カウンセラーひなたあきらが公認心理師について考えてみた

新制度公認心理師の検証をしばらく続け、この制度がよりよいものになるための問題提起を行いつつ、カウンセリングの在り方について考え、最新の情報提供を行っていきます。 ブログ運営者:ひなたあきら メールアドレスhimata0630★gmail.com(★を@に変えてください。)

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HSP、アダルトチルドレンACへの公認心理師の精神療法

HSPについての記事を4月12日に書きましたが、思ったより反響があったので、いまだ臨床心理学的にも精神医学的にも確立されていないこの概念のメカニズム、精神療法のあり方について考察してみます。

心理職は時として「心理カウンセラー◯◯先生の本を読んで感銘を受けた」という◯◯先生がほぼタレントだったり、ヒーリングの本に感銘を受けたと言われますが、それが疑似科学的なものであってもクライエントさんが信じているものを頭ごなしに否定はしないと思います。

HSP、アダルトチルドレンは学術的概念には永遠にならないかもしれませんが、だから心理職が否定していい概念ではないと思います。

むしろこれらの自覚を持つ人たちの特性を理解して心理職が歩み寄っていき、心理の枠組みの中で出来ること、理解しようとすることが大切だと思います。

AC、HSPの人は自覚していても医師や心理職に対してそう言える人は少ないのではないでしょうか。

HSPの人が情報取り込み過多だという事は定義をする上で述べたのですが、それに加えてその繊細さは自己愛の強さにも関係しているのだと思います。

自己愛というと「ああ、あの人は自己愛が強いから」と悪口のように聞こえるかもしれませんが、人間は通常、自己を肯定する、愛する気持ちがないままで生きていくのはとても難しいことです。

精神分析学者ハインツ・コフートKohut,Hは自己心理学の創始者でもありますが、自己愛を必要なものだと考えていました。

誰しも自己を自分だけで育てることはできないですし、他者からの愛情がなければ人はやっていくことはとても厳しいと思います。

乳幼児が甘えられる母親を転移対象(精神分析学用語)としてとらえるのに対して、HSPやACの人たちはその依存できた部分が生育歴の中で欠落、そして自己対象転移として自分で自分を補うことしか許されない状況の中にあったことが推察されます。

否定され続けると自己愛が弱まっていきます。

しかしその中で内省的な人々は自分に過度に注目をして「自分は何が悪かったのか」「自分にはこの能力が不足している」など、自責的になります。

つまりHSPの人は情報取り込み過多だからこそ、自分についてのネガティブな情報も取り込みます。

そしてマイナス評価や無視はこういった人々に大きなダメージを与えます。

自分を内省的に見られる人がマイナス評価や自己肯定感が乏しい状態に置かれると相当な心理的打撃を受けます。

PTSDになるような刺激を受けてもPTSDにならない人もいます。

周囲の支えや早期の十分なメンタルケア、幼少期からの育ち方の影響が疾患発生に関係していると指摘されています。

こういったレジリエンス(打たれ強さ)を持つ人とそうでない人の差異は多くの研究者の研究対象となっています。

HSPの人がACでもあるとすれば(かなり多くの人々がこの両者の特性を併せ持っていると感じています。)、そのストレスへの脆弱性はどこから来ているのかを知ることが心理職としてはクライエントさんにかかわるポイントになるだろうとも考えます。

まずは日本人が元々持っている生真面目な性格はどこから来るのか?

