カウンセラーひなたあきらが公認心理師について考えてみた

新制度公認心理師の検証をしばらく続け、この制度がよりよいものになるための問題提起を行いつつ、カウンセリングの在り方について考え、最新の情報提供を行っていきます。 ブログ運営者:ひなたあきら メールアドレスhimata0630★gmail.com(★を@に変えてください。)

カテゴリ: カウンセリング

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◯ 公認心理師数の絶対的不足-2

昨日書いた記事の続きです。

公認心理師数はこれから絶対的に不足します。

心理職の数は全く足りていません。

心理職の活躍の場で、ある意味王道と言える医療機関での心理職数は田舎に行くほど少なくなります。

患者Aさん「お医者さんのB先生はいい人だけどカウンセリングも受けたいなあ」

ここでAさんにはさまざまなハードルが立ち塞がります。

まず病院に心理カウンセラーがいるか?

カウンセリングは自費で数千円以上取られるのかそれとも通院精神療法の枠で数百円で収まるのか?

そして大勢のクライエントさんを抱えているであろう心理カウンセラーの時間枠は空いているか?

患者さんの希望を重視してくれて医師がカウンセリングを受けることを許可してくれるか?

Aさんにとってはカウンセリングにたどり着くまではとても長い道のりを歩まなければならない上に、そのカウンセラーとの相性がいいかどうかもわかりません。

例えば、の話です。

Aさんが幼少期から虐待で心に深い傷を負っていたとします。

そしてまずカウンセラーに自分の話をきちんと聞いてもらって整理して欲しかった。

ところがカウンセラーは書かせることを重視するカウンセリングのスタイルで、Aさんの現在の生活水準のことだけを聞く、毎日の生活の行動記録観察ノートを課題として毎週提出することになります。

トラウマを負った人でも現在の生活水準が向上すればトラウマそのものも軽快していくということは事実です。

PTSDの患者さんはトラウマが原因で恐怖で固まっていて動けない、そこをなんとかしないと先に進めない。

だからこのカウンセリングはAさんにとっては「生活指導」のようにだけとらえられてだんだん苦痛になります。

逆の場合もあります。

原因不明のうつでぐったりしているCさんがDクリニックに通院を始めたら、カウンセラーに「過去のトラウマが原因ですね」と言われてトラウマ治療のビデオを見せられたり本を読まされたりとトラウマ向けの治療を受ける。

これも存在しないトラウマを探られて治療されるのですから苦痛となります。

大都市でもない限り患者さんは望んでいる流派の精神療法を受けられません。

例えばPTSDは日本では1.1パーセントから1.6パーセントの比較的高い有病率です。

ところがPTSD治療技術を身につけている心理職は少ないですし、そもそもカウンセリングは患者さんとカウンセラーの相性が全てですので、技術があってもうまく軌道に乗って治療を受けられるかどうかはわかりません。

一例としてPTSDやうつをあげてみました。

僕が公認心理師に期待したい分野としては精神保健福祉センター、保健所、地域包括支援センター職員、また訪問看護チームの一員、社会福祉協議会の活性化など多くの分野があります。

もちろん各分野で教員、看護師、精神保健福祉士や作業療法士といったクライエントさんのメンタルケアをばっちりとしてくれる専門職がいればそれに越した事はなく、心理職との連携を保って欲しいとも思います。

そういった他職種専門家の方々の「聞く能力」を否定するつもりは毛頭ありません。

それによってクライエントさんがとても気持ちが助けられることは真実です。

しかしクライエントさんは心理職の専門家としての能力、技能、問題解決能力などを期待してカウンセリングに来るので、そこはクライエントさんに対して心理職こそがサービスを提供しなければならない部分です。

今後も人材が払底、患者さんのニーズに応えきれないだろう病院心理職、そこを補える行政の働きや公認心理師同士の機関を超えた連携はこれからの課題です。

公認心理師の数は地域によって濃度差があります。

今メンタルヘルス施策については公認心理師法が施行されて追い風だからこそ、ポテンシャリティを持つ多くの人々に公認心理師になって欲しいと痛切に願うわけです。

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◯ 公認心理師試験に見るクライエント中心主義神話の崩壊

このところカウンセリングのデメリット面についてばかり書いていますが、カウンセリング至上主義に対する謙抑性の大切さは第1回公認心理師試験、特に事例問題の大切な要点として出題されていたような気がしました。

