることは時として、あらゆるカウンセリングと同様に心理職に対する怒りに繋がるかもしれません。

「だって、先生、私のような痛みを経験したことはないでしょ?わかったようにうんうん言ってるだけじゃないの?」

これは半分当たっている真実です。

痛みを伴う疾患は本人が望んでなるわけでは決してありません。

そして治療には必ず侵襲性があり痛みを伴うものもあります。

患者さんは痛みが強くなり再発してもっとひどい痛みが襲ってくるのではないかと恐れて怯えています。

手術の前になれば手術の不安が患者さんを襲って来ます。

「手術は痛いのだろうか。手術をしてもうまくいかないとか手術をしても良くならない可能性もあるし痛みが取れないかもしれない、そしてもっとひどくなったらどうしようか?」

こういった痛みに対する不安は全てカウンセリングの領域になると考えています。

整体院ぐらいで扱えるような、肩、首のコリのような痛みを抱えて半泣きでやって来たクライエントさんが話をしている間に軽快化して帰って行くことがあります。

僕は何もしないでただ話をじっと聞いているだけです。勝手に治ってクライエントさんは帰ります。

「ひなたさんのところに来るって思った途端に痛みが取れちゃってね」

僕が何かをしたわけではありません。

もうカウンセリングに来る前から「メンタル面を手当てしなくちゃ」と思って自覚したことで、痛みはすでに良くなっていたわけです。

怒り、憤り、悲しみといったネガティブな感情を誰かに言いたいけれども誰にも言えない、言い出せなかった、確かにそういう気持ちは痛みを引き起こしそうです。

そして遺伝子病はまったく患者さんが避けることができなかったものです。

トラウマ処理技法のプレイスポッティングはスポーツ心理学と深いかかわりがあります。

スポーツ選手は元々メンタルトレーニングやメンタルリハーサルが必要とされていて、オリンピック選手には心理コーチがついている場合もあるのですが「失敗してまた骨折したり痛い思いをしたらどうしよう?」というおそれにもカウンセリングは有効でしょう。

痛みを伴う疾患は整形外科以外にも様々にありますが、カウンセリングでなんでもかんでも痛みを取ればいいというものではありません。

催眠技法は昔から痛みを抑えることができて無痛で抜歯をする等一流の催眠家は相当の技術を持っていたのですが、整形外科領域で腰痛や捻挫の痛みを取ってしまうと

「あ、こんなに良くなったからまた趣味のスポーツをやろうっと」と危険な場合もあります。

だそして確かに身体は辛くても「無理して働き過ぎちゃいけないよ」というような体の内部から来る訴えかけ方をしている痛みを持っている、そして心理職からもそう声をかけたくなるクライエントさんがいます。

そういったクライエントさんに対してはまずきちんと話を聞き続けることに僕はしています。

サインバルタが慢性的腰痛に適用となって3年が経ち、すっかり定着した感があります。

そのうち整形外科医から「カウンセリングでなんとかならないの?」と聞かれる時代がやってくるかもしれません。

「主治の医師」は精神科医とは限らないわけで、麻酔科、リハビリテーション科、脳外科からも期待されて現在心理職は働いています。

「誰が主治の医師なのか?」ということについて考えなければならないという義務も課せられているわけで、患者さんへのインフォームドコンセントもじっくりと行う必要があるでしょう。

カウンセリングは無作為割付実験RCTを経てのみ効果が測定できるものではないと個人的には思います。

科学が発達するにしたがって芸術療法が脳内血流の働きを良くするなど、研究はどんどん進んでいます。

僕はあと10年以内にカウンセリングと科学の結びつきの転換点がやってくると思っているのですが、思っているよりもそれは早く訪れるかもしれません。

99E67A62-7F28-4AC4-8229-CC1946B918BB

◯ カウンセリングはキライ

※ クライエントさんから聞いた話など

1.気持ち悪いテストやらされる。

あんな気持ちの悪い色がいろいろついていてグロテスクなカード見せられるのイヤ

2.時間がかかる面倒なたくさん書くテストやらされた。

しかも聞かれたくないことばかり。

私の母は・・・とか父は・・・とか何で聞かれなきゃいけないの?

