「近代中小企業連載第3回 ・営業に生かせる心理学『心理学的な付加価値が営業を成功させる。 』
「近代中小企業」
発行:中小企業経営研究会
https://www.kinchu.jp
(ひなた元原稿)
〇はじめに
どんなに魅力的な商材でもその存在や有用性が知られていなければ売れることはありません。したがって、売るためには「心理学的な付加価値」が影響します。
本連載の中では何度か出てくるのですが、人の認知、情動を変えて行動もポジティブに変化させるには「認知不協和理論」が営業活動の中で大切です。
よく営業で言われているのは「フット・イン・ザ・ドア・テクニック」です。相手にドアをあ開けさせてそこに足をはさみ込むと「自分がドアを開けたからこういうことになっている」という、自分の選択した行動を正当化するためにドアを開けたという小さな行動から、購買行動という大きな行動につなげるまでの一連の流れを説明しています。
〇段階的要請法と認知不協和理論による営業テクニック
実際にフット・イン・ザ・ドアテクニックを無理やり使ってしまうと押し売りになってしまうので、これは論外なのですが、段階的要請法や認知不協和理論を応用したこのテクニックは営業にとっては有用です。つまり、小さなことから承諾を取り、だんだんと大きな要請をしていくということです。
例えば無料でノベルティを付ける、そして安価でもいいから小さなモノを販売する、そうすると相手は「モノをもらった、安く買った」という自分の行動が誤っていなかったということでポジティブに自分の行動をとらえるために、大きな事柄でも承諾しやすくなるということです。常に小さなお願いは大きなお願いにつながります。
例をあげます。最近服飾等の小売店ではいわゆる「売る」押しつけがましい営業よりも顧客優先の選択をしてもらうように心がけています。「どうぞご自由に見学してください」(顧客の自由度が高い)そして顧客が迷っているようだったら「どうしました?もしよろしければ説明させてもらえませんか?」と顧客の意志決定を重視し、顧客が「自分で選択した」という認知が大切になるわけです。
ここで「30分ほど説明させてもらえませんか」と言われたら顧客はあまりの手間に嫌がってしまうでしょう。それよりは「少しお時間いいですか」「10分ほど見ていきませんか?」の方が受け入れられやすいのは当然のことのように思われます。
結果的にその説明が30分になってしまった時、人は自分が費やした時間を無駄だと認めたくないわけなので、購買行動につながりやすくなります。
人間は自分が選択した行動の過ちを認めたくありません。これをザイアンスの「単純接触理論」と組み合わせると硬軟使い分けた営業手法になるのではないでしょうか。つまり、他愛のない挨拶程度でも営業マンが毎回接触してくると「売る」という積極的な行動に営業マンが出なくても顧客は営業マンと接触してきた時間の長さが無駄だったとは認めたくないために購買行動につながりやすくなるでしょう。
単純接触効果は相手が忙しい時間を過ごしているのに無理に面会を申し入れるのは逆効果になります。「たまたま通りかかったので」と名刺1枚受付に渡しておくのでも構いません。不在でもいいのです。
新商品のパンフレットができた、あるいは従来ある商品のパンフレットがマイナーチェンジされて新しくなった、など直接顔を見なくても潜在的顧客は「あ、また来たなあ、こちらが忙しいと思って面会を無理強いしなかったんだなあ」と好意を持った単純接触効果になるでしょう。
これは営業マン自身が「広告」として機能していることを示します。ただテレビのCMが流れているのとは違い、手間がかかっている広告です。営業マンがわざわざ足を運ぶことはっこの手間がかかった広告の効果としては、相手の認知、記憶にとどまり、感情を良好にして次のステップとして面談をしてみよう、最終的には購買行動につながるものと考えられます。
さて、認知不協和理論は大切な営業テクニックで、人は自分の認知(認識=例えばこの人はいい人だ)というものは情動(感情、好意を営業マンと商品に抱いている)、そして最終的には購買という行動に出るのです。これは臨床心理学の最前線で使われている、誤った認知を正しい行動に変える認知行動療法にも応用されています。
また、購買行動に関する認知は、認知不協和理論にも似た、A―B―Ⅹモデル(バランス理論)でも説明できます。例えば、巨人ファンのA君と阪神ファンのB君が仲がいいけれどもどうしてもA君は野球の好みが許せない。そうするとA君は自分の認知を変えて阪神ファンになろうとするかもしれません。また、巨人ファンになるようにB君のことを説得するかもしれません。