「多職種連携」というのは、独走するな、スタンドプレーをするな、という意味です。

医療、学校では医師や管理職教員が頂点で、スクールカウンセラーは毎日子どもと会っている担任よりも謙抑的、黒子でなければなりません。

さて、職種間連携ばかりではありません。

公認心理師に必須の生物学-社会-心理モデルは日常の臨床活動でも正しいです。

誰が真のクライエントなのか?

目の前にいるクライエントではなく、クライエントが虐待している子どもや家族が真のクライエントです。

社会のルールは本人の心理状態至上主義では動いていません。

裁判所や児相ではよく聞かれる言葉ですが、「◯◯してくれなかったら死にます」というのは脅しかもしれませんし、本気かもしれません。

その主張を1時間以上繰り返す当事者に対し、業を煮やした心理職が「あなたが死んでしまうかどうかは残念ながらそれはこの件の行く先とは関係ありません」と言ったところ「上司を呼べー!」と大騒ぎになるという話は現実にあります。

目の前にいるクライエントは心理職にとってはコンプリメント、賞賛を与えなければならない唯一の対象というのが原則と思われがちですが、原則外のルールはたくさんあります。

個人カウンセリングだけをしているとそのあたりに目が行きにくいです。

クライエント「というわけで飲んでは妻に暴力を振るうのは自己嫌悪に陥って、もう金輪際やめようと反省しているんです」

カウンセラー「何回もお会いしてきましたが、そんな風に思えるようになったのが◯◯さんの良さですよ」

ゆったりとそんな話をしている間に当の奥さんはどんどん気持ちをズタズタにしていき、子どもを虐待しているかもしれません。

奥さんは体も傷だらけになって、怖いので暴力を振るわれて骨にヒビが入っても病院に行かず、シェルターに入ろうとしているまさにその瞬間かもしれません。

カウンセリングの役割が目の前にいるクライエントさんの個人的心理的問題解決だけだと思っているととんでもないことになりかねません。

「やっと職場の上司のパワハラもなんとかかわせるような気持ちになれて受け流せるようになって」

という発言に対し「▽さんもだんだん気持ちが落ち着いてきて冷静になれたんですね」

と言っている当のクライエントさんが毎日ツイッターに上司の名前を実名で書き込んでいて「俺をうつ病にしたパワハラ男だ!」とつぶやいていて、もうその人は社会的に取り返しがつかない状態になっているかもしれません。

学校でいじめ加害者のカウンセリングをしているといじめ加害者の気持ちはよくわかりますが、それを性急に周囲に訴えてもいじめっ子の校内での立場は良くなりません。

家裁や矯正施設での少年たちは更生教育に真面目に取り組んでいても再犯可能性は必ずあります。

司法分野では、世論は必ず加害者を攻撃します。

いくら加害者に対する同情を抱いて、犯罪に至る動機を了解できても社会防衛的視点も必須です。

カウンセリングをすることでクライエントの心情が変化し気持ちが和らいだ、だから周囲がクライエントを理解してくれるようになったというのは理想です。

「カウンセラーがカウンセリングをすることでクライエントさんが社会や家庭から孤立するのを助長している危険性はないの?」

というのは大きな命題です。

カウンセリングのコストについて考えてみます。

カウンセリングは保険外適用だとかなり高額です。

誰がカウンセリング料金を出していて、その人はお金を払うことについてどう思っているか。

カウンセリングを受けるために仕事を休んで来ていることが会社からどんな目で見られているか、それは目の前のクライエントさんが語らないエピソードです。

カウンセリングは時としてクライエントさんを中心に考えるあまり、回りの人がクライエントさんをどんな目で見ているかがわからなくなります。

だからこそカウンセリングという行為そのものがクライエントさんを結果的に追い詰めていないか?をカウンセラーがはっきりと認知しておかないといけません。

要支援者と公認心理師法ではクライエントのことを言いますが、真の支援とは何なのか、カウンセラーがクライエントの立ち位置を危うくして社会や家族からスピンアウトさせていることは多々あると思います。