親のことイヤなのに親に見られるの?書くのすごくイヤだった。

3.知能テストやったけど無茶苦茶時間かかってわけわかんなかった。

算数テストみたいなの「えっ?」て聞き返したけど「繰り返しできません」って言われてカウンセラーはドSだと思った。

数字を逆から言うとかもうムリ。

4.毎日日記みたいなの書かされる。

これ書いているうちに「学校に行けるといいね」

って言われてるけど、日記書くことと学校行くことと全然関係ないから。

いつも毎日毎時間何してるか見張られてるみたいでイヤ。

5.うちの外に出たくないって言ってるのに毎日少しでも出るように宿題出される。

人が必死にコンビニ行ったら「その先のスーパー行けるように次は頑張りましょうね」と言われる。

頑張ってそれで限界なのにもうイヤ。

6.「ここだけの話」って言ったのに医者に筒抜け。

医者にだけは話したくないって言ったのに。

7.絵が下手で苦痛なのに絵を描かされる。

だからイヤだって言ってるのに「上手い下手を見るものじゃないですから」と言ってやらされる。

しかも「こう描いているのはこういう意味ですね。」って考えてもないこと勝手に決めつけられる。

8.「何か昔イヤなことあったでしょ?」こっちは「ない」って言ってるのに。

いじめられなかったか、親からギャクタイされなかったのか根掘り葉掘り聞き過ぎ。

何もないっつーの。

しつこい。

9.汚いのはイヤだっつーのに服のまま、土足でみんなが歩くカウンセリングルーム転がれって言われてやらされた。

すごくイヤだったから今日は汚れてもいいジャージにトイレで着替えたら「着替える前の格好で来なさい」

って言われてまた床転げさせられた。

気持ち悪い。

もう行かない。

10.スクールカウンセラーに話したこと、何で校長に筒抜けなの?

秘密守るって言ったあのカウンセラーには2度と喋らない。

11.昔あったイヤなこと、「すみませんね、これからイヤなこと聞かなくちゃいけないので」と言われてずーっと聞かれた。

1時間たっても終わんない。

「イヤだったら途中で止めてもいいんですよ」と言われたけどそう簡単にダメって言えないじゃん。

向こうも必死そうだから。

気持ち悪くなりながら話したよ。

11.なんかのプリントの穴埋めやった。

結構ウザい。

最初に「その時の気持ちは◯◯という気持ちが何パーセント?」

考えるのに大変。

「その時に自動的に浮かんできた気持ち」

何も浮かんで来ないけど無理やり書いた。

「もしあなたの親しい友人が同じ目に遭ったらどう言いますか?」

どうにもならないじゃん・・・

「今考えて将来一番ありそうな事は?」

変わらないよ。

「今の気持ちは?」

つまんないことばかり聞かれてイヤーな気持ち。

そう答えたらまた最初から言い方変えておんなじこと聞かれた。

もうこのカウンセラーゼッタイ許してくれなさそうって思って、「けっこうスッキリしました。80パーセントぐらい」

って答えたらニコニコしながら「そうでしょうそうでしょう」

だってさ。

もう行かない。

※ カウンセラーはクライエントさんのためを思って自分が学んだ特定の技法を使ったり、要請に応じて心理テストを取りますが、それはクライエントさんにとっては侵襲的(害がある)と取られることも多いものです。

どんなに気をつけてもクライエントさんとの相性もあり、そういう事態は避けられません。

僕のところにやってくるクライエントさんが他のカウンセラーのことをそう言うのを聞くことがあります。

僕のところにやって来なくなったクライエントさんがやはり僕のことをほかのカウンセラーにそう言っていることもあるのだろうなあと思います。

自分に自信を持ち過ぎたり、要らないプライドで接することでクライエントさんに負担をかけたくないなと日ごろから思っています。

C47EFE66-4CB8-4D37-879E-1DA5110C4606

◯ 患者さんの握ったおにぎりを食べられますか?

横浜市立大学医学部の論文試験に出題された問題を改変したのがこのタイトルです。

正しくは、高校の教員が生徒たちを引率、農業実習をさせた生徒に対して農家のおばあちゃんが握ったおにぎりを食べられなかった。

あなたが高校教諭だったら

1.食べられなかった生徒たちをどう指導しますか?

2.食べられなかった生徒が多かったことをおばあちゃんにどう伝えますか?

