◯ 公認心理師、臨床心理士のメンタルヘルス
※ フィクションです。
心理職は病みやすい、これは統計を見たわけではないので実数はわかりません。
ただ、この人病んでるな、という心理職の人はとてもたくさん見てきました。まずとても仲良くしていた(友人として)女性の心理職の同期が20代で自死して大変ショックでした。昔心理臨床学会に行った時心理職の人たちと一緒に昼ごはんに行くと「あんまり効かないのよねえ」とソラナックスを飲んでいる人がいました。
今でもそこそこ仲良くしている人たちはベンゾジアゼピン系各種、デパスをラムネのように飲んでいる人もいます。眠剤を飲むのにはみなさん抵抗がありません。アルコールで寝付くよりもはるかに害がないのをわかっているからでしょう。
とある大都市部の精神科に勤めていた時には精神科医や臨床心理学を教えている大学の先生がクライエントさんとして来ていましたが普通にカウンセリングをしていました。
研究会に行くとぎょっとするほど痩せていて目が光っていて大変エネルギッシュかつ感情的な女性もいて拒食+αかなとか、境界性パーソナリティ障害まで行かなくとも境界性パーソナリティオーガニゼーションっぽい男性関係で次々に浮き名を流す破天荒な女の人がいました。
僕「職場だとそれまずくない?」
女性「いやだって止めるのムリだからこれでも控えめにしてるのよ」というわけで職場を去らざるを得ず、どこで何をしてるやら。
地域で尊敬を集めている名士とも言える男性カウンセラーの奥さんがカウンセリングに来たらアルコール依存、借金癖があり暴れて大変だとか。
医療関係はドクターが頂点なのは当たり前ですが残念ながらドクハラで病む人もいるでしょう。また心理職は女性が多いので、中途採用されてたまたま御局様ナースや女性事務員との人間関係で適応障害になる人もいます。
公認心理師試験ではスーパーヴィジョンは治療的面接ではないということになっていますが、実際のところ、ケースを分析するという行為はそのケースを担当したスーパーヴァイジーの心を分析するわけで、プロセスの中でどうしても治療的なかかわりにならざるを得ないとも思います。
ケース運営が失敗したとしても「大変だったね、よく頑張ったね」と僕も成り立ての心理職後輩にアドバイスする際にはそう言うわけです。
精神科医がスーパーヴァイザーだったら眠れない、辛いと泣き出すスーパーヴァイジーに「じゃ、軽い安定剤と眠剤出しとく?」となるともうそれは完全な治療です。
(医療機関内でスーパーヴァイズを受けたら選定療養というアクロバットもあるなあと漠然と思いましたが違法でしょうね)
心理職は変人が多いという記事を書きましたが、変人はやはり対人関係の中で浮きます。僕のように変態心理マニアは本や論文ばかり読んでいると他者から浮き上がってしかもそれが気にならずカウンセラー室の中に引きこもっているとスキゾイドパーソナリティ障害Schizoid personality disorder: SPDで実は他者に興味がないのではないかと思います。
「僕はひょっとしたら人間に興味がないのかなあ」と就労継続支援施設のスタッフの中でボソッと呟いたら若い生活指導員の女性から「えーっ、そんな人がカウンセリングやってるの?!」と幻滅されました。
さて、物凄い数の著作や論文を書いた臨床心理学者ケイ・ジャミソンKay Redfield Jamison, は本格的な双極性障害です。境界性パーソナリティ障害の記事で書いた臨床心理学者マーシャ・リネハンもBPDの疑い濃厚です。
僕の狭い世界で知る限りフットサルが好きですとか野球チームに入っていますとかチームでやる協働できるようなスポーツが好きな心理職はいません。メンタルヘルス教育を担当して講義を受け持つ際には「チームプレイのスポーツは仲間もできてレジリエントになりますよ」とかていますがお題目だけで、社会性のない僕が集団競技をするわけがありません。
また、同級生が大学教員になり、ゼミ担当と学生相談所相談員を兼任したのですがゼミの学生がもれなく相談に来たそうです。そしてゼミの飲み会の主賓になるという恐るべき多重関係だと泣きを入れていたことを思い出します。
PTSD治療者のバーンアウトについては読んだことがありますが、トラウマが複雑で重篤であるほど治療者は燃え尽きが早く、平均5年で医師も看護師も心理職もリタイヤしてしまうそうです。
激しいPTSD症状の話に接しているとやはりこちらも二次受傷します。考えてみればカウンセリングという仕事は1日5人の患者さんが来たとしてうち3人は死にたいという話をしてきて、と気が滅入るものです。
スーパーヴィジョンが治療的役割を持てないと決め付けてしまうと心理職は追い詰められてしまいそうです。ケース検討会でもほかの心理職たちがいつも「よくやったね」と言ってくれるわけでもなく、むしろ批評批判の嵐に晒されることもあるわけです。心理職のメンタルヘルスは元々病み要素を持っていた人だからこそ勉強に熱心に打ち込んでしまうのかなと思う次第です。
(おまけ)
男性看護師K君:今日国民生活援助センターからメールが来てた。500万円受け取ってないのはあなただけだから早く会員登録手続きしてってurl入りで。
僕:ふうん、早く開けなきゃ。きっと1分おきぐらいに受け取ってくださいってメール来ると思うけど。
K君:ひなたさんに転送しようか?
僕:いや、僕実は人非人でね、
K君:うん、知ってる
僕:この前たくさんの人を見捨ててしまったんだよ。とある孤島の研究所で研究が失敗してその予算が5億円余ったから誰かもらってくれないと研究所が危ないからぜひもらってくれっていうお願いのメール来たけど無視しちゃった。
K君:ひなたさんひどいなあ。
僕:転送する?
K君:僕今日当直だからもう行かなきゃ。じゃね。
(おしまい)
コメント
コメント一覧 (3)
ふと、仕事先の方の退職を告げられました。
その話を聞く前は何も思っていなかった気の合う人という認識でした。
久しぶりに会ったとき、晴れやかに良い笑顔で挨拶され、身だしなみをカジュアルながらも気をつけていることには気づいていました。
仕事の話に入り会話している中でも何となく違和感を感じいました。
ちょっと今日はカッコつ態度?
退職の話は仕事の話の中突然出ました。
びっくりしました。
惜しい残念の気持ちと悲しさが混じりました。
もっと沢山話をしたり、いつか共に働きたかった。そんな気持ちだと思っていました。
お別れしてから、それだけではない自分に恋心があったことに気づいて驚きました。メンタル投薬していたときに起きなかった感情。
これは錯覚か、薬がなくなったせいなのか。逃避的思い込みかな。
心整理をしようかな
けれど心の優しい暖かい気持ちがあることは大切にもしよう。
そんな風に思って回復しているんだと喜ぼうと思います。
コメントありがとうございます。
自分が気持ちの余裕がない時には人を好きになったり、美しいものを見ても何も感じないと言われています。人が人を好きになるのは当たり前のことで、人の変化に気づくのも順調に回復しているからかもしれませんね。これからの人生が明るいものであるようお祈りしています。
コメントありがとうございます。
男性社会からのパワハラ を受けていたので、何故かその中で男性と同じように働き、男性の嫌なところを沢山見ていて、男性を好きにならないなぁと思っていました。
美しさ、素晴らしさは感じて癒されることに楽しみを見出してはいたのですが、ポジティブに回復傾向と認識して生きていこうと思います。