当事者を巡る関係介入こそが仕事という意味では福祉関係者は専門家です。

病院は家族、職場の意見を聞く場合もありますが、その人たちが患者さんの対立当事者だと双方代理行為になるので医師も心理も本人だけの気持ちを聞くことに終始している場合があります。

多くの病院のルールですが、何百キロも離れた病院まで患者さんを送迎した職場の人を「守秘義務がありますから」と患者さんに対し、職場の人を診察室に入れていいかどうかの意向も聞ずに門前払いする医療側の対応はいかがなものかと思います。

クライエントさんの症状はクライエントさんが置かれている社会的状況によって増悪することもあります。

環境からクライエントさんを守るのか、環境へと介入するのがいいのか、少なくともクライエントさんの言葉の向こう側から環境との関係について敏感に察知することが必要と思うのです。

第2回目試験まで日もなくなって来ました。

一定ラインに達すれば必ず合格できる試験です。

受験生のみなさんは、この試験に要求されている独特のセンスを見切って合格を手にして欲しいものだと思っています。



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公認心理師試験でも問われる、カウンセリングをしてはいけない場面とは?

公認心理師・臨床心理士ともにカウンセリングをするのが仕事、だから職場に来たらカウンセリングするのが当たり前だと思っていたらそれは大変危険な発想になることがあります。

開業カウンセラー、病院の心理カウンセラーが朝から晩までカウンセリング予定がぎっしり詰まっていて、必要とされている人を援助するのはとても大切なことです。

ただし、臨床心理教育を受けているとカウンセリング第1主義になり、なんでもカウンセリングが善だという錯覚に陥りがちですがそれはクライエントさんにとっては侵襲的にすらなることがあります。

サイコロジカルファーストエイド、災害時の心理的危機介入にはDPAT(災害災害派遣精神医療チーム)が派遣されることがあります。

DPATに必ず含まれなければならないのは精神科医、看護師、業務調整員という事務方職員です。

そしてDPAT事務局では

「被災地のニーズに合わせて、児童精神科医、薬剤師、保健師、精神保健福祉士や臨床心理技術者等を含めて適宜構成すること。 」

と明記してあり、臨床心理技術者の登場は付加的なものです。

(災害派遣精神医療チーム(DPAT)活動要領)

実際、過去に起こった自然災害には多くのチームが派遣されていますが、臨床心理技術者が派遣された例はかなり少ないです。

3.11の時も、人道的見地から一刻も早く心理的支援が必要だと思った心理職の方々はかなり多かったはずですが、DPATは継続的に精神医学的支援をするわけではなく、あくまで緊急支援で、その中に心理技術者が必要とされる場合もあるということです。

スクールカウンセラー派遣事業でその後予算がついて支援に公的に行くことが認められた、またはきちんとした団体が支援を認めていて監督機能があればいいのですが、無手勝流ボランティアが自分たちが2次被災して問題になったようなことは許されません。

サイコロジカルファーストエイドに関する試験の出題は「まず緊急対応、ライフラインの確保、食料など補給物資、寝る場所」がきちんとしてから二次的にカウンセリングは開始されるというものでした。

サイコロジカルファーストエイドにおける心理職のアセスメント行為すら時としてはフラッシュバックの引き金になります。

心理テストIES-R(出来事インパクト尺度)やK10 (ケスラー心理的苦痛尺度)、PTSD構造化面接CAPSは心理職が注意深く施行しても侵襲性があります。

次です。

スクールカウンセラーは管理職、特別支援コーディネーター、養護教諭などと情報交換して、相談がなければ職員室や相談室でおとなしく待機、休み時間や放課後に相談活動をするというものです。

相談室に来た子が何か心理的問題を抱えていることがわかったとしても「じゃ、今からお話してくれるかな?」と授業そっちのけにしてしまったらその方が大問題です。

週イチのスクールカウンセラーが担任を飛び越えて情報を握りしめて全部解決しようと試みるような行為はチーム学校の視点から好ましくない、今年もこういった問題が出そうです。

