ひなたあきらのおけまる公認心理師たん

新制度公認心理師の検証をしばらく続け、この制度がよりよいものになるための問題提起を行いつつ、カウンセリングの在り方について考え、最新の情報提供を行っていきます。ほか心理学全般についての考察も進めていきます ブログ運営者:ひなたあきら メールアドレスhimata0630★gmail.com(★を@に変えてください。)

カテゴリ: カウンセリング

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しんどいカウンセリングをしていないか?

1.はじめに

昨日の続きです。心理職にとってはカウンセリングという日常繰り返される営み、それがクライエントさんにとってしんどいと思われたら、また、苦しいと思われたらそれはいったいクライエントさんのためになっているのでしょうか。僕自身の体験を振り返って、また、聞いた話などを混じえて考えてみたいと思います。

2.本論

⑴ カウンセリングでしんどい思いをさせていないか?

これはある程度やむを得ないこともあるのかもしれませんが知っておくべきことでしょう。僕が知っている、主に思春期の子たちは精神科・心療内科に行く時に泣きながら行って泣きながら帰っていました。

ただでさえ敏感な感性を持つ思春期の子たちにとっては「精神科・心療内科」というのはそれだけで敷居が高く、治療を必要としていてもそのスティグマ(烙印)を押されたよう、行かなければならない自分の影に怯えていることがあります。

精神科では何を聞かれるのか、薬は精神に影響します。薬を医師からの懲罰のように感じている子たちさえいましたが、「カウンセリングを受けた方がいいね」と優しい医師が言ってもカウンセラーは精神科の添え物のようで、カウンセラーのように傷つけない、相手が受容してくれる相手でも恐怖の対象になるかもしれません。

大人でもそういう人は当然いるでしょう。カウンセラーは「心理至上主義」に陥りやすいのですがこういった人々にとっては病院で待たされて長時間滞在して薬をもらうのにまた待たされてカウンセリングまで付録につけられるという侵襲性が伴っている、ということを考える必要があるのかもしれません。

⑵ 自らに直面化するのカウンセリングという行為はつらい作業である

これも昨日書いたことと共通するのですが、自分自身の傾向や性格と向き合うというのは大変に辛いことです。

心理職の人ならばスーパーバイザーについた経験はあるでしょう。あまりにもサディスティックな扱いを受けたというなら別ですが、クライエントさんの見立て、そして自分がしてきた面接についてスーパーバイザーと真正面から対峙して緊張した覚えはないでしょうか。

何人かのスーパーヴィジョンを僕も受けたのですがかなりの緊迫感を持ったスーパーバイズを受けた覚えがあります。

自我がしっかりとしている(方が望ましい)カウンセラーですら、鋭く切り込んでくるスーパーヴィジョンに辛い思いをして、時に泣きながら帰ってきます。

これがクライエントさんだったらどうでしょうか。カウンセリングでカウンセラーが「あなたはこういう人だよ」と例えカウンセリング中に決めつけられなくてもハッと洞察に達して落ち込むことはきっとあるでしょう。 

その気持ちは十分に受け入れなくてはならないと思います。僕自身そうやって知らず知らずのうちにクライエントさん、患者さんに辛い思いをさせ、にこにこしていつも来ていても本当は気落ちしている方々、そしてもう面接に来なかったりすることは多いのではないかと思います。

ドロップアウトした患者さんは僕も数多く経験して来ました。その時に漫然とまた次の仕事に取りかかって振り返りをしないことはカウンセラーとしてどうなのかと自戒を込めて思います。

⑶ カウンセラーは信用されているか

カウンセラーにとってクライエントさんの信用を得ることは何よりも大切です。カルテを見ながらでも、多くのクライエントさんとの面接をしていると記憶がおぼろげになってしまうことが(僕には)たまにあります。

それは面接後に自分が「この患者さんならばこういう思いをしても当たり前だろう」と思って書き忘れていて、そしてそのことこそがとても大切な事柄だったりするのです。

クライエントさんにとってはとても大切な、自分だけの宝物のような秘密をカウンセラーに話していたのにその気持ちを軽く扱われるなんて、とカウンセリングが信用できないと思うのも無理はないでしょう。

