近代中小企業寄稿文
「近代中小企業」
発行:中小企業経営研究会
https://www.kinchu.jp
営業に生かせる心理学
1.顧客に信用される接触の仕方
⑴ 単純接触効果のもたらす信頼性
感情心理学者、ザイアンスは接触の機会が多ければ多いほど相手はこちらを信頼してくれるという研究結果を報告しています。
保険会社の女性が昼休みごとに笑顔でにこにこしながらなんということはないノベルティグッズを持って挨拶にやって来る、その行為そのものは大したことはありません。ただ毎日来ているだけで何ら特殊な能力も必要としません。ところが毎日のようにその女性が来ていることでなんとなく好意を抱くようになってしまいます。
さて、あなたが保険に入ることを検討するようになったとしましょう。この時代ですからネットの比較サイトで保険を調べて加入するのは簡単です。次々と電話がかかってきて、いかに自社の商品が優れているのかセールスをしてきます。しかし保険商品というのは専門的でわかりにくいところもあり、各社の電話のトークだけでは判断できません。そんな時には誰に聞いたらいいでしょうか?
そう、いつも来ている笑顔の女性に聞くことです。難しい保険商品についてわかりやすく説明してくれたらその保険に入ることを第一に検討する可能性は高くなります。
とは言え単純接触効果が逆効果になることもあります。それは無理強いして顧客に会いに行く事です。「近くまで立ち寄ったので挨拶に」とアポなしで顧客が忙しいのに無理やり会いに行ったのでは逆効果です。
単純接触効果は営業では有名な「フット・イン・ザ・ドア・テクニック」にも応用できます。つまり一度ドアを開けてしまうと「ドアを開けた」という顧客の行為は主体的になされたものですので、そこですぐにドアを閉めるようだと相手は自分が行った選択を自分で否定してしまうようなバツが悪い感じの「認知的不協和」が起こります。ポジティブな単純接触を繰り返すことは有効です。
そういった地道な活動が顧客の認知を協和させて、そしてセールストークを開始することにつながるのです。
⑵ 営業マンが与える第一印象とは?
第一印象が相手に与える効果というのは大切なものです。高い服を着ていてもそれがよれよれで体にフィットしていない、また、清潔感がないなどの身だしなみは重要です。サイズが合っていない高い服を着ているよりも、UNIQLO、しまむらでも身体にフィットした服を着ていると相手に好印象を与えます。
人間は相手を判断するときにその人が発する言葉、例えば「いい商品を持って来ましたよ。この商品のいい点は…」という言語内容にはほとんど注意を払っていません。
言語は相手を判断する際にわずか7パーセントしか正否の判断材料になっていません。
初対面の人が相手を判断するのに最も重視しているのは声です。そして次に見た目です。(メラビアンの法則)見た目といっても顔がいい、スタイルがいいという意味ではありません。
売れる営業マンは声が明るくて張りがあり、笑顔で清潔感があります。売れない営業マンを売れる営業マンがOJTでトレーニングすることは常に有効でしょう。
こういった第一印象が対人魅力になるのです。それでは対人魅力はどのように作られるのでしょうか?
