E476283E-2F36-40D8-B7F6-809A75C829E8

◯ 要注意 こんな限度・行為がパワハラに〜パワハラをなくして明るい企業に

※ 「近代中小企業」
 発行:中小企業経営研究会
 https://www.kinchu.jp

投稿原稿が掲載されました。パワハラは産業場面では重大な問題で企業の生産性を著しく低下させます。公認心理師試験受験生の方の参考にもなると思い中小企業経営研究会様の許可を受け、拙ブログにも転載させていただきます。

(以下ひなた執筆元原稿)

パワハラに関するキャッチフレーズが載ったポスターをよく見かけるようになりました。それでも企業内ではパワハラは日常的に起きています。裁判で企業が敗訴して莫大な賠償金を払う事も多いです。パワハラは指導熱心な先輩の行き過ぎから発生し、加害者社員が賠償金を支払い、信用を失って退職せざるを得なくなる事もあります。被害者も心身を痛めて能力を発揮できなくなります。パワハラとは何か?そしてどうしたら防げるのかについて考えてみたいと思います。

1.厚生労働省によるパワハラの定義・パワハラの具体例

厚生労働省はパワハラを「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」と定義しています。
具体的にはどのようなものが挙げられれでしょうか?

パワハラというと上司から部下に対してと考えがちですが、その逆のパワハラもあります。中途採用で入社してきた優秀な管理職が部下からひがまれ「課長なんだから自分で考えて仕事やってくださいよ」と放置された事案がありました。何もその社の仕事を知らない課長が部下から集団いじめに遭い、うつ病から休職になってしまった例です。

厚生労働省はパワハラを6つの類型に分けています。

1)身体的な攻撃
暴行・傷害

これはわかりやすいですが「お前、なんでノルマ達成できないんだよ」とファイルで頭をぽんぽん叩いても暴行です。喫煙所で気に入らない相手にタバコの煙を吹きかけるのも暴行に当たります。一旦職場でパワハラによる傷害事件が起きると警察の捜査が入り職場の雰囲気は滅茶苦茶になります、

2)精神的な攻撃
脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言

これは大企業でも日常的に起こっていることです。「成績が達成できないなら死ね」「このビルから飛び降りろ」というワンマン社長の暴言が日常的となっていて問題化したことがあります。

3)人間関係からの切り離し
隔離・仲間外し・無視

いわゆる「窓際族」として机をぽつんと孤立させたり小部屋に閉じ込めてコミュニケーションを他の社員と取らせなかったり宴会に一人だけ呼ばない事が当たります。

4)過大な要求
業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害

廃棄する事が決定している書類の整理、午後5時に膨大な仕事を渡して「明日の朝まで」の納期に追われている社員に延々と雑談を強制する等です。

5)過小な要求
業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと

外国語のできる営業マンとして雇われたのに会社の草刈りばかり延々と1週間やらせたらパワハラに当たるでしょう。

6)個の侵害
私的なことに過度に立ち入ること

「お前の出身の◯◯県ってロクな奴がいないよな」「お前の親父、頭悪いからそんな仕事しかできないんだろ?」等です。

2.パワハラは日常的に起きている

一旦パワハラ事案が起きると被害者が行政機関に訴えたり、当事者の代理人弁護士と対応しなければならなかったり、被害者の家族にも謝罪、賠償金の交渉とてんやわんやの状態です。こんな状態になる前に未然に防ぐ事が何よりの対策で、企業の生産性を高める事になります。

⑴ こんな事案がパワハラに

パワハラは起こす側の自覚がなくても発生してしまう事があります。

こんな例がありました。

いつも忙しく仕事をしているA係長、有能なのですが短気でせっかち。お客さんと電話で打合せしていてうまくいかないと受話器を壊れんばかりに叩きつけて「ええい、もう」とクリップボードを自分の机の上に投げつけます。頭に来る事があると誰も座っていないものの椅子を蹴りつけ、両手に資料をたくさん持っていると勢いよくドアを蹴って部屋に入って来ます。そこで若い社員や部下たちがビクビクしていました。そこでA係長を呼び「そういう行動は部下たちが怖がってるよ」と言うとA係長はきょとんとした表情をして「そうだったのか」と行動を改め、パワハラ的なところは一切なくなり職場も明るさを取り戻しました。