僕自身自分を振り返ってみるとカウンセラーが信用されないと思うようなことは多々あったと思います。「薬は怖いからもらってから実は一度も飲んでいません」とカウンセラーだけに話したはずの事実を医師に伝えなければならないと思った時に息が詰まるような思いをした心理職の方はいないでしょうか。

「インフルエンザで熱がありましたが今日は我慢して来ました」と言われたらどうすればいいのか、このコロナ禍の中で同じような経験をした心理職の方もいると思います。

3.おわりに

カウンセラーはカウンセリングという行為でクライエントさん、患者さんを傷付けてはならないのは事実ですが「誰がカウンセリングを希望しているのか」(往々にして本人ではないこともあります。)にも気をつけなければならない隠されたニーズが存在していることもあります。

その人の人格を大切にしながらカウンセリングを行っていくのは実に難しいものだと日々痛感しています。

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「メンヘラせんばい」等オンラインカウンセリングについて考えてみた

某社でサービスを提供している「メンヘラせんぱい」がネットのニュースになっています。

恋愛のことや仕事のことなどを女性限定のクライエントさんがチャットでできる相談サービスです。

相談するのもされるのも女性ということですが、この相談サービス事業はどうかと思っています。「キャバ嬢せんぱい」という現在または過去3カ月以内にキャバクラで働いていた女性が相談に乗ります。

まあこれだけだと「あー、また無資格カウンセラーが幅をきかせているのかあ」で済むのですが(よくないとは思います。)メンヘラせんぱい」はキャバ嬢せんばいのほかに臨床心理士、公認心理師も募集しているということです。

えと、キャバ嬢せんぱいにこういうサービスをするのはまあ自由と言えば自由?なのかなとも思わないのですが、さらに臨床心理士、公認心理師も募集しているということに結構空いた口が塞がらない思いをしてしまったわけです。

こういったサービスを提供している会社の常として、ばーっと「利用者の声」がサイト内に網羅されて書かれています。

おかゆ先生(岡村優希先生)がYouTubeで話していたとおり、こういったクライエントの声が掲載されているカウンセラーは危ない、と僕もそう思います。

元々クライエントさんが相談した内容というのは守秘の義務があって明らかにするようなものではないわけですし、たとえクライエントさんの同意を得られていたとしても「その倫理性に問題がないのか?」と考えます。

恋愛や仕事の相談がほとんどなわけですが、臨床心理士、公認心理師とキャバ嬢3カ月の経験と並べられてしまう、こういうサイトに登録して相談者になるというのは君たちは大学院
で何を学んできてそのスキルを生かすために何をどうしたいのかね?」
と思ってしまうわけです。

2018年に運営会社は大学生起業家によって起業されて、なぜこの時期にまたニュースになったかというと、スペシャルサービスとして、これまではチャットで聞きっ放しだったのが、具体的なアドバイスもしてくれるというスペシャルサービスもしてくれるようになったというわけです。

ここのカウンセラーとなるためには模擬チャットやロールプレイングを受けなければならないわけで、このあたりは通常のオンラインカウンセリングでの研修と同じかもしれません。

確認してみたところ、実際に登録している「心理士」が数人ぐらいいるようで、キャバ嬢と並べられるのはなんだかなあ、と思ったわけです。

キャバ嬢がキャバ嬢の仕事をしている分には別に誰もなんとも思わないわけで、キャバ嬢がカウンセリングの仕事をしているというというとと思うのですが、そこにさらに臨床心理士が加わるとさらに??と思います。

オンラインカウンセリングシステムというのは僕も経験があるのですが、立ち上げ作業というのは実に難しいもので、カウンセリングをやる技能がある、というだけではなくクライエントさんの秘密を守れるようなシステム作りもしなくてはならないです。

