
公認心理師協会副会長から主治医師の指示に対する挑戦状
日本大学文理学部心理学科教授津川律子先生は、同大学臨床心理センター長、臨床心理学専攻主任である他、日本臨床心理士協会会長、日本公認心理師協会副会長の要職を務める方です。
その津川先生の「面接技術としての心理アセスメント 金剛出版 2018」は、公認心理師制度導入正式決定、試験直前に上梓されたものです。
「臨床家のあり方とは」という臨床哲学がちりばめられた書籍となっています。
別に津川先生が心理職に表立って「挑戦状」を突き付けているわけではありません。
ただし、公認心理師法第42条第2項の「主治の医師」の指示とクライエントさんの利益や守秘義務が相反した際の心理職の働き方について見ていると津川先生の対応から、公認心理師の動きというものを見ることができます。
以下、津川先生のあげたものの中から今回取り上げたい事例です。
この著作中p171、【事例から学ぶ➃】「うつ病」内、事例3.「ひげボーボー状態の男性」のケースです。
医療機関の知人から紹介されたこのクライエントさんは、津川先生先生が勤務する地域の相談室にやって来ました。
津川先生はカウンセリングをするに当たって主治医の了解を得ることについてクライエントさんから了解を取ります。
そこで津川先生は自分の名刺を添え、カウンセリング開始許可申請書などをしたためてクライエントさんの男性に渡します。
次回セッションの際、クライエントさんは封筒ごと津川先生が書いた書類を返納しました。
クライエントさん曰く「カウンセリングは受けていいけどその手紙も名刺も持って帰ってくれ」と医師に言われて受け取ってもらえなかった。
理由は医師が外部機関と連携したことがないから、というものでした。
ひきこもりがち、内気なこの青年は主治医について「その先生、僕に似てるんです」と述べます。
津川先生はその行為を「主治医をかばう」傷つけないようにするという意味で、青年クライエントさんと主治医の間に素晴らしい人間関係が構築されていると判断しました。
さて、この文献を元に心理職仲間と議論したのですが、この場合、どのように対応するのが正解だっただろうか?
という話をしました。
津川先生の見立てではこの青年はコミュニケーションに課題を持っている。
僕が思ったのは、そうであればこの青年は主治医に津川先生からの提供書を渡さなかった、渡せなかったのではないだろうかということです。
津川先生が書いているとおり、この青年は主治医と津川先生との板挟みになっていました。
主治医に連絡をしなければ、医師に無断でカウンセリングをすることになる。
カウンセリングはクライエントさんにとって有益なものか、場合によっては有害なものになるかもしれない危険性を常に持っています。
他機関で勤務する治療者2人の間にいるクライエントは違った指示を受けて忠誠葛藤の問題に直面するかもしれません。
だとするとなんとかして医療機関と連携を取りたいものですが、内気な青年は主治医に気を遣い、そして津川先生に気を遣っています。
産業領域心理職の友人は「こういう時にはどうしたらいいんだろうねえ」
と言いました。
僕は「公認心理師法だけじゃなくて医療安全の視点から見たらどうなんだろうね」と答えました。
クライエントさんが主治医とカウンセラーの双方を傷つけたくないと思ってこのような対応をしたと考えるなら、クライエントさんに「ごめんね、悪いけどきちんと直接主治医の先生と連絡を取ってあなたのことを話しておきたいの。主治医の先生と私の方針がが違ったら、あなたが困るでしょ?」
これが優等生的回答です。
そうしたがる心理職も多いでしょう。
ただし、そう言った途端にもうカウンセリングに来なくなってしまう、その発言そのものが十分にこの青年にとっては侵襲的です。
さて、津川先生はどうしたかというと、この青年の気持ちを慮りながら、青年を追及せず、最終的には主治医とも連携を取っていきました。
主治医の判断が仰げなかった=公認心理師の悪、としてしまうと公認心理師はどんどんクライエントや患者さんを追い詰めて「言うことを聞けなかったらカウンセリングはしません」という冷たい対応になってしまいます。
それは国民が望まない公認心理師増だと思うのです。
公認心理師の自由度は文字通りクライエントさんの運命の生殺与奪を握っていると思うのですが、いかがでしょうか。