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photo&lyric by sora (@Skylit_Blue)
「辿り着きたい場所」さえあれば、目指すべき方向はおのずと見えてくるし、進み方は後から身についてゆくもの。だからまずは闇雲だとしても、はじめの「一歩」。


◯ 臨床心理士概念の変遷

1.序  

この記事では国家資格公認心理師が増設されたことにより、民間資格臨床心理士がどのように今後推移していくのか考察を加えていきたいと思います。

2.歴史

32年の歴史を誇る臨床心理学の巨頭資格、臨床心理士、その発端は1988年に日本臨床心理士資格認定協会が厚生省及び文部科学省の支援で創設されたことに端を発します。同年12月には初の臨床心理士が誕生、専門教育を受けた日本の臨床心理学の権威ある専門家資格としては初めてでした。

資料のとおり 国家資格推進のために日本心理臨床学会が 1982 年に設立されました。心理臨床学会が中心となり河合隼雄先生は日本臨床心理士資格認定協会(以下、「認定協会」という。)の設立準備委員会委員長ともなり、1988年 12月には第1号臨床心理士が誕生しました。

河合隼雄先生は、1989年日本臨床心理士会(以下、「士会」という。)の初代会長ともなり、認定協会と士会との橋渡しのような役割となりました。

認定協会の初代木田宏会頭は文部科学省族の議員でした。

考えてみればこれは当然のことで、のち1995年スクールカウンセラー認定授業では文部科学省の認可を受けなければならなかったわけですし、臨床心理士は 1990 年文科省管轄の資格となったことからも文部科学省が主導的とならなければならなかったのはよくわかります。

現在は傍から見ても犬猿の仲のような士会と認定協会です。認定協会と士会はお互い設立当時すでに険悪だったとも噂されています「私たちは 32 年間資格認定協会にいじめられてきた」と一部の士会の重鎮が言ったことがあったのですが、いかがでしょうか。

さて戻ります。認定協会によってスタートしたこの臨床心理士資格は1988年に第1回審査、1990年までは書類審査(B審査)のみとなっておりました。

そして 1991年からはA審査として現在の筆記及び面接試験形式をプラスして実施されました。いくら問題集を探しても問題そのものがなかったので、絶対にありません。

また、「専門性」という意味では臨床心理士は大学院卒以上が基本だったのですが、2006年までは5年以上の実務経験で受験できるというルールでした。

昔は学部卒で活躍していらっしゃる心理の先生方が多かったので、2006年までにはほとんどの心理職が臨床心理士を取得したものと思われます。

思えば河合隼雄先生御存命中(2007 年ご逝去)は日本の臨床心理学の世界は河合先生を頂点としてひとつの大きなまとまりがあったような気がしています。

京大教授を経て2002年には文化庁長官就任、4年以上在任し(異例の2期目)、臨床心理学を日本の文化として広めたと言っても過言ではないでしょう。河合先生は寄って来る人を跳ねのける人ではありませんでした。

弟子として山中康弘先生(当時京大名誉教授、医師)多くの若手医師の範ともなり、その様子は認定協会の誇りとして雑誌にも掲載されていました。ちなみに河合隼雄先生の息子、河合俊雄先生も京大教授です。

Jung 派が大きな権勢を保ちながら精神分析も当然のことながら臨床心理学の一分野として確固たる地歩を固めていた時代です。箱庭療法、芸術療法、催眠、イメージ療法も臨床心理学の中で大きな割合を占めていました。

2005年には二資格一法案が協議されたのですが、日本臨床心理士会が臨床心理士をそのままスライドさせて各領域を横断する国家資格にして、医療に特化した医療心理師を創設するという案が出て心理団体対医師側の話し合いになりました。

※ (医師側は日本精神科病院協会及び日本精神神経科診療所協会(いずれも病院長、診療所、クリニック院長によって構成されている団体)が中心部となって協議したのですが、「臨床」という言葉に医師団体から抵抗を示されていたこと、医療心理師は大卒資格、もしくは専門学校資格ともされていて、お互いの合意を見ることなくこの法案は決裂しました。

従前の二資格一法案から一資格一法案に方針が転換された際、認定協会と近縁の日本臨床心理士養成大学院協議会報第 12 号 では、国家資格化に反対する理由として

スクールカウンセラー数がすでに満員、5年間の更新資格で研修を受けて高い専門性を担保すること、これまで臨床心理士養成には高度な養成がすでになされている、卒後研修やスーパーヴィジョンがしっかりしている、臨床心理士による活発な研究が行われている、相談所機能も臨床心理士で行われているなどの一資格一法案への反対意見が出ていました。

公認心理師法が公布されたのは 2015年、それに先立って 2014年には公益財団法人日本臨床心理士資格認定協会からの意見報告 という名前の文書が出ています。

はっきりとした表現がないので何度読んでも何を言いたいのかはっきりとした表現がなくて理解に苦しむのですが「臨床心理士に対する特別の配慮を」ということで、国家資格ができたとしても運用上で臨床心理士を同等に扱って欲しいという意図があるのだと思います。

もし認定協会が国家資格に賛同していたならば認定協会が公認心理師の試験機関になっていたことは想像に難くありませんが、そこには認定協会側が臨床心理士資格を上記のような理由で残しておきたいという強い信念があったのでしょう。 

3.考察

翻って考えます。「公認心理師」というネーミングはこうした歴史を踏まえると苦しいながらも納得の行く部分があります。というのも「公認」ならば国家資格を示すと同時に「医療」に特化した資格ではなく、およそ心理職が活躍する場面で横断的に使用することができます。二資格一法案にかたくなに反対していた日本精神科病院協会はこのようにして現任者講習も行うことになりました。

医師団体と日本臨床心理士会を含む心理団体側できちんと手打ちができたのだと思います。そこで主治の医師の指示条項も取り入れられ、公認心理師には生物一社会一心理モデルとして医学的概念を重視するようになりました。

以上、僕の私見を取り入れて臨床心理士資格が持つ価値についての変遷を考えてみました。

公認心理師資格があらゆる場面で臨床心理士よりもアドバンテージを与えられようとしている今は過渡期です。結果を見てみないとわかりませんが、臨床心理士資格で合格レベルのハードルを大きく上げたとしたら、2つのシナリオが考えられます。

1. 臨床心理士及び公認心理師資格ダブルホルダーが優遇される。

2. 臨床心理士は臨床心理学のある一部分に特化した資格である。公認心理師資格を持っていれば十分対応できるものとして臨床心理士資格価値が低くなる。

どちらに転ぶかはわかりません。しかし今回の認定協会が行った賭けは相当に大きなリスクを伴っているというのが僕の私見です。