児童生徒も大人と同様「児童精神科」「カウンセリング」に抵抗を示します。

心理職は発達障害の徴候には敏感ですし、周囲も困り果てていることが多いです。

ただし当該児童生徒や親にはアセスメントのための心理テストやカウンセリングのニーズがないことも多々あります。

「おい、ここに座ってカウンセリングを受けろ」というわけには行きません。

産業場面でも仕事がなくてヒマな事業所はあります。

もちろん手をこまねいてただただヒマにしているだけでなく職場におけるメンタルヘルス教育などやりたいことは沢山ありますが、多忙な事業所の職務の手を止めさせて全員にメンタルヘルスの押し売りはできません。

学校でも職場でも「体験カウンセリング」として主訴がない人のカウンセリングをする場合がありますが、受けたくない人をカウンセリングするのは危険です。

試験でも「公認心理師が計画を(勝手に)立てて心理テストやカウンセリングをどんどん対象者に対してする」ことは誤答として扱われるでしょう。

そして面接対象者、心理職の雇用主の中にはカウンセリングアレルギーのある人々が一定数以上いるということを心得ていく必要性があると思います。

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◯ 公認心理師が何でもカウンセリングすればいいってもんじゃない

僕が現場に出たての時には、学校で学んだ知識がそのまま通用して名カウンセラーとしてあらゆる理論を駆使してクライエントさんの病状を良くできると思い込んでいたのがそんな甘いものじゃないという事実を一瞬後に悟りました。

心理職がクライエントさんから「ぜひ治してください、お願いします」「治してくれてどうもありがとうございます」と言われることはまずあり得ません。

クライエントさんから愚痴を目一杯聞いたのち緊急対応に時間外に呼び出され、その翌日にまたクライエントさんからのSOSの言葉を聞くということは多々あるかもしれません。

カウンセラーが目一杯クライエントさんのために働いていると、そうしてくれるのが当然だろうと思われるかもしれません。

心理職のアウトリーチ(外部機関への介入)は公認心理師制度が施行されたことによって難しい局面を作り出してしまったのではないかとも危惧しています。

児童虐待の発見者が小中学校の相談担当教員、通告を受けたのが児童相談所、そして以前から子育て支援課などがかかわっている。

そしてこのケースに社会的養護児童施設が里親探し、あるいは家族再統合に向けて動いている場合もあります。

さらにこの場合、発達障害を持っている児童、精神科に受診している親、DVの事実があれば相談センターも動いています。

さて、この場合、いったい何人の心理職、場合によっては公認心理師資格取得者が動いているのでしょうか。

市区町村役場が自立支援援助のために家庭に介入している場合もありますし、就労支援にかかわっているかもしれません。

産業場面や医療機関でこういった親が不安定になっている(のは当たり前だと思いますが)場合、「最近◯◯さんが落ち着かないからカウンセリングしてくれない?本人も希望してるからさ」と言われ、はいはいと引き受けたらどんな事態になることが想定されるでしょうか。

めちゃくちゃ多くの相談員がかかわっているこのような事例の場合、どの相談員もまず児童の安全確保優先で動いています。

確かにこの親が希死念慮を抱いていたり精神科症状を示していて相談に来る場合はあり得ます。

ただ、そこで個人面接をしている心理職が「あなたの気持ちはよくわかります。子どもを児童相談機関に奪われた気持ちになってみたら、さぞ辛いと思いますよ。あなたのその苦しさはわかります」というような共感を示したらどうなるか?

親はその心理職の言葉を金科玉条のようにして他機関にねじ込むかもしれません。

何がどうなっているのか?

どの機関がどんな動きをしていて何を望んでいるのか?