⑵ さまざまな対人魅力
どんなに商材が優れていてもそれを売る営業マンの魅力がなければ販売することは難しいです。
最初の印象は初頭効果というのですが、どんな初頭効果を与えることが大切でしょうか?男女の仲でも同じ事が言えますが、最初はお互いに似ているところがあると「類似性」に引き付けられます。
例えばゴルフが趣味ということが共通している、インドアでも同じ映画が好きで話が合うと相手はこちらに親近感を抱くでしょう。
しかしいつもいつも同じことばかり話しているとどうしても飽きが来ます。そこで役立つのが、お互いにはないものをお互いが持っているという「相補性」です。顧客が興味を持っていて、こちらが今まで触れたことがない世界があればそれを熱心に聞きます。
また、顧客がこちらの話を面白がって聞いてくれるのならばそれを話すことも大切です。
これは頭の良さが関係しているのではありません。知能が高ければ売れる、というわけではなく、知能指数(IQ)に対して情動指数(EQ)が大切ということです。
相補性は正の相補性は大切ですが、相手が物事を知らないからと思い込んであたかも教え諭すような態度を取ってしまうとそれは「負の相補性」になってしまいます。
「いい会社から来て恵まれている営業マンだ。物知りのように上から目線で何でも話をしてくる」とこれは逆効果になってしまいます。したがって常にワンダウンポジションを取って相手を立てることは大切でしょう。ワンダウンしながら相手に合わせて(ジョイニング)、しかも正の相補性の魅力を打ち出していき、顧客の心をつかむ。
難しそうに見えますがこれが相手の気持ちをこちらに引き付けるコツになります。
最初の印象が相手に悪かったかもしれないと思っても、それを気に病む必要性はありません。むしろそれは自分の印象を管理する、印象管理の上で大切な武器になります。
人は最初の印象が悪くてもだんだん印象が良くなれば大きな魅力を相手に対して抱くようになります。
逆に最初の印象が良くても次に悪い印象を与えるようなことがあると悪影響がありますので、最初にいい関係が築けたのならばそれを続けていくことは大切です。
⑶ 好意の返報性の原理
笑顔の営業で上記に述べたような営業の心構えを実行していくとそれは相手への好意につながります。
人は好意を示されれば示されるほどその気になり、何か好意を好意で返さなければならないという気持ちになります。これが返報性の原理です。
「売る」「売らなければならない」「売り込む」と商材や営業成績のことばかり考えているよりもまず自分の好意を相手に対して注いでいくことが大切です。
営業マンにはさまざまな個性があり、自分が持っている個性を大事にすることも大切です。
営業マンで口下手な人は数多くいます。かつて自動車のセールスマンでトップセールスマンがいました。
彼は赤面症でどもりがちで、いつも緊張していて額に汗をかいていました。その営業所には立板に水のようなセールストークが上手な営業マンがいましたが、その営業マンよりも彼の方が成績が良かったのです。
なぜかというと、お客様はすらすらといかにも「売ってやろう」という営業よりも、彼の一生懸命、額に汗しながら本部と交渉をして値引きをしたり、サービスを一生懸命にしてお客様にいい見積もりを出す営業方法を好んだのです。
もちろんきちんとした商品知識があることは前提ですが「自分はコミュ障だから売れない」と思うよりも、どもりながらでも一生懸命に話すことが大切なのです。話せなければ営業にはなりませんから、下手なコミュニケーションと思っても相手に真剣に伝える姿勢が大切ということです。
⑶ 自分の「印象管理」だけでなく企業、商品の印象管理も大切にして効果的な説得を
心理学を生かした営業テクニックはさまざまにあります。人は馬鹿げたことを言われると全く信じずに一笑に付してしまいます。
いわゆるデマなどがそれに当たります。しかし自分の信念と違うこういった噂は時間が経てば経つほどなぜか信憑性を持って人に信じられるという「スリーパー効果」があることが知られています。
「こんな高価なものは買ってくれないだろう」「うちは有名企業てはないから」と及び腰になってしまうより、難しいと思われるチャレンジをまず最初にしてみることは大事です。
売れないだろうと思って最初から説得を諦めたような態度よりも自信を持った態度でいる方が企業と商品、双方の魅力をやがて高めることになります。
さきほど述べた「認知不協和理論」に似ている概念に「接種理論」があります。何でも相手に対して「イエス」と言ってもらう「イエス・セット」を作ることです。
「朝、歯を磨きますか?」→イエス
「お風呂に毎日入りますか」→イエス
「食事はしますか?」→イエス
当たり前のことについて相手に常にイエスを言ってもらうと、ついにはその人が嫌っている予防接種も健康にいいから、ということで「イエス」を言うようになります。
営業マンは対人魅力価値を自分に身につけるという印象管理を行いながら企業を魅力あるものとして売り込むことは十分に可能です。
最初に自分ありきで良いのですが、自分に魅力があるというポジティブな印象管理ができてこそ、そういった営業マンがいるという企業は素晴らしいと思わせることができて、最後には商品に対する信頼性を持ち、購入するという購買行動につながるわけです。
したがって最初からまずは商品を売ろうとしたらそれは順序が違う場合も多々あるということです。
良い人間関係を顧客と築くことこそ良い返報性の原理の成立を可能にして、一見遠回りに思えても顧客が営業マンから購買したいという気持ちにつながるのです。
営業マンというのはともすると自社の商品のいいところしか言わないと思われていますし、実際にそうしている営業手法は多いでしょう。
⑷ 両面提示の法則
しかしそれで本当に結び付きの強い信頼関係獲得を得られるのでしょうか?