日本人はストレス対処への弱さとして、ストレス低減物質が弱いセロトニントランスポーターss型か多いと言われています。

そしてこの遺伝子レベルの弱さを強化してしまうのは性格的、というか、感情にかかわる問題解決姿勢だと思います。

つまり、人間は心理的な対処方法として、じっくりと吟味してから物事を決める熟考タイプの人がいます。

決断が遅いと思われてもこのタイプの人は正解を出すまで動こうとはしません。

その逆に試行錯誤を繰り返して感情に任せて次々と正解不正解を出しながら素早く修正していく解決タイプを持つ人もいます。

ACの人は決まった解がない中で幼少期から親の気分次第、周囲の学校社会の中で罰せられてきました。

AもBも時と場合によっては両方とも不正解で罰せられてきたのです。

だから決まった解がわからないまま、時には熟考することを求められ、時には素早く直感で判断することを求められてきました。

人生にはガイドラインがなく、見かけ上提示されたガイドラインはいつも他人に崩されてきました。

そうすると結局、いつもどうやって情報を処理したらいいのかわからず、課題に直面するとどちらのスタイルで対処したらいいのかわからず、自分なりの正解を導き出そうとします。

本人は必死です。

しかし周囲からは気まぐれだというネガティブな評価を受けることにもつながります。

カウンセラーはそれに気づいて「Aさんは一定してないから損をしていますね」とは言えないでしょう。

クライエントさんが自分で気づいて自分の認知として獲得しないと「洞察」は達成できません。

カウンセラーがはたから見ていて「こうだな」と思って指摘したことにクライエントさんがうなずいている、だから納得してしているということは99.9パーセントありえません。

多くのACで育った人、そしてHSPの人はこの不定的な対処をしている、それは認知的に不経済なことです。

臨機応変だから素晴らしいという評価を受けることはあまりないでしょう。

日本人は特にこの傾向が強いと言われています。

情報処理をしていく中で、雑駁に全体像を一瞬でとらえて適度に適当な判断をすれば成功率はそこそこ高くなり(6割ぐらい)あまり悩むことはありません。

しかしHSPの人は細部をつぶさに見て細部と全体像を合致させようとします。

ところが世界はそれほど整合性が取れているものではないので、真面目に受け止めようとすればするほど世界の矛盾ばかりが露呈してわけがわからなくなりがちです。

発達障害、ASDやADHDの人たちはGIFTEDばかりの天啓の才に恵まれているとみなされていれば自分がその傾向があるとわかっていても生きていくことは比較的容易です。

しかしACとして虐げられて阻害されていた人たちがGIFTEDだけを得ることは難しかったのではないでしょうか。

HSP、ACとして育ち、その自覚がある人は血液型占いのように自分流で自己の性格を解釈しているわけではありません。

もっとも血液型も、「真面目すぎるから」「私はいい加減過ぎるから」と自分を責めている人たちもいるので、ステロタイプだからといって頭ごなしにその認知の否定はできず、その人の価値観を知ることに意義は十分にあります。

心理職としては自分をHSPやACだと感じている人の認知をまずは受け入れてそこからその人の痛みや得られなかった無条件の称賛をすることからクライエントさんとの信頼関係を結ばないとならないでしょう。

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水仙の草原・ダイエット、過食、依存症のためのイメージワーク