オンライン各社がしのぎを削る中、僕も「これからカウンセリングの会社始めたいんだけど」という全く異業種の人たちからの相談を受けることがありました。

「カウンセリング」という響きはなんだか格好良さそうだと思って始めたいと思っても立ち上げの時点で何をどうしていいのかわからないのでとん挫してしまったようです。

また、実際にオンラインカウンセリングをしたこともあり、そこは1往復5千円でした。が到底それだけで食べられるようなものではありませんでした。某大手企業の付加価値サービスとしてのメンタルヘルス相談に登録しましたが全く相談のニーズがなく、結局相談が来なかったのでサービスをやめてしまったわけです。

文部科学省もLINEによる青少年向けの相談事業を行っており、こちらの方は年間1万件の相談が来ていたということで、SNS活用による相談を官の側が主導的に行った成功例だと思っています。

オンラインカウンセリングには各社が参入していて、果たしてうまくいくのか、行っていないかの実際の稼働状況や利益が上がっているかどうかについてはわかりません。

システムを構築しながら実際のオンラインカウンセリングを行っていくというのは結構大変な作業で、そこまでこの「メンヘラ先輩」がしっかりとした事業構築をしているかどうかはわかりません。

恋愛経験が(多分)豊富であろう勤務歴3カ月のキャバ嬢と同格に並べられて心理士(師)の仕事をやるということは一体どうなのかなあと思います。

確かに心理職には仕事はない、あっても給料は安い、のないない尽くしなのですが、自分の仕事は専門性が高い、素人とは違ったものであるという自負と矜持を持って仕事を選んでやって欲しいなあと思った次第です。

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僕の公認心理師・臨床心理士の開業独立話

1 はじめに

職場をやめるつもりでツイートしたら、僕のツイートでは珍しく500を超えるイイネ!がついて後押しされて勇気づけられたのですが、僕自身、将来をにらみながら決して高い給料をもらっているとは言えませんが、開業独立を考えるに当たって懸念事項やら今考えていることやらつらつらと考えてみます。

2.そもそもなぜ開業を考えるに至ったか

現職、産業一医療領域での勤務は、そこそこ恵まれた環境で行っております。給与はカウンセリングや心理テストの件数にかかわらず一定額もらえます。人間関係もそこそこ、よくもなく悪くもなく、仲のいい医療職の同僚もいます。上司は変わることもあり、気の合う上司、合わない上司がいるというのは一般企業でも同じです。

僕の働いている職場はワンマン社長がいるわけではないので別に上司に人事権があるわけでもなく、上司が僕のことを気に入らないからといってクビになることもありません。

どこの事業所でもそういうところは多いのですが、メディアにかかわったり、副業をやろうとするとかなりハードルが高いです。僕も実名で投稿して某サイトに掲載して原稿料をもらったことがあるのですが、内部決裁でかなり時間がかかったのを覚えています。

やはり動め人になるとその勤務先の「顔」があるので自由は効きません。書くことも好きなので(このブログ記事だけで 13,00 記事以上あります。)きちんと表に出て書いたり人前で話したり、好きなことをして稼ぎたいなあと思ったわけです。

そこでフリーになって仕事をしているツイッタラーのRさんに話を聞いたら「やっちゃえやっちゃえ!早くこっちにおいで!」とたきつけられて「おおそうか」と思い、開業なんかしたら忙しくなるし、このブログも書けないだろうし本名で仕事をするのかなあと思ったら同じくフリーのMさんに「ダメ、絶対、ひなたの名前は捨てない方がいい。ブログも続けなさい」と言われたので、多分一生ひなたあきらの名前でこんな風にやっていくのだと思います。2018年からこの名前を使っているのですが、結構愛着があります。

3 収入のあて

はっきり言ってほとんどありません。たまに記事にしていますが、原稿を投稿している程度です。あとはオンラインでもオフラインでもカウンセリングをしようか、開業のかたわらでもし採用してくれるのならばどこか非常勤でアルバイトでもしながらふらっと働こうかなあぐらいしか考えていないので、いつもどおりとても無謀だと思っています。

