6C93B7C0-4D6D-472E-8429-5A100EF39DDA

photo&lyric by sora (@Skylit_Blue)
ひとが何かを感じるのは大なり小なり環境に変化があった時。美味しい(まずい)ものを食べた時、美しい(醜い)ものを観た時、夢から醒めた時、それに伴って喜怒哀楽の感情が生まれた時など。無感情に近い静かの海を漂うも佳し、激情の大空を舞うも佳し。そのどちらもあるからこそ人生は面白いんだろうね。


◯ 認知症患者をdisる医師を軽蔑します

1.序

Twitterで某クリニックの医師が長谷川式知能検査(HDS-R)で認知症患者さんの取り繕い反応(今日は何月何日?→カレンダー自分で見たら?100から7引いたら?→いやだ)を「大喜利」と呼んでいたことについて、僕がtweetしたりクレームを入れたら医師から謝られたということがありましたが、まだ大変不愉快な思いをしています。これについて自分自身の体験とオーバーラップしているところがあり自分語りを混ぜながら書いてみます。



母が昨年10月に悪性リンパ腫で悶え苦しみながら死去、その1カ月後に元気だった父が突然ラクナ性脳梗塞を起こし左後頭葉壊死による右側半側空間無視、頭頂葉前頭葉にも病変部があり流動性知能はめちゃくちゃな状態、HDS-Rは12点被保佐人です。

傾眠傾向がひどく、血栓を融解させるバイアスピリンを通常の倍量服薬していて転倒出血したらすぐ救急車を呼ばなければならない状態で僕も含めた親族で在宅介護を緊張しながらしています。

今度梗塞を起こしたら心筋梗塞なのか脳梗塞なのか、今度はどの脳の部分にダメージがあるのか、ALSのように意思表示ができなくなるのか、歩くこともままならないけれども入院を死ぬほど嫌がっている父の在宅介護を追求しています。

何千回も同じ話を楽しそうにしている父のことを昔からわかってくれている喫茶店のマスターはいつもニコニコしながら父が話を繰り返すのを聞いてくれているのです。

DMというベースライン疾患も持っている父の余命は限られているだろうことと、感染症に注意を払い僕も大きく行動制限をせざるを得ないという事情があったのでなおさら不快に思ったのでしょう。しかしどの家族も何かを必ず抱えているのは医師なら知っているのが当たり前と思っています。

2.医の倫理

ヒポクラテスの誓いにあるように患者に危害を加えない、そして固く口を閉ざすという倫理基準は多くの医学部で新入生が宣誓させられています。

ヒポクラテスの倫理を現代版にしたジュネーブ宣言でも人間への尊厳や守秘義務が書かれていて、この宣言をさせる医学部も多いです。

3.個人情報保護

そもそも刑法134条1項には医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産師、弁護士、弁護人、公証人又はこれらの職にあった者が、正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときは、6月以下の懲役又は10万円以下の罰金に処するが定められていて、心理職も当たり前ですが、守秘義務は自他の危害のおそれがあるごく限られた場合を除いて(患者が殺人予告をして実行したことを誰にも言わなかった医師が訴追されたタラソフ判決、労働契約法第5条安全配慮義務)個人情報には重い守秘義務が課せられています。

神経質なのかどうかはわかりませんが僕は急な呼出しがかかった時は父の介護中、交代で叔母に来てもらう時にも「どうして?」と言われて「言えない」と言っています。

患者情報は関係のない同僚ばかりでなく心理職同士で引き継ぎをする時でも僕は患者さん本人の同意が得られなければ交換しません。 

そう言えば若い青年のクライエントさんがやって来た時に「主治医の先生には言わないでください」と痛切に訴えたことに対し、じっと秘密を守り続けた津川律子先生の「面接技術としての心理アセスメント」中の症例紹介は実に堂々とした心理士としての揺るぎないどっしりとした態度が描かれており、感心して読んだのを覚えています。

「医療・介護関係事業者における個人情報の 適切な取扱いのためのガイダンス」 に関するQ&A(事例集)平成29年5月30日 個人情報保護委員会事務局 厚生労働省 には医療における個人情報保護についての詳細なガイドラインが示されています。

診療録(カルテ)開示についても触れられていますが、診療録はかなり重い個人情報です。家族に開示しない場合もありますし、弁護士にも開示しない場合もあります。

(話は逸れますが本人からの開示によっても病状が悪化するおそれがある場合は診療録開示を行わないことができます。異議申立ては都道府県に対してできるのですが、ほとんどの場合却下されています。精神科における情報取扱いの暗黒部分と言えます。)

という法律や通達、各種ガイドラインでぎちぎちに縛られている患者さんに関する情報を、この医師だけでなく
なぜ安易にSNSに書き込む医師がいるのでしょうか?

ちな、Twitterでは非常に立派でSNSを通じて医療情報発信や医療社会活動をしている医クラ医師の先生たちはとても多く、呼吸器内科医キュート先生、病理医ヤンデル先生ほか内外の先生方から多くの情報を得ていて感謝していることも書き加えておきます。

4.患者や家族の尊厳

母の担当医は若い研修医出立ての医師でした。意思表示がもうできなくなった母が亡くなる寸前、医師がどうしても聞かなければならない選択肢を家族に聞きます。心停止した場合、挿管(気道確保)をするか、心臓マッサージをするかについてです。

医師は慎重に言葉を選びながら、母はもうどんな治療をしても命は助からないこと、救命措置をした場合、生きられる時間は伸びるかもしれない、ただし挿管の苦しみと心マで肋骨が折れるかもしれない、その場合もし少しでも意識があったら最期の記憶は激痛だろうと説明してくれました(この心停止後のIC=インフォームドコンセントのやり方について議論はあります。)。

死の際という最も家族にとってはショッキングな事態に際し、落ち着いた口調で丁寧に説明してくれた若い医師に対し、僕は並の心理職よりも高いICにおける心理的介入のスキルに感心しました。

若い医師は家族に選択権があることを伝える義務がありながらも母に苦しみを与えたくなかったのでしょう。なるべく心停止後は救命措置を行いたくないニュアンスを込めながら、どうしますか?と医師が言ったとき父が「一瞬でも長く…」口を開きかけたのを僕と妹(仲悪し・看護師)が同時に「やめてください」と言い、父も肩を落として「わかった…」と。

前置きが長くなりました。若くて研修医終わり立てでも何科でも優秀な医師は心理学者としてもカウンセラーとしても優秀なのです。

僕が前掲tweetの医師の発言に悔しい感情を持ったのは、メスも薬も持てないけれども、心理職として一人の命を大切にするためにいつも心砕いている自分の仕事が大切にしている宝物のような患者さんや家族の尊厳を穢されたような気がしたからです。

クライエントさん、患者さんがどんなに破綻していても機能が低下していても、まず否定から入ったり、笑い者にしたり、それを大喜利とまで呼んでSNSに書くような心理の後輩がいたらまず怒鳴りつけるか淡々と心理職を辞めるように説くでしょう。そして見放すのではなく見捨てると思うのです。