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心貧職の1日(※日記注意)

新型コロナクラスター対応で1カ月近く休みなしで働いたので昨日は代休をもらいました。
「あれ、ひょっとしたらそれっぽいなあ」と思って最近花を植えてなかったうちのタワマンの(嘘)箱庭を見たら野草のノビルが!(似た毒草もあるので気をつけてください。)

遠距離に住んでる若手心理職のLちゃんに(彼女も今日は不定休でお休み)興奮してLINEで報告したら、「うちの近くの川のそばや野原にもノビル生えてるよう。ワタシも食べたい!採りに行く!」と言ってどっかに行ってしまいました。ノビルは今の時期だけの野草なのです。

スーパーまでノビルを入れるための松前漬けの材料を買いに行きました。Lちゃんは都会の大学に行って一人暮らしをして「野菜はもらうか野草を収穫して食べるもの」と思っていたのがお金を出して買うという現実があることにショックを受けたとか。
(ノビル様)
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さて、松前漬に入れるのにノビルの皮を1枚1枚剥いてくれた亡母の手作りの味には(今考えると味付けはひょっとしてただのめんつゆか?味の素か?)到底かなわないです。漬けるのに一晩かかるのでスーパーで遅い昼ご飯の主菜を探していたら丸々としたアジが売っていたので魚売り場のお兄さんに「あの、タタキにしてもらえますか?」と言ったら「できますよー」と二つ返事なのでやってもらうことに。

素早い手さばきであっという間にタタキにしてくれたので感心して「すごいですねえ、僕がやったら1時間ぐらいかかっちゃいますー助かりました」と言ったら20代半ばぐらいの彼が「ハハハ」と破顔一笑で実にいい顔つきをしていました。

洗ったノビルを漬けながら、父の運転で一家で小さなころにノビルをどっさりと採ってきて調理係の母を困らせたなあと思い出しました。そう言えばもう被保佐人で意志能力も欠缺している父は半側空間無視で運転もできないんだなあ、父に会いに行きたいし週1度の介護ももう新型コロナクラスタ対応をした僕に抵抗があって断られて、きっと父が生きているうちには会いに行けない、妹もクラスタ大量発生地域に住んでいるので会えないと寂しがっていたなあと思い出しつつ。

亡母のわずかばかりの遺産分割をすると先日父の保佐人の司法書士の先生から先日電話あり、そろそろ手続きを進めることに。父は妹の息子、可愛がっている孫に財産を分けたい一心で「お前、妹に多く分けてやれよ」と言っていて「親父、遺産分割ってのはそういうものじゃないんだよ」と言ってもわかるわけもなく。とりま司法書士の先生と相談した上で法定相続分割をした上で「お礼」という形でそこそこの額を妹に贈与をすることに決めました。

思えば両親の介護をめぐっては妹と怒鳴り合いの喧嘩を何度もしたなあと思い(主に僕が何も身動きが取れなかったせい)そこには今でも苦い思いがあるのですが、誰にも頼れなかった妹の心細かっただろう気持ちも今になるとよくわかります。

母は一昨年秋にガンが脳に転移して最期は痙攣しながら息絶え、遺族の僕らは持続性複雑死別障害  Persistent Complex Bereavement DisorderかPTSDになってもおかしくなかったのだろうかと思いつつも看護師の妹(たまたま妹が看護師というだけで特に母は完全看護だったので兄妹仲には僕や妹の職業は関係ないと思っています。)ともいつまでも争っていても仕方ないなあと思うように僕の心境も変化したのです。

緩和ケアのカウンセリングにもずいぶん詳しくなったのですが、クライエントさんが僕のところに来てもそこは入院先の心理士に任せるように峻別しています。

さて、思えばこの公認心理師のブログを書くようになってからずいぶんといろんな人からメッセージやメールをもらって知らないうちにオンライン、時にはオフラインでも面倒を見る後輩たちもできるようになってさきほどのLちゃんもそう言うとぶーぶー文句を言うのですが、「どしようかな、来年ぐらいには心理の仕事から退こうかなあ、外国に行っちゃおうかなあ」とLINEしていました。そうしたらブログも終わりか別形態になりますね。

このブログとは関係なく研究会が一緒で職場の系列支所の後輩心理士Pさんに「やめよっかな」と話したら「いやー、ひなたさん絶対あと数年うちの職場にいて!」と人望なんぞ皆無の生き方と破天荒な性格にもかかわらずしがらみができているので驚いています。

金なし、安定した将来なし、コミュ障の僕なのですが、結局心理の仕事からは逃れられないような気がしています。何よりもほかにできることがなくフニーター職歴も長かったのですが、カウンセリングというおそるべく辛くて依存性のある仕事以外にこうやっていろいろな人とのつながりが出来てくるとなんだか自分の人生が自分で決めきれないような。

とても意外な顔をされるのですが僕は人間がキライとよく言っています。ついでに人の話を聞くのもキライです。両方とも得意感がまるでないし自信がないからです。

それでも毎度来てくれるクライエントさんは電柱にでも話しかけにきているつもりなのかな、後輩たちは冴えない風体とどうしょうもない話し方しかできない感情不安定な僕に何か変な投影をしているのかなと思いながら代休日1日は荒れ狂う何かにフタをして一見平和に見えるかのような終わり方をしました。

photo & lyric are by ᴷᵁᴿᴼ' @PhotoKuro_
ᴛʜᴇ sᴏᴜɴᴅ ᴏғ ʟɪᴠɪɴɢ.
この世界で初めて呼吸をした日から全ての軌跡が今に繋がっているなんて時々信じられなくなるくらい人生は何一つとして確実性を持たないから。