法務局に行って登記をするという以外に個人事業主のなり方もわかりませんし、(税務署に開業届を出すのが正解だそうです。)経理のこともさっぱりわかりません。ということを一昨日開業公認心理師の知人のY さんに話したら「え、何とかなるわよ。会計は会計ソフトあるし」ということで割とハードル低めかな?開業しか勝たん、とまあワンチャンやってみようかと思ったわけです。

元々僕の職歴にはフリーだった期間もあり、それで非常勤はイヤ、常勤がいいと思って今の職場に就職したわけです。ところがこのブログを始めたり、Twitter がきっかけである程度、というか結構知り合いができたので、そういった人とのつながりを重視して自由にやっていきたいなあと感じました。

今回は以前非常勤生活で食べられていた時+ αぐらいで最初のうちはまあいいかなあ、失敗するかもなあ、でも失敗してもいいや、今の日本だから何かしら仕事はあるだろうし、心理じゃなくてもその気になれば何か食べられるだろう、少なくとも飢えて死ぬことはないだろう、と割と楽観的に考えています。

ブログを書き始めてからでしょうか。開業の感覚を身に付けるために「個人相手の営業はどうするか?」→講演会や事務所でお茶会とかやってまず馴染んでもらうことが必要じゃね?とか、法人相手ならば、まあ中小企業対象になるだろうから、商工会議所でも入って顔を売らなきゃいけないかなあ、とか、読んでいるみなさんとしては実に危なっかしい「こいつは大丈夫だろうか」という疑念を抱かれて当然のことをやろうとしています。

何やらいろいろ試行錯誤をしているうちに 3年目ぐらいから食べられるようになればいいかなと思っています。今は YouTube を始めとしていろんなメディアがありますし、コロナを機としてオンラインでのビジネス形態も広がっているので、その気になればどこでも仕事はできるでしょう。

4.おわりに

こういった無謀な辞め方をみなさんにオススメしているわけでは決してありませんし、常勤から非常勤になるのをもったいないと思う人たちも多いでしょう。ただ、自分でわかっているのは、自分という人間と生まれてから今までずっと付き合ってきたので、よほどのことがない限り、自分自身であるということは変わらないわけです。それはどんな形態でどんな仕事をしていても同じです。

一時国境なき医師団のようなところに入って在外で心理職をやろうかなと思ったのも機会があればやってみたいなあという気持ちがあり、一生日本に帰国しなくてもいいやぐらいの覚悟もあります。人生は一度きりなので思うようにやってみたいと思っている次第です。

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スクールカウンセラーは不登校を減らせるか?S女史と対談

1.はじめに

スクールカウンセラー制度導入後不登校数が減っていないというニュースを受け、当ブログのブレーンでもある切れ者S女史と話してみました。

2.会話

S女史:週1、場合によってはそれ以下の間隔という構造だとSC一人でなにかするというのは全く現実的でないような気がするわね。

それこそ、SCはコンサルテーションという形で動いた方が機能しやすいと思う。けどその場合、コンサルティーとなる教諭側の理解や能力、対応活動時間が…

というわけで、チーム学校は最初から破綻している絵に描いた餅な気も…それぞれの現場では各々精一杯頑張っているだろうけど、無理して精一杯やらないとどうにかできないなら、制度や体制に瑕疵があるんじゃ?

例えばね、医療の話をするとさ、英国NICEでは破綻しているけどさ、段階的ケアモデル、stepped cere modelに基づいてうつ病等メンタルヘルスの支援体制を築いている。

日本でも緩和ケアの方にも基本的緩和ケア、つまり主治医や看護師によるプライマリーな緩和ケアと専門的緩和ケア、緩和ケア医や麻酔医、サイコオンコロジスト等の専門家と専門支援チーム、緩和ケア病棟と分けて、基本的緩和ケアについての普及を狙っている。

学校においても、児童生徒の心理的問題について、全ての教諭がもう少し知識な対応能力を身に着けて、基本的支援をできるようになると、コンサルタントとしてのSCも機能するのではないかと。