少し肌寒さを感じていた朝、昼になるにつれて気持ちのいい暖かさを感じている、ちょうど今の4月中旬の季節、あなたは一面の白い水仙の草原の前にいます。

白く光り輝く太陽の日差しが水仙とあなたを照らしています。

遠くに見えるのはなだらかな緑の草原、ふんわりと優しく包まれたような心持ちになっています。

あなたが今までとらわれていた何か不必要だった欲望はひとつ、水仙群の中に落ちます。

そうすると、すーっと消えてなくなり、水仙の中に消えていってしまいます。

ふたつ、みっつと静かにあなたにとって不要だった欲求は水仙の群れの中に落ちて自然に消えていきます。

そしてあなたを満たしていくのは水仙のふわっとした優しい香り、水仙の力強さです。


水仙はただ美しいだけでなく、何ものにも侵されることがない自然に群生し、必ずこの季節になると生えてくる力強さを持っています。

あなたの余分な欲望は水仙に吸い寄せられる、水仙にはそれだけの力強さがあるということを心に深く刻み込みます。

これからあなたの心の中に過食、依存の欲求が出てきてもそれは水仙の自然の力強さに引き寄せられて消滅してしまうというのだということを忘れないでください。

水仙が持っているのは白く光り輝く太陽とそしてブルーの空から降り注ぐ光と青色であなたを包み込むオーラです。

そして水仙からは白、黄色、緑のオーラが水仙一本一本から放たれてあなたを包み込みます。

水仙の持っているパワーをあなたは自分のものにすることがもうすでに可能になっていて、あなたはほんのちょっと扉を開くだけです。

そしてすでにあなたは扉を全開にして自分の中にエネルギーが注ぎ込まれていることを知っています。

あなたのお腹、胸の中は暖かい水仙の優しさで満たされています。

あなたの敵となる不要な欲求には力強く水仙のエネルギーは対抗できますが、あなたの本来持っている自然の治癒力を増強することにはこれほどの味方はいないということにあなたは気づいています。

あなたが水仙の畑に身を投げ出したとしても水仙はあなたを暖かく包み込んでふんわりとした花の匂いで満たしてくれます。

あなたの中に湧き上がるのは果てしない美しさという活力、その水仙のイメージの種はあなたの中で自然に広がっていきます。あなたは何もしなくてもいい、ただその種から芽が出て、強く強くその季節になって美しい水仙が咲いていくのを待つだけでいいのです。

白と青、黄色と緑の浄化のオーラがあなたを包み込んでいきます。

水仙が畑に咲き乱れるころにはあなたの余分な欲望はすっかり消え去って、もしまたいやなものが復活したとしてもまた水仙はあなたを助け、あなたを力強く勇気付けていくでしょう。

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公認心理師・安全配慮義務のジレンマ

労働配慮義務は労働契約法上、

「第5条 使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働する ことができるよう、必要な配慮をするものとする。」

ということです。

この趣旨は心身の健康も含まれるものとされてますので、メンタルヘルスも配慮の対象になります。

厚生労働省「労働契約法のあらまし」p8

これによると、雇用主が労働者について安全配慮義務を負う、それについて何ら義務を履行しなかった場合には債務不履行となることが読み取れます。

「民放第415条
債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする。」

また、使用者側は安全配慮義務を履行しなかったことが不法行為にとらえられると不法行為による損害賠償義務を負うことにもなります。

「民放第709条
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」

例えば医師から休職1カ月の診断書が出た、そこで雇用主が「そんなの関係ねえ」と無理やり働かせたらこれは安全配慮義務違反になります。

産業領域で働く心理職は専門家としてこういった、職場の意向とクライエントさんの病状についてのジレンマに陥ることは多々あると思います。

また、診断書が出てもうつ病で「怠けてる、甘えてる、自分はもっと頑張らなくちゃいけない」とクライエントさんが思い込んでいたり、躁状態で「診断書関係ねえぜ!俺はバリバリ仕事できるー!ウッヒョー!」という場合があります。

職場は「まあ本人がやる気になっているのだから」と医師の診断書を無視して働かせることがあります。

本人の意思能力が欠缺しているのに働かせてしまって事故が起きた際には当然使用者責任を問われるでしょう。

心理職が「あの、部長さん、本人はやる気があると言っていても危ないので」

部長「休ませたらまた職場復帰に時間がかかると本人が恐れているのでここは働かせた方がいいんじゃないの?」

と、非常勤、あるいは職制の下位カーストに置かれた心理職が職場に物申すと下手すると職を失いかねません。

労働法上の安全配慮義務は労働者の安全に限られていますが、公認心理師試験頻出タラソフ判決があります。

クライエントさんがタチアナ・タラソフさんを殺すとカウンセリング中に言ったのをカウンセラーが漫然と聞き流して何もしなかったら殺人事件が発生、カウンセラーが敗訴したという事案です。

これはいろんな場面で心理職が直面する問題です。

例えば認知症の患者さんが車の運転をしたいと言っている、認知症機能検査長谷川式ではそこそこ高い点数が出ているけど昔のエピソード記憶は鮮明、最近の記憶はあやふやです。