多職種連携といってもお互いに守秘義務を持っています。

関係機関同士で情報共有ができないかもしれないこのような場合、「カウンセリングに来た困っている人だから相談に乗ろう」という、個人療法に前向きな姿勢がいい結果につながらないことはしばしばあると思います。

この辺りの多職種がみんな公認心理師資格を持っているかもしれないのが現在の状態です。

そしてSNSカウンセリングだけでなく、従来から行われているメールカウンセリングは必ず形として残ります。

それを言質として、裁判資料として使われることを常に想定しておかなければなりません。

臨床心理士が訴訟に敗訴した事例もいくつかあります。

国家資格としての重み付けを持った公認心理師だからこそその責任も重大になったと解すべきでしょう。

カウンセリングを行うことが家庭や社会全般の利益に寄与することになるのかどうか、情報共有ができるかどうかを慎重に見極めていかないとならない時代になってきたと考えています。

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◯ カウンセリングができない公認心理師

公認心理師には元々臨床心理士で経験が長い心理職の人もいます。

Gルート現任者受験、他職種でも志高く自分を高めようとして、日ごろから行っている相談業務にプラスアルファを付け加えたくて公認心理師にチャレンジした、そしてこれから受験しようとする人もいてその意欲は尊いものです。

ただし、2万8千人の合格者の中には「カウンセリングはやったことがない。だからやってくれと言われてもできない」という人がいるのも事実です。

公認心理師試験は基礎心理学、臨床以外の応用心理学を含むカウンセリングの知識を問うもので、臨床能力は測定できません。

学力が高く、東大教育学部博士課程出身のポスドク(昔はオーバードクターと言いましたが)で臨床心理士も公認心理師も取得しない人もいます。

科研費(日本学術振興会予算を得て教育心理学分野で研究をする)で研究したり、教育学博士号を取るのにこれらの心理資格は不要です。

それでも論文のレベルが高く、査読論文が何本かあれば常勤大学教員も十分狙えます。

例えば昔、臨床心理学、精神医学の研究を専門分野として昭和の精神分析学の大家として知られた故宮城音弥東京工業大学名誉教授は岩波新書から「精神分析入門」を著し、心理学書には珍しいベストセラーを出しました。

宮城音弥氏は京大哲学科卒、フランス留学歴があるエリートですが、精神療法の経験は全くありません。

宮城氏は精神療法の研究をライフワークの一つとしていましたが、自分が精神療法をすることは全く考えたこともなく「やらない」と明言していました。

ここまではっきりとしているとマスコミ露出ばかり激しくて専門がなんだかわけがわからなくなっているなんちゃってペーパードクターやペーパーサイコロジストよりもむしろ清々しいと言えます。

さて、公認心理師も先に述べたとおり、臨床能力がなければ取得できないわけではありません。

大学院卒ルートでも研究の道を進んだり、別の仕事を選んだり、資格を取っただけで精神療法をしないペーパー公認心理師も出てくるでしょう。

臨床心理士資格取得者でもそういった人を何人か知っています。

世は臨床バブル、臨床心理士養成大学院に臨床心理士教授人数が足りないということで「あの、僕ネズミの行動学しか知らないんですけれど」という先生たちが大学から無理やり臨床心理士資格を取らされていました。

また、臨床心理士資格を持っているとその後の常勤採用や出世に有利だということで臨床経験が乏しい、あるいはほとんどない実験社会心理学者、発達理論研究者、産業心理学者も臨床心理士を取得していました。

公認心理師制度は走り出してまだ1年が経過していないのですが現在の少子社会で大学教員の数を大学が増やせるとは思えません。

大学にいる教員だけで公認心理師養成課程を切り回していくのはかなりの重労働です。

そして国家資格で不正には罰則規定もありますから、臨床経験のない教員に公認心理師を取らせて数合わせをすることもできません。

そうやって大学側では苦労をたくさんして養成された公認心理師が2024年から働くことができればいいのですが、心理の狭い世界の仕事のパイはいつも奪い合いです。

ペーパー公認心理師も出てきてしまうでしょう。

そして「指定施設で働いている現任者だから」「大学院で科目の読替えができて受験資格があることがわかったから」と、とりあえず公認心理師を取得した心理療法の非専門家も多いでしょう。

公認心理師合格者の中で未登録者4千人がいるということにも驚きました。

ペーパー公認心理師は現在でも多く、その数の実態は把握されていないままです。

そして公認心理師採用側はカウンセリング能力にも疑念を抱きながら躊躇して採用を見送っているのが現状です。

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