近代中小企業連載・営業に生かせる心理学2
「近代中小企業」
発行:中小企業経営研究会
https://www.kinchu.jp
2.相手が何を求めているのか、心理学を活用して知る
(1) 社会的アイデンテティ理論
BtoBでもBtoCでも、購買の決済権者に対して営業をすることが最も効果的です。決済権者は自分の所属している組織や持っている信念について自信を持っています。自分の購買行動が正しいということについて正しいと思っています。
人には自己高揚動機といって、自分の所属している集団や信念を他の集団や信念よりも高く評価し、それによって自分の自己同一感情、アイデンティティを高めようとする傾向があります。
日本人は欧米型の独立的な「自分は自分」という自己感とは異なり、「みんなと一緒」という相互に依存的な自己感情が優位なことが知られています。
つまり「ウチはウチ、外は外」ではなく「ウチに入って来たら歓迎する」ということです。したがって「営業マンの〇〇さんはウチの人だ」という同一感情を相手に持ってもらうことがまずは営業のつかみとしては重要だということです。
これは相手を否定して「社長はそうおっしゃいますけれども」という営業方法ではなく、前回述べた「単純接触効果」であり、何度も相手に会い、その度にネガティブなことを言わず、相手の持っている時間と気持ちの余裕に合わせて自分を「ウチ」の人の一員として考えてもらうことが大切になります。
営業方法として相手の持っている価値観をぐらつかせようとして売るために否定的なネガティブなことを言うのは相手の購買行動を阻害することになりかねません。常に人は自己が所属している集団や価値観に対して自尊感情を持っています。その自尊感情を揺るがされることを好みません。無理な説得は相手の存在そのものを脅威にさらすことになってしまいます。
「ウチの良いところをわかってくれる人」であり「いつもウチに寄り添ってくれている人」は好感触を得やすいので、接触の回数を多くしながら相手の自尊感情に訴えかけることが重要になるでしょう。
例えば相手が野球のあるチームが好きだったとします。たまたま自分がそのチームが好きであればいいのですが、わからなくとも相手の話を一生懸命ニコニコしながら聞いていればそれが長時間にわたるほど、ウチの人になりやすいわけです。
否定や恐怖を相手に与えながら「これを買わないと大変なことになる」という営業方法よりもまず「ウチの人」になることが大切です。これらは「内集団バイアス」という心理学用語で説明できます。
(2) 印象形成
ただし、相手が何が好みか、どういった価値観を持ってそれに対して同一感情を持っているか知ることは難しいことです。顧客は「自分の好きなモノ、コトはこれだから、ここをほめてくれたら買ってみよう」というダイレクトな情報を与えてくれるわけではありません。
短時間顧客と接していて得られる情報は常に断片的、限定的なのです。そこで間接的な、雰囲気を含む情報から正しい印象形成をしてみることが大切になります。「この人はだいたいこんな人だろう」という判断は、判断材料が多ければ多いほど正確なものに近づいていきます。
いわゆる「直観」で相手を知るということは心理学的には正しい行為です。さて、その上で何を判断材料にしていくかですが、最も大きな判断材料とするべきなのは相手の性格であり、断片的であってもそれはばらばらの寄せ集めではなく、相手の持っている根源的な性格というものがその人の中核なのです。
したがって、ある程度は直観でその人を理解することはできますが、部分的なものであっても何が相手の性格を示しているのかということに注目することが必要になります。
この印象形成はまた、顧客から営業マンについても形作られています。「この人はどんな人なのだろう」と思って見られているわけです。そこでふっと隙を作って相手の気に入らない、ネガティブな感情を持たせてしまうとそこから進むのは困難になります。
初対面の印象が大切なのは「初頭効果」と言いますが、初めの印象が悪かったからといって全てダメというわけでもありません。
人間は最初に直観で相手を判断しますが、だんだんと馴染んでくると「最近の印象」が大切になってくるからです。いい印象形成をしてもらうためには常に相手にポジティブな感情を抱いてもらうようなイメージを作ってもらうことが大切になります。
(3) 顧客の自己効力感
人間誰しも自分が何かやった、成し遂げたという自己効力感情を持っています。そしてある行動を行う時、例えば購買行動がこれに当たるわけですが、どの程度その行動を行ったら自分が満足できるかという、結果予期による自己効力感が大切です。つまり、自分が行った事柄は正しい事であって、その結果として満足が得られたという予測をしています。
自己効力感の形成はいくつかに分かれますが、最もわかりやすいのは、自分が過去に行った購買行動、その営業マンから購入したことで成功をしたということが自己効力感を高めます。一度売れたからといって気を抜いて悪いものを売ってはならないということになります。
そして、代理的な自己効力感に訴えかけるのも大切です。人は自分が達成した効力感だけでなく、他人が同じことをして成功をしたという代理的な効力感でも十分に動くことが知られています。したがって、あまり露骨ではなく、さりげなく「この商品を買った〇〇さんは~という点で満足してくれた」という押しつけがましくない説得は代理効力感からそれを自己の成功体験につなげることに役立ちます。
「あなたにはできない」ではなく、できた場合にはこんなにいい事がある」という事をアピールするのが大切ということになります。
こういった説得は、直接的な説得でももちろんいいわけです。購買者は、買ったことでどんな満足感がもたらされるか、買うことに価値があるのかということについて興味を持っています。
したがって言語的な説得も自己効力感を高めるのに役立ちます。たとえその場では顧客が高価で買えないと思っていても「これが手に入ったらこんなにいいことがあるんだろうなあ」という情動を喚起することは、もしもAという商品が売れなくても少し価格が安くても品質がよいBという商品を販売することにつながる可能性は高いでしょう。