免許は最近なんとか更新できたばかりだけれども医師はレミニールやメマンチンのような中等度以上の認知症症状に効く薬を出していて「運転、何言ってるんですか?早く免許返納しなさいよ」と言っている。

そして田舎で車がないと何もできない。

こういった患者さんに接したからといって、心理職が警察や免許センターに通報することはしません。

家族から「なんとかしてください」と泣きつかれる場合もあります。

車で出かけるのが生きがいのクライエントさん、でも例えば再発可能性が高いラクナ脳梗塞を経験していて服薬はしていても身体中に血栓の素がある、いつ心筋梗塞を起こしてもおかしくないですし、無自覚症状の発作の間に意識消失している場合があります。

知人から聞いたのですが半側空間無視(例えば左側の知覚、認知機能がない)人が運転をしていることもあるそうです。

道路交通法は本来大変に厳しいものです。

免許更新したときに意識消失した経験の有無についてのアンケートに「ある」と書くと聴聞されて免許返納を余儀なくされることがあります。

さて、警視庁のホームページでは統合失調症、そううつ病は免許拒否と明記されています。

これも例えばの話ですが、「先生(医師)、免許取りたいんですけれども大丈夫だって診断書書いてくれませんか?そして教習所に「病気ただから優しい先生がいいなあ」って一言添えて診断書に書いてもらえませんか?」と言われたら医師は法に則ってそう書きます。

ですが、その診断書が出たらまず免許取得はできません。

また、奇跡的に免許取得できたとしても1年更新でその間に恣意的に免許取消しになる可能性もあります。

役所仕事はお互いの部署で情報共有をしないので、自立支援医療を受けている精神疾患患者さんが都道府県や市の精神保健担当部局から警察には何の連絡もいきません。

患者さんや家族から相談を受けたらどうすればいいのでしょうか?

「免許のことは先生(医師)に相談してね」=免許取得不可能、につながる可能性があります。

なぜならばそれが医師の義務だからです。

認知症、精神疾患患者さんが事故を起こして任意保険適用を受けようとしてもその疾患があったことを知りつつ運転していた場合には保険会社は1円も払わないことができます。

そして死亡や重大事故になれば、危険運転過失致死症罪で懲役25年以下の刑罰を受けます。

執行猶予は望めません。

免許のことばかり書いていましたが、精神疾患患者さんには銃刀法も厳しい規定を課しています。

銃は警察だけでなく保安関係の仕事をしている公務員はかなり所持を許可されています。(入管、刑務官など)

銃刀法はほぼ全ての精神疾患患者さんの銃の携行を禁止しています。

パイロット×

ヘリコプター操縦士×

と世の中には精神疾患患者さんの仕事や興味を禁止する法律は多くあります。

これは大変難しいジレンマです。

電車運転士が幻覚妄想と戦いながら

「先生(心理)、今週も持ちこたえてなんとか仕事ができました。先生にいつも話を親身に聞いてもらっていることで安心しているんですよ」

心理「◯◯さん、よかったですね、今日は幻覚妄想という歪んだ認知を修正するためのホームワークを出しますのでこれから説明しますね。」

と言っていていい場合なのでしょうか?

僕自身は多数の人命や安全がかかっていればそれを重視します。

患者さんが「そんな重大な義務から解放されたい」と言うのならばほっとします。

心理職は基本的に裁く人ではありません。

しかしクライエントさんだけでなく他者の人命がかかっていれば申し訳ないのですが本人を粘り強く説得してあきらめさせることが必要な場合もあります。

だからといって「病名がついた」=何もかもを規制、禁止しなければならない、という風には思いません。

僕は精神病圏でも状態像を見て認知機能に問題なければ運転免許はあまり口出ししません。

仕事で運転を要することがある場合にはなるべく避けるようにしています。

安全配慮については心理職は多々ジレンマに陥ることがあるでしょう。

公認心理師の倫理規程はありません。

公認心理師として、の前に人として苦悩しなければならない場面が多く出てくる、そして誰も正解を持っていない現状を危惧しています。

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