僕:例えば常勤のスチューデントカウンセラー、そしてスクールカウンセラーは博士号を持つような専門家が地区を統括するという考え方もあるよね。

日常的な児童生徒のケアはスチューデントカウンセラーがやる。そして学校全体の体制作りは上位のSCがやってそれぞれの役割を分担する。スチューデントカウンセラーは健康な生徒の一次予防に努める。student mental counselerのような。アメリカのスクールカウンセラーは大抵校長、副校長と同格の管理職。

そういった外部性を明確にした上位のスクールカウンセラーがいじめや虐待など児童生徒の生命にかかわる問題について主導的にかかわっていく。

もっと話を広げれば、児童生徒の健康に直接関わっている養護教諭やスクールソーシャルワーカー、SSWにももっと権限を持たせないとどうにもならない。日本でも養護教諭が校長に登用されることはあるけれどもごく少ない。

心身の健康管理責任者としての養護教諭の役割は大きい。大家族で上の子が下の子を育てるヤングケアラーの問題なんかは子どもに直接接することができる養護教諭、SSW、SCが独立機関として、校内にいても外部性や第三者性をもっと持たせないとダメだね。

そうやってチーム学校の概念を変えていかないと不登校は減らない。僕はチーム学校概念を大幅に変革していかないと、Sが言うように医療モデルを取り入れていってもいい。

S女史:そうできるのが一番良いのかもね。何でもかんでも教諭に任せすぎ。だから例えばスチューデントカウンセラーが基本的支援から担っていき、スクールカウンセラーはマネジメントやコンサルテーションを行う。ティーチャーはメンタルヘルス知識を持ちつつもティーチャーとしての役割をまっとうすることも大事。

そうでないと専門性がケンカして争いあって結局は不登校は減らないということになるのでは?

僕:日本でのスクールカウンセラーは行政職一5級で、地方部局によっては黒塗りの車で送り迎え待遇。それは形式上だけでチーム学校概念の中では教員と同格に位置づけられている。待遇と実情と制度が交錯しているのは混乱と言ってもいい。

3.おわりに

僕は以前からチーム学校制度には反対しています。チーム学校では外部性を持つSCやSSWは管理職ではない教員と同格に位置づけられていて、管理職の指揮下にあることになっています。

どうせチームを編成するのならば、管理職への報告はするとしても、養護教諭health teacherにもっと権限を持たせ、SCや SSWとの連携をまず行い、不登校児童生徒の心身の状態、環境を把握して担任教員とも十分に情報交換を行い、方針を決めることができないとならないのではないでしょうか。

A君が学校に来なくなった。管理職はそれを把握している、それに対して何の有効な介入も専門家に対してさせていない。

これが日本の不登校の現状です。いくら専門家を投入したとしても専門家には権限がなく、介入の力もひどく弱いということでは不登校が減らないというのは当たり前という気がします。

実際、僕も小中学校約30校のSCをやりましたが、学校による温度差はものすごいもので、管理職がカウンセリングアレルギーのような学校も実際にありました。

ただし、ほとんどの学校は養護教諭、SSW、担任との連携はよく取れたので、もっと情報交換をしながら実際に介入するべきチーム編成は現在のチーム学校とは違ったチーム形態になると思うのです。

かなり僕の考え方も偏っていることはわかるのですが、ひとつの話題提供としてこの記事を書いてみました。

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○ スクールカウンセラーは不登校を減らせるか?