セールスマンがメリットばかり述べていれば「ああ、この営業マンはやはり売りに来ているだけなんだなあ」と思い、警戒されてしまうだけです。
そこで知られているのが、よくマーケティングで使われている「両面提示の法則」です。デメリットも説明しながらメリットも説明していくということです。
美容、ダイエットなどの広告は数限りなくネットの上に見受けられます。GoogleやYahoo!にお金を払ってリスティング広告を出している企業も星の数ほどあります。
そこで消費者の側としてはどれをいいのか不安になり、例えばA社のダイエット食品広告を見ます。そうすると当たり前ですがA社のいいところしか書いてありません。
そうすると「それでは実際のところはどうなのだろうか」と「A社 効果ない」「A社 高いだけ」等のネガティブキーワードで検索をかけます。
しかしそこはA社が先回りをして悪い口コミの記事を探しても、十分なSEO対策をしてA社が作成したサイトしか出てきません。
そのサイトには何人かの「体験談」のようなものが掲載されています。A社の製品は悪かった、というものが数例、A社の製品が良かった、というものが数例、そして最後にはその口コミをまとめた記者が「A社には悪い口コミもあったけれどもいい口コミもたくさんあった。だから○○という記述を信じてA社のものは効果があるのではないでしょうか?」と結ばれています。
これは確かに両面提示をしているので、一見有効なように思えてしまうので、半信半疑でも藁にでもすがってダイエットをしたい人はそれでも買ってしまうかもしれません。
では実際の営業の現場ではどうでしょうか?大抵の顧客はネットで何もかも調べて商品に十分な知識のある層だと仮定しておいた方がいいでしょう。
あるいは営業マンが一度帰った後に集中して情報収集をします。(だからこそ引っ越し会社などは「ここで決めたら5千円値引き」などの早期決定割引サービスをしているわけですが)
営業マンは、顧客がこうした都合のいいリスティング広告や、ネット上の表面上の両面提示を信じないと思っていた方がいいでしょう。顧客が知りたいのは本音です。したがって顧客は、自社の強味と弱味をはっきりと言ってくれる、そして自社よりも顧客の利益をきちんと考えてくれる専門的なアドバイザーを求めているという事実を知っておくことが必要です。
営業マンと顧客は長い付き合いになるかもしれません。もしも今回は営業マンが与えた正確な情報から他社のものを小ロット購入したとしても、その情報をくれた、商品に関して専門的知識を持つ専門家とみなして今度は多くの自社製品を買ってくれるかもしれません。
これが上記に述べた「返報性の原理」にもつながるのです。営業マンは損をしても顧客の利益をよく考えてくれた、そうすると顧客は自然と恩返しをしたいと思うものです。長い目で見て何が得なのかというと、それは営業マンと顧客の信頼性という、強い絆なのです。
⑸ おわりに
どの営業の心理学も大切なことです。もう一度自社の営業マンの姿勢を見直して見ましょう。中小企業の経営者は自らが営業をすることが多い、または営業マン出身のことも多いでしょう。そうでなくとも経営者というのは現場の第一線に立っていなくとも自社商品の強味を知る最高の営業マンです。
こういった営業の心理学はごく当たり前に思えることかもしれません。そうだとすればそのとおりに物事が運んでいるかどうか詳細に点検してみることは役に立ちます。
そして実際の営業現場というのは多くの複雑な要因が絡んでいて、原則どおりには物事が進まないことも筆者は知っています。
それだからこそ多くの営業の心理学的法則を知っておく、再認識をしておくことが大切に思えるのです。
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