⑵ 判例

ア 製造業
後片付けをしない、年休を口伝えで取る社員に後片付けの再現や反省文を提出させた会社、上司が権限を逸脱していると15万円の賠償命令が出ました。

イ 病院
先輩看護師から飲み会の強制、個人的な使い走り、「死ね」の暴言で後輩看護師が自殺した事案に対して先輩看護師に1000万円、病院が500万円の賠償をしました。これは病院がきちんと院内の人間関係を把握していなかったことから起きた事案です。

ウ 企業の告発

闇カルテルを告発した社員に対する昇任停止、個室への閉じ込めを行った事に対する精神的苦痛と人事権の逸脱に対し、1000万円以上を企業が敗訴して支払いました。

判例は数多くありますが、自覚がないパワハラ、そしてパワハラをきちんと組織が把握していないと「知らなかった」では済まされないという事が明らかになっています。

エ パワハラとそうでない「業務上の指導」との境界

たとえばミスをした社員について「正確に仕事をしろ」というのはパワハラにはなりません。職務上の注意だからです。ところがミスをした対象者の後輩や部下たちが大勢いる前で叱り付けたら、本人は部下の目の前でなじられた屈辱感があり、これはパワハラになります。個室できちんと冷静に話をするのであればそれはパワハラに当たりません。ミスをする社員だからといって、ムダにペナルティを与える事もパワハラになります。仕事を終えた部下が帰宅しようとしたところで「俺が仕事が終わってないのになぜ勝手に帰ろうとしているんだ」はパワハラになります。

3.パワハラ防止はトップダウンでルール作り

⑴ 企業トップの姿勢

企業トップ、管理職は「パワハラは絶対に許されない」ということを毅然とした態度で示す事が求められます。トップも日ごろから注意して目配りしておくことが大切です。管理職にはパワハラを起こしてはならないということを徹底すること、そしてパワハラは上下関係なく起きるものだということを周知させ、何かあった際には必ず報告させるという義務を持たせます。「パワハラホットライン」を設けておくことは、相談者へのメリットとなるだけでなく各人が「パワハラはしてはならないものだ」という意識を高めさせることに役立ちます。そして相談者への「秘密厳守」のルールを徹底させる事です。せっかくパワハラされている事を打ち明けてくれた相談者ですが、パワハラしている側を「お前が悪い」とその場で責めてしまうと誰が相談したかすぐにわかってしまい、パワハラがより悪化してしまうこともあるからです。そのセクション全員を集めての教育や訓示、適正な配置転換や業務見直しをして自然にパワハラ解消をする方法も有効です。ただし、あまりにもパワハラ体質がひどい相手だとどのセクションに異動しても同じ事を繰り返す危険性があります。そういった場合には厳罰をもって臨む必要性もあります。パワハラの芽が小さいうちに摘み取ることは、小さな問題を大事にすることではありません。一度パワハラが起きて、それが大問題になればなるほど企業の生産性は低下します。企業トップはコスト、リスク管理の面だけでなく、従業員の幸せな生活を望んでいるからこそ、パワハラをなくし「パワハラはいけない、してはならないものだ」「これは全従業員が共通して持つ事ができる大切な意識です」という事を真摯に全員に対して訴えかけましょう。

⑵ 就業規則の改定

多くの企業ではまだパワハラについてのルールを就業規則に明示していない事が多いのですが、パワハラには毅然とした処罰を行う事を明記しておくことも有効です。訓戒、注意から減俸や停職、降格といった処分は英断をもって行われなければなりません。

4.職場アンケートの活用

パワハラ防止に積極的な事業所は職場内で記名、無記名でも可のパワハラアンケートを実施しています。効果的パワハラ対策をするためにはまず実態把握をする事が必要だからです。アンケートの結果、相談を希望する対象者がいれば聞き取り調査を行います。アンケート内容の記載や字体から、訴えかけている被害者が誰かという事がわかっても、本人が個別面談を望んでいないのでない限り、性急に事情聴取をしたり、また、パワハラ行為者とおぼしき本人に注意喚起をすることは逆効果になる事があります。アンケート回答者は「秘密は守られない」と思い、パワハラ行為者は事情聴取をされるとやり方が陰湿になり、問題が沈潜化してしまうおそれもあるからです。