1.はじめに

スクールカウンセラー(SC)が全校配置されているにもかかわらず不登校、いじめの数が増加していることが話題になっています。確かにSC配置は不登校、いじめ対策の一環として導入されたという経緯はあるのですが今「果たしてスクールカウンセラーは不登校を減らせるのか?」という大きな命題を突きつけられています。

2.不登校の構造

不登校にはさまざまな要因が輻輳して絡んでいるものと思います。はっきりとした統計を取った数値ではないのですが、僕がSCをしていた時の経験からすると「環境因」は大きかったような気がします。

学業不振、知的・発達の障害(特別支援学級に入れれば登校できることは多いですが親が猛反対している)、虐待による登校禁止、ヤングケアラー(子だくさん家庭で下の子の面倒を見なければならない)、貧困(お風呂に入れない→恥ずかしくて学校に来られない)、いじめ、学級崩壊による不適応感、部活での孤立感etc…です。

3.SCの役割

僕ら心理職は児童生徒、保護者のメンタルヘルス状態をカウンセリングをすることによって安定化を図ります。そして教員から相談があれば不登校児童生徒を登校させるためのコンサルテーションを行うことになっています。

しかしながらこういった不登校対策は教員が抱え込まなければならないことがとても多いです。

これに関しては教員もかわいそうだなあと思うのは、校長を頂点とした管理職からせっつかれていて、管理職も教育委員会からのプレッシャーがあって、日常的に児童生徒を見ていると言っても数十人の子どもたちを抱えている教員は部活顧問を土日に行いながら青息吐息で子どもの家庭訪問をしています。

週イチSC、名古屋市では常勤化したというものの、SCがこういった環境に介入していくことはとても難しいことです。

僕の私見ですけれどこれは何が悪いのかというと「チーム学校」の概念が相当に関連しているような気がします。SCは学校というチームの一員です。ただし管理職、校長、教頭、主幹、事務長の下に位置づけられています。

学級経営を実際に行っている担任や学年主任、特別支援コーディネーター、相談担当教諭と学校の中の役割分担は複雑多岐に絡まり合っています。

アメリカのようにSCが大きな権限を持つ独立機関として場合によっては校長に命じることはできないですし、公認心理師試験に出て来るような、SCが主導的になってプロジェクトチームを作る、というような事は現実には行われていません。

カウンセリングで個人に介入することはできたとしてもSCは環境を変えることはできないのです。

学級に入れない子どもを実際に教室復帰させたことはSCとして働いていた僕にも経験があります。

家庭訪問を何度も続けて相談室登校、保健室登校から教室復帰と丹念に計画を立てながら何人か教室復帰をさせてきまましたが、それはその子の登校に向かう心的準備体制が十分にできていたからで、決して僕1人の力で行えたとは思いません。

あと、学校から離れた場所にある、教室に入れない子たちの支援教室に足しげく通って、不登校である自分に対して強い劣等感を持つ子どもたちのありのままを認めて励ましに行っていました。

結局、学級不適応を起こしていた子どもたちはそういった支援学級を通じて無事高校に進学できた場合が多かった、不登校から引きこもりという子たちは支援学級に来ていた子たちにはいなかったと思います。

学校が怖いからということで夕方から夜にかけて登校してくる子どもと長い間雑談したりと、SCは僕にとっては生の子どもたちの本音を聞ける、とても貴重な体験でした。

だから僕はツイートもしたのですがSCが持っている役割は子どもを学校に来させるためでなく、子どもと保護者の心情を安定化させるためだと思うのです。

SCが期待されている役割としてはいじめや非行に関する対応もあります。いじめる側といじめられる側両方の相談対応をしなければならないことになるのでしょうけれども、まずいじめられた側は「言いつけた」「弱い自分を認めなければならない」ということでの抵抗があります。

そしていじめた側といじめられた側双方のカウンセリングを行うことは弁護士で言う「双方代理」になり、両方からの信頼を損ねることになりかねません。

4.おわりに

ないないできないとSCの側に立って言い訳ばかりをしているように読み取れる記事になってしまいましたが、SCにとっては教職員との協働協業はとても大切なことです。

僕の個人的な見解としてはチーム学校概念ができてから不登校が増加していて、不登校要因はSCにある、とかSCは役に立たない、と結論づけるのではなく、SCの持つ理念である「外部性」を重視しながらの協業体制を作ることが大切と思えるのです。

文部科学省の見解については何が不登校やいじめの要因になっているのかという分析をしっかりとして欲しい、その上でSCの運用、活用の計画をしっかりと立てて欲しいと思います。

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