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◯ アダルトチルドレンと依存をめぐる諸問題

アダルトチルドレンを生み出す機能不全家庭は物質依存だけにその問題はとどまっているわけではありません。

解決がとても難しいのは対人関係にかかわる関係依存、これが子どもをめぐる問題をより複雑にします。

依存症になる親、そしてそれを容認するもう片方の親、両方とも子どもをアダルトチルドレンとして育てることに加担しています。

片方の親がもう片方の親のすることを消極的に容認してしまったのは10歳の心愛ちゃんが亡くなった事案でも同じです。

父のすることを母親は怖くて何も言えないでいました。

母がもっと積極的に「私がいなくちゃこの人はダメになってしまうから」という救世主、メサイアコンプレックスに陥った家庭の中の子どもは悲惨です。

「ごめんよ、俺はなんとか立ち直るよ」という父に対して泣き合って抱きしめあって理解を表面上して解決をする夫婦、この時妻はイネイブラー、依存のエネルギーのガソリンタンクとして機能しています。

さて、この時に子どもはどこに置き去られているのでしょうか。

果てしなく繰り返される恐怖の家庭の中で何も希望も変化もなくなっていく毎日です。

夫婦の共依存状態、不健全な関係性への依存と置き去りにされた子どもです。

PTSDがDSM-5になってその特徴として、不機嫌な感情とその爆発性が特徴として示されるようになりました。

加害者が父親とは限りません。

母親であってもアダルトチルドレンとして育った母親が食卓をひっくり返し、皿を投げつける、そしてその感情をどうすることもできなくて自ら嘆き泣きじゃくることはAC連鎖家庭の中では珍しくありません。

アダルトチルドレンはある意味サバイバルゲームに似ています。

その場から離脱しないと心身の健全さは保てません。

しかし力ない子どもがいったいどうやって抜け出したらいいのでしょうか。

アダルトチルドレンはいつもいい子であり続けようとします。

毒親には満点の成績のテストを持ち帰り、学校では笑顔の仮面を保ち続けなければなりません。

自分を嫌いになったACの子どもは大人になっても自らを罰し続けていないとならなくなってしまいます。

過食で健康を失う、無謀な運転で命を危険に晒す、どれも自分への罰です。

成功を禁じられているので家庭という鎖を離れたら、ある時を境として学校、あるいは仕事からスピンアウトします。

何もできない、何もしないという果てしない気分障害のうつ状態の中で過ごします。

女性であれば彼女はいい結婚もパートナーも選びません。

魅力的な彼女に言い寄ってくる紳士的でいい人に対して「ふさわしくない」と断ってしまいます。

彼女は自分が幸せになることを許すことができません。

いつも笑顔で性格もよく人当たりのいい彼女をとらえるのはストーカーまがいの男性です。

「交際するまでつきまとってやる。酷い目にあわせてやる。居座ってやる」

彼女は「そこまで思いつめて私を必要としてくれるならば」と不幸な対人依存を選びます。

こうやってまたアダルトチルドレンと依存の連鎖は始まっていくのです。

今回に限らず一連の児童をめぐる事案にはアダルトチルドレンの問題が背後にあったとしても決しておかしくはないでしょう。

果てしない孤独感、そしてそれをどうにもできないもどかしさ、過剰な努力、落ち込み、空虚感、苛立ち、これらはアダルトチルドレンの人々に共通した負の感情です。

何が起こっていたのか、そして自分は何なのか、ACの人々はまず自己認識をはっきりとさせておかないと次の癒しのステップに進むことは困難です。
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