公認心理師に求められる児童福祉行政への緊急支援、緊急介入

(2018.10.5の記事を加筆修正し、再掲します。)

社会的養護(施設内養護)を受けている子どもは少ない職員数に比して子どもの数が多過ぎる、あまりにもひどい日本の状況について杉山登志郎先生は著作の中で書いていました。

しかし、施設に入れる子どもはまだ生き長らえることができるだけマシな状況と思える、児童虐待が行き着くところまで行くと子どもの命が奪われることに発展するまでになります。

何とか生き延びたサバイバーは「親元に生まれなければ良かった」「施設で育てられたかった」と何十年経っても言い続けていきます。

この先の文章はいわゆる「食らってしまう」人は読まないでください。

この記事の元となっているのはルポライター石井光太氏著作、「鬼畜」の家 です。

厚木市幼児餓死白骨化事件、妻に逃げられた齋藤幸裕、当時26歳は乳児と2人きり、外に恋人ができると家に寄り付かず、1週間も家を空けることが多くなった。

幼児がひとりで命をつないでいくのは不可能な状況でした。

自らも精神疾患でネグレクトを受けていた齋藤は、子どもの育て方がわからない、刑務所に入ってからもルポライターに対し、自分の正当性を主張していました。

曰く、自分に責任は全くないわけではない、しかし報道で齋藤を一方的に悪者にするのはひどい、自分はそれほど悪いことをしたのだろうかという内省に欠ける言葉でした。

子育ての仕方がわからない、それでも自分は正しい、世間で言われるような人間と自分は違うと思い込む親もいます。

学歴を与えられず、貧しい中で育った親の中には子どもを犠牲にしてしまう親がいます。

そして子どもの生命身体に関する無造作な価値観を植え付けられた齋藤は子どもを空のアパートに放置することになりました。

統合失調症を発症して齋藤を育てられなくなった母親、行政が齋藤の情緒発達を気にかけることもなく、齋藤は無視されるのが当たり前という育児観を取得したのでしょう。

成り行きで結婚した理玖君の母親は、いいところのお嬢様出身、若干二十歳で母親になり、同年代が遊び歩いていたのを見て育児に耐えられなくなり、出奔します。

子育てを知らない若い夫婦の激しい諍い、そして社会的援助の欠落は悲惨な結果をもたらしました。

若夫婦がどんどん真っ当な生活からスピンアウトして、異常な行動に至ったという経緯が見受けられます。

共感性の欠落、他者への思いやりや子どもの生命身体の安全の確保についての無関心。

こういった親に共通しているのは、子どもを所有物とみなしながら何の責任も取らない、むしろ積極的、不作為的に心身への苛烈なダメージを与え続けるということです。

続いて下田市の高野愛(いつみ)当時28歳は、ファミレスで働きながら次々と生まれた嬰児を押入れに隠していく。

高野は若さに任せていたのでしょうか。

誘いかけてくる男性を決して断ろうとはせず、肉体関係を持ち続けます。

高野はそれでしか自分が必要とされている自己肯定感を得られなかったのかもしれません。

男たちが責任を取ることもなく、八方美人と言われていた高野が、すでに3人の子がいて、新たに子どもをもうけても育てることはできませんでした。

高野の母親夏美は愛から児童手当を含め、生活費として搾取をしていく。

このルポの最後に記載されているのは足立区ウサギ用ケージへの子ども監禁です。

育てにくいと称して若夫婦は子どもに当然の空腹を強います。

そこで起きた食物の盗み食いを処罰するため、ケージに入れて命を奪いました。

このような親について現代の精神医学は、共通の因子を抽出して疾患単位として病名をつけることをしていません。

僕はこのルポだけではなく、実際の凄まじい話に接するたびに、この親の精神構造はどうなっているのか考えます。

その親たちには精神障害、発達障害があるわけでもなく、私有化した子どもの安全を奪うことを自らの使命として課しているかのように見受けられます。

それが「躾」だ、と。

そして官憲や学校、児相が入ろうとすると大慌てで取り繕おうとします。

そしてアタッチメント障害に陥った子どもはそれでも親に縋る、もしくは逃げ道がない。

幼児が助けを自ら求めることはできません。

そして親は一時保護され、子どもから引き剥がされそうになると必死に抵抗する、よく言われているように自分のサイコパス的な欲求を満たす対象なしでは親は自己の存在意義を確認できないのです。

児童にかかわる医師(含む外科系医師)心理職、福祉職の専門家たちは決して見過ごして欲しくない、それは当然のことです。

歪んだ精神構造の親たちは矯正できないかもしれない。

しかし子どもがそこに戻る可能性は常に追求されます。

行政はやっと児童福祉司と児童心理司の増員に動き始めました。

児相の権限も強化されていきます。

それでも、はっきりした証拠なしでは動けません。

児童福祉行政には限界があります。

こういった闇に隠れてしまう事案を未然に防ぐことも困難です。

子ども、親にかかわる仕事をしている人たちは、子どもという命、身体、人格、心を預かる仕事をしているわけです。

自分のところに相談にも来ない親に対しそれでも切り込んでいき、子どもを助ける使命を志として持って欲しいと専門家の方々には願うばかりです。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 心理カウンセラーへ
にほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 心理学へ
にほんブログ村

99298231-24FD-4ADB-87A4-62928DC5ECB5