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◯ 「患者の死」に希望を与える臨床心理士・公認心理師

日経メディカルの記事を定期配信登録して読んでいるのですが、「短期集中連載◎なぜ今『救急×緩和ケア』なのか」という特集がとても興味深いです。

心理職の仕事とも深い共通点があります。

救急は迅速対応、緩和ケアは臨終に際しての苦痛の除去と一見この2つの概念は相反するようですが、共通項が多いことに気付かされます。

以下ざっと読んでそれらの記事の要約と感想を織り交ぜながら書くのですが

「救急外来でやって来る患者さんは延命が難しい、そして救急車が到着した時にはもう絶命していることがある」

「バイタル(血圧・脈拍・呼吸の有無などの生命兆候)サインがほとんどなく、最後の救命措置をするのに家族の同意が要る」(以上要約)

そういった究極の場面で医師が患者さんの家族に絶対に言ってはならない言葉、そして言うべき言葉があるというのがこの特集です。

「もうちょっと早ければ・・・」と言ってしまうと、「なぜ早く連れて来なかったんですか?そうすれば生きながらえていたのかもしれないのに」という家族を責めるメッセージを伝えることになってしまいます。

石上雄一郎医師の「心停止患者の家族にかけてはいけない言葉」記事では「蘇生中止などの判断を家族に委ねない」と記されています。

これは避けられない、やがて来る患者さんの死の場面において、一瞬でも延命時間を伸ばすため、「心臓マッサージをしますか?肋骨が折れるかもしれませんけれども」「呼吸を確保するために気道に挿管しますか?相当苦しいと思いますけれど?」

と家族に聞くことが適切かどうかということです。

延命措置をとっても患者さんにとってはまあムダだろう、少し寿命が伸びてもまた死は避けられない、どうしますか?

それでも1秒でも長く生きられる可能性がありますよ。

ただし、患者さんは死の瞬間痛みや苦しみを味わうのが最期の感覚となります。

こういったダブルバインド、二律背反的な矛盾したメッセージは患者さんの家族を動揺させ、ストレスを与えるばかりでしょう。

死を直前に控えた患者さん家族の緩和ケアのムンテラ(家族への説明=インフォームドコンセントIC)に僕も立ち会ったことがあります。

まだ若い研修医は慎重に言葉を選びながら落ち着いて、家族の意向を聞きながら専門家である医師としての意見を述べていました。

そして家族に自己決定権を持たせ、家族は迷いながらも医師の見解を受け入れて患者さんの苦痛を緩和させることを選択していました。

心理職は日常的に緩和ケアチームに入っていないと患者さんの家族に「いまここ」での声かけや医療チーム内で家族のフォローはできません。

救急対応をしている医師、看護師は治療や処置を行いながら家族とのコミュニケーションを取りながら次の救急患者さんの治療にも当たらないとならないわけで、家族の心理ケアの最前線にいるわけです。

さて、救急×緩和ケアの究極の場面において医療者が立たされている複雑なジレンマから心理職も学ぶことは多いと思います。

石上医師が例示している禁句を引用します。

× 救命できなくてすみませんでした。

× 気持ちはわかります。(心理職が「受容する」というのとはまた違う意味合いに取られるでしょう。)

× 辛いのはあなただけじゃないですよ。

× 時間が気持ちを癒してくれますよ。

× あなたは若いからまた子どもを作れば。(さすがに大家族でもこれは禁句と思います。※ 注 ひなた)

× そんなに思いつめたらダメですよ。

まるで臨床心理学の初学者〜上級者向けのテキストを読んでいるような気持ちになりました。

医療者とは厳密には定義されない心理職でも白衣を着て医療現場で働いていれば患者さんや家族からは医療者と変わりません。

石上医師が推奨していた言葉は

○ ご家族も救急隊も病院でもすごいスピードで一丸となって頑張って治療したのですけれども蘇生は難しい状態です。

○ 自分を責めないでください。

などです。

心理職は精神疾患や身体疾患、その複合で死を覚悟、希死念慮が強いクライエントさんと常に接しています。

ここからは僕の経験を踏まえた私見です。

「仕事を辞めたいほど辛い、でも辞めたら食べられない、家族も養えなくなる、もう死ぬしかない。どうしたらいいのかわからない」

ここで「さぞお辛いでしょうねえ」はカウンセリングの切り出しとしては使えます。

ただ、頭の中で堂々巡りをして苦しんでいるクライエントさんに対して「ええ、そうですねえ」とオウム返しに話を聞いているだけでは何の進展もないでしょう。

「今日は話を聞いて欲しいだけで来ました」

「誰にも言えない愚痴をここで言わせてください」

という前置きがあればまだ受容・傾聴をしてもいいかもしれない段階ですが、混乱しているクライエントさんが50分のカウンセリングの40分目まで繰り返して退学、退職、死ぬか生きるかの苦痛を訴えていたら心理職がイニシアチブを取っていいと思います。

「学校(仕事)のために死ぬよりは自分と家族のために生きてください」

「かなり疲れているようですから少し休んでみませんか?」

「◯◯さんがかなり辛い状態にあるのが分かります。ご家族と話させていただいたり、学校(職場)の方と連絡を取ってもいいですか?お一人で悩んでこのカウンセリングルームから出て行ってもただ苦しい気持ちが続くままでしょう?」

ふらっとニコニコしながら初回面談に来たクライエントさんが実は死のうとしてかなり具体的な準備をしていることがあります。

希死念慮の発言、リストカットや過量服薬をする人のリスクは致死的自死企図から死に至る率と統計的差異はありません。

だからといって、決めきれないクライエントさん、死に向かいそうなクライエントさんに対してバシッと主導権を握って「ダメですよ」「家族がいるのにどうするんですか」という素人発言的介入をするのは救急-緩和ケアに学べる危機対応としてはいかにもまずいものです。

医療-心理-社会medial,biological-Psychological-social全てを見渡して現実に即した対応をする、これは公認心理師試験では決して推奨されない解決方法ですが現実的介入は常に最も強力な解決方法です。

心理職はいつもの何気なさそうにやってくるクライエントさん(やって来る時点で尋常ではないということを忘れがちになりますが)の死を意識し、毎秒毎瞬間が実は危機対応なのではないかと考えています。