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心理士とクライエントとの恋愛

カウンセリング関係終結時に、男性カウンセラーが女性クライエントに恋愛感情を抱いているという告白を行った、彼女はそれを嬉しそうに女友達に話す。「こんなことって許されないんじゃないの?」というツイートがあり、驚きとともにこの男性カウンセラーに対してかなりの反発意見が出ていました。

僕のように心理職経験がそれなりに長くなってきて、人間的にもいわば心理の垢のようなものがついて人格が擦れてくると言うか、こういった「あり得ないだろう」話は本当にあり得ないのか、というと残念ながら実際にこうした非違行為が多いという(みなさんも聞いたことがあるかもしれません。)話が実際にあることも知っています。

日本臨床心理士資格認定協会が出している「臨床心理士報」を見ると毎回数人ぐらいが資格剥奪されたり、3年ぐらいの資格停止、厳重注意処分をされた臨床心理士の実名が掲載されています。文字だけ読んでいると何が起こったのかはわかりませんが、この3万数千人という心理職の小さな町の中にいると何が起こったのかという噂は素早く広まります。

とあるアメリカの統計では、男性精神科医師・心理カウンセラーが女性のクライエントと性的多重関係を結んだ経験があるのは約10 パーセントという結果が出ていたと思います。その程度にはありふれていて、そして決してあり得てはならないものなのですが、カウンセラーが男性だろうが女性だろうが、クライエントさんから恋愛感情を告白されたり、一緒にどこかに出かけようと言われた経験がある人は多いのではないかと思います。

「そういうカウンセリングの仕方をするから悪いんだ」という説もありそうですが、カウンセリングというのはまず受容から入り、相手の人間性を尊重するという構えから始まります。冷たい、決して人を寄せ付けないカウンセリングというのはあり得ません。クライエントさんというのは幼少期から誰にもわかってもらえなかったという思いが強く、少しでも暖かな言葉をかけられるとそれが激しい恋愛的転移的な感情となって奔流のようにその人を巻き込むということはよくあることです。

カウンセラーという人は人間性も優れている方がいいに越したことはありません。しかしながらプライベートな人間性があまりよろしくなくても仕事中はきちんとしたカウンセリングができる人もいます。

まあぶっちゃけ、女癖が悪いカウンセラーがおねえちゃんがいるお店に行ったり、(相手が既婚でなければ)どんな恋愛をしても自由です。

ただし、それがクライエントさん、ということになると話は別です。クライエントさんをナンパしてはいけません。言うならば、カウンセラーとクライエントさんというのは、ある意味道をすれ違う他人よりももっと他人の関係にあるからです。

アメリカ心理学会(APA) の倫理規定が厳しいのかゆるいのかわかりませんが、かつてカウンセラー・クライエント間の関係にあった者同士が婚姻等をする場合には2年間期間が経っていること、そして現在は利益相反関係にない証明書などをAPA に出さなければならないことになっています(試験では「2年経っていればよい」にマルをしても誤答として扱われそうですが。)。

僕も心理職の端くれとしてクライエントさん、患者さんにはまずは無条件で暖かく接するようにはしていますが、それを行いながら完全に相手の(恋愛性) 転移感情を完全に防ぐということはとても難しいことです。

多重関係に陥らないように陥らないようにと心理職が心を砕いているのは、何よりも「患者さんを傷つけない」という目的のためです。 僕はカウンセリングルームの中でクライエントさんを受容し、人間性を尊重します。カウンセリングルームを出たら尊重しないというわけではないのですが、心理職にも家庭があったり、家庭がなくても心傷ついた人が寄りかかってきたら、その人の人生を丸ごと引き受けて 24 時間カウンセラーをすることは可能でしょうか。不可能です。

クライエントさんと個人的な関係を結ぶというのは、できないことを引き受けようと安請け合いするのと同じことです。「自分ができることはここまで。これ以上はできないし引き受けられない」という限界設定はクライエントさんへの優しさです。ですのでたとえ冷たいと思われてもクライエントさんから告白されたら断らなければならないですし、それを自ら相手に告白するカウンセラーというのは言語道断です。

相手が同性でも例えば「先生に素敵な時計を贈りたい」と言われたら断ります。同様に金品を贈られそうになって「先生のために親子で選んだものですから受け取ってください」と言われてすごく断るのに苦労した覚えもあります。まず「とてもそういった気持ちは嬉しいし、ありがとう」という枕詞は本心から言えたのですが。

以前読んだ記述でとても危なっかしい、というか明らかなルール違反と思ったのは、カウンセリングをしている以外にもクライエントさんが手芸が得意な人で、材料代も手間賃も払わずに(払ってもダメですが)カウンセラーが「先生のために編んだ作品」を次々に受け取っていたというもので、これもすでに踏み越えた関係性を作ってしまっています。

かように人の心を扱うという仕事は相手との関係性を考え、傷つけないこと、そして中途半端なことをして最後に見捨ててしまうのならば、きちんと領海侵犯をしないようにするのは心理職の義務だとも考えます。恋愛性転移や過剰な転移感情を向けられると、とてつもなく苦労してもう一回限界設定をし直さなければならないですし「自分のどこが悪かったのだろうか」と悩みます。だからといって初めからサディスティックにクライエントさんに接することもできません。

公認心理師のテキストに書いてあったのですが、カウンセラーがカウンセリングではなく、自分のことを話すと多重関係に陥る可能性は高くなると言われています。「俺、年齢イコール彼女いない歴でさあ、モテないんだよね」等非常に危険な発言でしょう。

自分でこういった事態を招くのは自業自得とも言えますが、絶対に恋愛性転移感情を防ぐということは不可能です。精神療法の大家、成田善弘先生の「青年期境界例」でも恋愛性転移の扱いにとても苦労した話が書いてありました。

クライエントさんからの「好き」な気持ちについて精神分析家ならばそれを元に転移分析をしていくのでしょうけれども、やはりそう言われたら分析プロパーも大変だと思います。

「好きです」と言われたらどうやって断ればいいか、教科書では「なぜそのように思うのですか?」とか「治療者のことを好きになるというのは治療関係がうまく行っているということだから素晴らしい」などと言うことになっているのですが、そんなことではクライエントさんは決して満足しません。

その度に僕は自分の答えをその人に合わせて変えて断っていると思います。冷たいと思われて治療関係が終結してしまうことがあったとしても、です。

Twitterのそういう話を見ると、さもありなんと思いながら、ほとんど大多数の心理職はそういう感情が生まれないように、もし自分の中にそういう気持ちが起こってしまうことも人間なので有り得る、それを防ぐために禁欲原則に従っている、とても苦労してカウンセリングを行っているという事実を知って欲しいと思うのです。

photo by ᴷᵁᴿᴼ' @PhotoKuro_