5 パワハラ教育

⑴ パワハラの定義

部下を殴りつけたらパワハラになる、これは誰もがわかっていることですが、パワハラはもっと細かい定義です。部下に対してタバコやジュース等私物を買い出しに行かせる、部下に腹が立ったから挨拶されても無視する、上記6類型を細かく見ていくと他者の人権を軽視するような言動、行動はほとんどパワハラに当たる事がわかります。

⑵ 法的制裁

何がパワハラかそうでないか、する側もされる側も理解していない場合が多く、大きな事案になった時には双方とも「しまった」と思っても後戻できないことがある場合もあるでしょう。
パワハラは個の侵害になり、それは刑事上の犯罪になり、民事上の損害賠償請求の対象にもなります。心身に傷害を与えれば傷害罪になります。繰り返して暴言を受けた被害者がストレス反応から抑うつ状態になればそれは傷害を与えた事になります。直接殴らなくても襟首や髪を掴めば暴行罪です。こういったパワハラは民事上では不法行為となり、損害賠償請求の対象になります。本来注意してそのような事をしてはならなかったのに実行してしまったという事は債務不履行に当たり、これにも損害賠償権が発生します。パワハラ行為者だけがこういった民事上の責任を負うわけではありません。企業も法人として同様の賠償義務を負うのです。

⑶社として行う社内処罰があること

上記、パワハラの社内処罰には注意から懲戒解雇まで処罰の軽重はありますが、事実関係がはっきりとするまで性急に処分を行わない方がいい場合が多々あります。例えばパワハラでメンタルダウンした被害者の様子がどうなっていくのか、身体の怪我と違ってしばらく注視して観察しなければならない場合もあります。また、加害者と被害者が同じセクションで働いていて、業務上の要請ですぐに切り離しができない場合、パワハラの訴えかけの後に双方の関係がどうなっていくのか見ていく必要性があります。訴えられた加害者が逆ギレして被害者に辛く当たるようになればなお厳正な処分が必要な場合があります。こういった具体例をまじえて説明をするとパワハラ教育も効果的です。

⑷ 相談窓口について説明する

パワハラはいけない、してはならないものだ」これは全従業員が共通して持つ事ができる意識です。企業は当然利潤を求めるもので、その確保のためには全員が一致団結して目標達成に向かう必要があります。ただし、目標のために個人を犠牲にすることはしてはならない事です。したがって冒頭で述べたようなパワハラの類型について説明する、何がパワハラに当たるのかをきちんと説明することが大切になります。そしてパワハラがあったかな?と思った際の相談窓口の紹介、相談者が不利益に扱われない事もきちんと説明します。

6.まとめ

大企業では2020年6月から、中小企業では2022年6月から本格的にパワハラの法整備がされる事が報じられています。「個の侵害」を防ぐには「個の尊重」が大切になります。予算の関係で常駐させる事が難しくても産業医の巡回、ストレスチェックテストの実施とそのフィードバック(従業員50人未満は努力義務)は従業員全員にメンタルヘルス意識を向上させる事に役立ちます。また、従業員がいくら少なくとも月間80時間を超える残業をしている社員が申し出をした場合には医師は当該労働者の長時間面談をしなければならず、残業時間100時間を超えた場合には医師が従業員の面談をする義務があります。なぜその従業員だけが長時間勤務をしているのか、他の従業員がさっと帰宅しているのだとしたら仕事の配分ややり方に問題があるのかもしれません。真面目な性格の人が「中間管理職だから全部やっておいてね」と部下たちから全部押し付けられていたという例もあります。定期健康診断、衛生委員会など企業がパワハラに「気づく」事ができる場は多くあります。危険がまだ小さなうちに介入し、明るく安全な職場にしていくことを目指してみてはいかがでしょうか。

(今回の記事のpdfです。体裁を整えてプロの編集さんにかかるとかっこいいですね。)

ひなたあきら
心理カウンセラー(産業・医療領域)

http://hinata.website/
(ひなたあきらの公認心理師でポン!)