顧客は過去に自分が行った購買行動についてそれを頭ごなしに否定されてしまうと自己効力感はその時に一時的に下がってしまうので、リスクを伴います。以前にBメーカーから買ったという行動は正しかった。しかしこのAメーカーから買うともっと自分は満足できるだろう。という認知を持ってもらうことが大切になります。
(4) 相手が誇りに思っていることを知り、同調すること(認知不協和理論)
顧客は何についてプライドを持っているでしょうか。そのプライドを敢えて崩すようなことをするとともすると営業にとっては逆効果になりかねません。例えば人は車を買った後にまた車の展示会に出かけたり、車のチラシを熱心に見たりします。なぜかというと、自分が行った選択は正しかったと思いたいからです。人は自分が行った認知、そこから生まれてくる感情、そして最終的に行った決断による行動の不協和を嫌います。そこで顧客に対して「あなたが行った以前の購買行動は失敗だった」と言われることを嫌うのは、自己効力感理論に加えて認知不協和理論でも説明ができるわけです。
また、営業とは関係なくても人は自分が好きな物、事をほめられる、同調されると相手に対するポジティブな感情も高まります。売ることばかりを先に考えるよりも相手のことを十分に調べてその人が何についてプライドを持っているのかを知るのは大切なことです。
また、さきほどの自己効力感理論とは矛盾するようですが、人は高額なものを購入すると「これだけ高額だったのだから効果は抜群に違いないし、実際に効果を上げている」という認知の協和を求めるようにもなります。
一度販売に成功すると「この営業マンから買った物はいい物だ」という認知も働きますので、まずは比較的手に入りやすい安価な商品を販売していくことも認知の協和につながります。売ったら売りっぱなし、または次の物を何か売ることばかり考えるのではなく、売った後にきちんとしたフォローをしていくことも営業マンに対する評価や御社に対する良い印象を抱いてもらうことにつながります。
(5)どの相手も社会的に正しいものを求めている。その認識を評価して賛同する(社会的正当勢力)
BtoBを考えてみます。A社は大抵の場合、自分たちが作っている製品(提供しているサービス)は社会的に役立つものだという考えを大抵の場合持っています。
BtoCを考えると「長生きするためには保障が必要」だったり「子どもは成績がいいことが大切」という、当たり前ですが正しい社会的正当勢力は当たり前のことでもあり、社会的、文化的な常識の規範にもなっています。
したがってこれらの正当な考え方、正当勢力については同調をすることが大切です。そして人は自分が正当勢力の中にいると感じると安心感につながります。人は誰しも自分が行っていることに対して多少の不安は感じているものです。
そこで他者からの評価を参照にして正しいことをしていると思いたいのです。
ここで考えておきたいのは、何が正当勢力なのかという評価はその相手によって異なるということです。
「高くていい品質のものを求めている」のか「安くてもそれなりの価値のあるものを求めているのか」ということによって正当勢力は異なるということです。相手に十分に同調することについてまずは考えていきましょう。そして相手が持っている価値観に合わせるようなプランを提示することが大切です。
(6)キーパーソンを知ること。年輩者はポジティブ感情を持ちやすいということを知る
いわゆる「社長営業」について説明します。どんなに商品を売ろうとしても購入権限がない人にだけ気に入ってもらってもなかなか販売には結びつきません。購入の最終決定権は社長やその一家の長が持っていることが多いです。つまり年配の方が多いということです。
しかしこれが本当に真実かどうかは、実際にその相手のフィールドを見てみないとわからない事も多いです。若い女性が購買担当者で社長に購買の権限を一任している場合もあります。また、個人相手の営業の場合には一家の長は父親だから、というわけではなく、子どもが気に入るもの、子どもが気に入る人から買うということも十分にあり得るわけです。例えば保険商品のような、子どもには理解しがたい商品を販売する場合でも複数営業マンが来て合い見積もりを取っている場合には営業マンの人柄が販売につながっている場合も多いでしょう。心理学的には隠れた購入の決済者を知ることは大切なことです。
さて、実際の決済権者の年配者は社長や役職者であったり、個人営業では一家で最も裕福なことも多いでしょう。年配者はあまりにも役職が遠すぎて苦手だ、と思ってしまうとその先には進めません。
年配者はその仕事の経験を積み重ね、また、人生経験を重ねていることで自分に自信がある場合が多いのです。高齢者に近づいてきているから弱々しいという考え方は現在の社会では否定されていて、むしろ手厚く扱われていてどんどん尊敬の対象になっているという「エイジング・パラドックス」という考え方があります。すなわち現代社会では年配者は自信を持って生き生きとしているわけです。そういった方々に営業マンが及び腰でいてはなかなか売れないでしょう。気持ちに余裕がある年配の方にこそ営業マンがきちんと対峙して販売しようとする姿勢が大切になります。
(7) 終わりに
本稿では営業は心理学の応用であるという考え方から、営業マンが商品を売ると同時に、自分を売り込むことについても書いています。自分が相手に気に入ってもらえば購買行動につながりやすいのはよくあることです。また、売り方についても強引に相手の恐怖感や切迫感を高めて売るというやり方では一度売れたとしてもその次にはつながりにくいでしょう。それどころか無理やり売られたという気持ちやクレームにつながりやすいでしょう。
クレームは次の営業のチャンスにもなると言われていますが、クレーム処理にコストがかかることを考えると決して得策ではありません。相手の得になることを真剣に考え、次につながる営業の方が利益を上げやすいのではないでしょうか。営業マンは自分という人間の魅力を売ると同時に、社会的に正しいモノ、サービスである御社の商品を売ることが大切だと筆者は考えています。
※ 今回も編集済みpdfを記事にしていただきました。
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