という設問でした。

これが医療者としての適性を試す質問とすれば、1.の「食べられない」という価値観を多様性のひとつとして否定しない。

どんな際にもマイノリティの人権を否定しない。

そして2.はインフォームドコンセントICの問題になるでしょう。

とある難病になり、数年後生存率はほぼ数パーセントという患者さんのICに立ち会ったことがあります。

ベテランのXy部長医師が「◯◯さん、今は病気が悪さしているけれど、絶対に2本の足で立って帰れるようにしますから。」

と満面の笑みで患者さんに伝えました。

結局患者さんは小康状態になり本当に二本足で帰り、生きられた時間を楽しみ、その後急変して亡くなったという例がありました。

このご時世ですから患者さんもよく自分の病気を勉強していますから末期には覚悟をしていました。

患者さんは、残された生きられる時間を大切にしようとしつつも治し切ってくれなかった医療者を恨んでいたかもしれません。

「おにぎりをみんな喜んで食べましたよ。」

と言いつつ高校教諭はおにぎりを持ち帰ったのかもしれません。

それをおばあちゃんは悟っていたかもしれません。

それは「優しいウソ」です。

「私、死ぬんでしょ?」

「そうですね。生きられる見込みはあまりありません。」

というやり取りは医療現場ではありません。

この20代の若い研修医でも命がかかっているICはかなり慎重に行います。

さて、この横浜市大設問の隠された根源のひとつとして「患者さんからもらったプレゼント」の扱い方があります。

時にはプレゼントをこちらから与えることもあります。

真夏に走ってカウンセリングの時間に間に合うように汗だくで来たクライエントさん、喋るどころではなくぜいぜい言っている、そんな時には「麦茶でも飲みますか?」と聞きます。

患者さんと一緒にお茶を飲みながら和気あいあいとカウンセリングするのはいけないことという暗黙のルールもあります。

厳しい倫理がある公務員の世界では当事者から出された「お茶を飲んではいけない」という規定があります。

特に司法や福祉で判断業務を行うところはそうで「あの時お茶を飲ませてやった。お茶菓子も買ったから持たせたのに」とまで思われるかもしれません。

公務員でもユルい時代には保護者からビールを飲まされたり、遠距離の当事者宅に行くのに原付で駅から自宅まで2人乗りで送り迎えしてもらったこともあると聞きます。

児童臨床をしている心理職が子どもが一生懸命作った折り紙や工作を断ることはないでしょう。

もう少し年端のいったティーンエイジャーの女の子がスワロフスキーで作ったアクセサリーならば?

確かにクライエントさんは喜んで欲しがっているからこそ作るわけですが、「わあ、また作ってね」と何度も作らせていたという臨床家がいたと聞いてかなりがっかりした思いがあります。

直接の知り合いだったら叱り付けていたかもしれません。

精神分析では子どもの排泄物は親への何よりの「贈り物」と言われています。

心理職はクライエントさんの友だちではない、これはその通りです。

福祉現場では利用者さんと指導員が一緒にご飯を食べる機会はままあります。

それもまた生活をともにするという臨床の立場だと思います。

どこまでが許されてどこまでがまずいのか、その線引きは心理職にとって常に曖昧な危険性を孕んでいます。

「今日は暑かったからペットボトルのお茶を買ってきましたから先生も飲んでください」

「また来週の時間を決めましょうか」

「お茶、持ってってください」

こういう場面に困った心理職の人はいないでしょうか?

「これまでお世話になりました。母と私で選んだネクタイです。受け取ってください」

プランド物の高級なネクタイでした。

どうしますか?

僕の実体験です。

以下、産業領域の心理職の人たちは経験していることも多いでしょう。

カウンセリングを受けたくてしょうがない、だけど工場の生産工程が読めないので連絡の取りようがないし、現場には内線電話がなくてカウンセラーの私物携帯しかない。

こういう時、私物携帯の番号を教えるカウンセラー、教えないカウンセラーを多数決を取ったら見事に半々に分かれました。

僕は人を選んで慎重に時には携帯番号を教えることがあるのですが、時間外に1時間電話で泣きつかれると困ったなあと確かに感じます。

産業領域では「カウンセリングに来るのにお昼しかないっすよ。お腹減っちゃうからここで飯食ってもいいっすか?」

「◯◯君、お茶どう?」

「あざーっす!」

偉いどこかの人が聞いたら激怒されそうです。

「カウンセラーさんに食べて欲しいからケーキ焼いてきたの」

これはどうしたらいいでしょうか?

じゃ、手作りお弁当は?

と思考実験ではなくて実際にそういう体験をした人もいるだろうなと思います。

物のやり取りだけがまずいのではありません。

言葉もかなりクライエントさんにとっては凶器になります。

「カウンセラーさんみたいな優しくて素敵な旦那さんが欲しいなあ」

「いやいや、僕は私生活では女房とはケンカばっかりでちっともダメですよ」

こういうカウンセラーの返し方は二重の意味でまずいのです。

昨日、今日と医学部試験から医療倫理、対人関係援助職の倫理について考えさせられました。

↑このページのトップヘ