◯ 公認心理師事例問題対策
心理職を行っている人間としては、前タラソフ判決で触れたようなジレンマに陥ることが度々あります。過去問に示されている課題はなかなか難しいです。
(架空事例)
危険な機械操作業務に従事している従業員Aが、企業で独自に行っているメンタルチェックテスト(厚生労働省のストレスチェックとは異なる)後に自ら会社の心理業務担当者に面接を申し入れてきました。
最近夜な夜な外出しては、帰宅してこなくなってきている妻との諍いが絶えず、顔を合わせる度に言い争いになります。そのためいつもイライラしているのです。
子どもは義務教育は終了しているが、思春期の娘があからさまに妻を嫌っています。家事は全てその社員がやっていて、交替勤務の上に残業もある業務と家庭内の問題の狭間で悩み、眠れない日々が続いているのです。
昼休みに休憩室で寝ていますが、昼休み後になっても目覚められないことが最近ではしばしばで、注意を要する機械操作をしている間も眠気を我慢しています。
心理業務担当者としてはサイコロジカルなところで彼の話を聞く、そして大変ですねえと話を聞くだけだったという回答は公認心理師試験では求められていません。
心理業務担当者は心理教育、というよりもケースワーク的な役割を期待されることもあるのです。このような場合に従業員Aから「どこかこういった夫婦の問題について相談するところはないですか?」と聞かれたら何と答えたらいいのでしょうか?
「悩みがあればいつでも私が話を聞きますよ」という回答は誤答でしょう。Aさんが求めているのは夫婦問題の解決です。
そのために適切な相談機関につなげるの(リファー)は、公認心理師の職責でしょう。仮にAさんがその心理業務担当者を頼りにして今後定期的に話を聞いてもらいたいと思ったとします。
Aさんが、心理業務担当者に相談をしたくなった際に、担当者が学会参加で長期不在、育休や介護休暇を心理業務担当者自身が取ることもあるでしょう。
担当者が不在だった時は「いつでも」という言葉は軽すぎる無責任な保証となってしまいます。夜中にヤケになったクライエントさんが死にたくなった、その際に心理業務担当者に連絡したくてもつながるチャンネルがない、どうしたらいいのでしょう。
クライエントが切羽詰まって会社の警備室に電話をしました。警備員が心理業務担当者の携帯に直接連絡をしたとしても疲れて寝ているから電話に出られないかもしれません。「いつでも」という言葉は重い責任があります。
大企業には直接従業員が相談できる窓口の24時間ホットラインダイヤルが用意されていることがあります。
EAP(従業員支援プログラム)が大企業にパッケージでこのサービスを提供していることは多いです。
自分でできないことはきちんと他機関につなぐことが心理担当者の職責としては期待されます。
そういったホットラインの存在を知らないクライエントもいます。夫婦の問題はどうしたらいいのでしょう。家裁では夫婦関係円満調整調停を行っています。
ただし、同居調停は一般的に極めて扱いが困難で、申し立てられた相手方妻が態度を硬化させる可能性は高いです。
弁護士は申立書作成はきちんと行うが心理調整はしません。「法的なことは弁護士の先生に」と着手金を払わせて解決に至らなかったとき、この心理担当者は責任を取れるのかというと取れません。
こういった事例の夫婦同席カウンセリングを実施して事を丸く収められる力量がある心理カウンセラーもそうそういないでしょう。
必ずどこかにリファーして解決させなければならないという決まりもありません。当事者同士でなければ自己決定もできないのです。
特にこういったドメスティックな問題はそうなります。問題は危険業務に従事しているAさんについてです。
こういった場合には公認心理師の守秘義務(法第41条)はどうなるのでしょうか。危険作業の性質上、事故になれば大惨事になります。
そこで考えなければならないのは労働契約法第5条安全配慮義務です。このようなジレンマに対してどのようにすればいいのか考なければならないかという問題はいかにも出題されそうです。
心理の現場、人が生活している環境は生き物のようなものなので、たった一つの絶対解というものはありません。
ただし、最善でなくても最良の選択をすることはできるでしょうか。Aさんに対し、自ら職場の上司に訴え、自分は危険業務に従事できるような精神状態にはないということを自己申告してもらうことが最良でしょう。
その際に心理担当者が組織の中でAさんの立場が悪くなり、変なスティグマ(烙印)を押されないように努める工夫をした方がいいわけです。
心理業務の担当者が各職種と連携することは、面接室の中だけで心理業務が全て完結することは決してないのです。
個人の心理状態を知る専門職が組織に働きかけて業務を遂行することが水温測定にも喩えられるのは「関与しながらの観察」Sullivan, H.S.がいい例えになると思います。
海水の温度を1本の温度計で測ればその場所の温度は正確に測定できるでしょう。しかし、マグカップのような小さな容器中に温度計を入れて温度を測定するのだったら、温度計の温度そのものが液体の温度を変えてしまうでしょう。
公認心理師に期待される職責を公認心理師法から考察すると多くの職域との連携が必要なことがわかります。
相談室でクライエントを待ち受け、カウンセリングを行い、そこで完結していただけの心理カウンセラーのイメージからの変化が起きていること、それを理解することも公認心理師事例問題正答のコツです。
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