以上は比較的前向きな行動なのですが、A君はお互いの認知が違っているという緊張状態を解消するためにB君が嫌いになり、B君との仲を解消するようになるかもしれません。つまり、認知の違いというのはそれほどまでに人の感情を動かすわけです。
「だから」「でも」などといった相手がなかなか納得をしないキーワードを使っても顧客の心を動かすことは難しいでしょう。例えば顧客がいったん「買わない」という言葉を口にしたとしてもその意志を無理やり変えようとするのではなく、徐々に相手の態度変容を期待する方が効率的でしょう。
〇 ポジティブな心理学の活用
従来、心理学は病人の治療のために発展してきましたが、そうではないポジティブな側面にも注目されているのがポジティブ心理学です。あたかも営業マンが治療者のように顧客に接していたら、営業マンの方が上位に立っていて顧客が不快に感じやすいのは想像に難くないでしょう。
人間はネガティブな感情よりポジティブな感情を望みます。そこで、相手が好きなこと、没頭することに話を引き入れていくことは大切なテクニックです。最初から売り込みをかけられるよりも趣味の話や大切にしている家族の話、好きな話題を好みます。
ポジティブ心理学から少し離れるのですが、会話術として上記の説明をより深めて考えてみます。人間の会話には「クローズド・クエスチョン」とそして「オープン・クエスチョン」
があります。営業をするのに「今日は暑いですね」と営業マンが言ったなら「そうだね」と一言返されて終わりでしょう。「暑いと食欲が落ちますね」も「そうだね」「そうでもないよ」の一言で終わってしまいます。
それに引き換え、「オープン・クエスチョン」は話題が広がる会話術です。同じ天気の話でも「今日の天気はどうですか?」と聞くと「暑いね、暑いのは僕は苦手でね、北の方の出身だからね」「そうなんですか、私は南の出身ですけれどもこちらの気候は蒸しますよね」と話が広がります。「食欲が落ちますよね」よりも「暑いと冷たいものが食べたくなりますよね」「そうそう、そうめんとかね」「私もそうめんは〇〇産が大好きなんですよ」等話が広がります。
話を広げて相手との親しい関係を作り上げていくのは営業の基本です。また、顧客は常に自分で選択を行ったという思考を好みますので、そこには「ユー・ミーニング」(「あなた」が主語)よりも「アイ・ミーニング」(「私」が主語)の話し方が好まれます。
読者の方は、販売のために「私はあなたにモノを売りたい」という発想とはまるで逆に感じるかもしれません。「私は売りたい」はどちらかというと押しつけがましく感じられないでしょうか。「私(アイ)はこの商品を〇〇と考えますけれど、どうでしょうか?」と聞いた方が先ほどのオープン・クエスチョンと相まって話はどんどん広がりますし、それに加えて選択権はあくまでも顧客にあるということで、満足度も高まるでしょう。
ポジティブ心理学について触れておきます。ポジティブな感情がまず大切になります。最初から高値で販売を提案されるよりもサービスや品質の積み重ねでその値段になったことを示していく方が受け入れられやすいと筆者は考えます。誰しも不愉快な人生よりも心地よい時間を過ごしたいと思っていることは間違いありません。一方的な押しつけは禁物です。
そしていったん顧客が自社の商品、そして商品そのものでなくても商品が持っている価値に自分が没頭し、夢中になっていけばそれに対する集中性は増します。常にポジティブな感情を持ってもらうことがこの没入状態に関係しています。精神的に健康度が高い人ほどこの没入状態になりやすいことが知られています。
営業マンは顧客の健康度を高めるためのユーモアや相手が興味を引く話題の引き出しを多く持っていることが大切なのはこのポジティブ心理学でも説明できます。そのためには関係性も大切です。お互いに不快な感情「売ろうとする―無理やり売られようとする」という関係性は良好とは言えません。営業以外にも付加価値が多いサービスを提供することが大事になるでしょう。
ポジティブ心理学では人間がいかにして幸せになるか、ウェルビーイングという概念を大切にしています。そこには社会的に良好な人間関係が影響しています。思い描いてみると(例外はもちろんありますが)幸せそうで、人の(社員の)役に立つものを購入したいという顧客は笑顔のウェルビーイングに満ちているわけです。
「営業」というのはただの仕事、というよりはその営業マンの価値観や人生観が強く反映されるものです。営業活動をする中で、自分は正しいことをしている、ポジティブに顧客に喜んでもらっているという感覚、人生の意味や意義をそこに見出すことはとても大切なっことです。そしてそれは顧客にも通じることです。幸福度を達成する上で、なぜその商品が大切なのかを知ってもらうことが大切でしょう。それは大袈裟過ぎないと思うのですが、意味や意義を人生に見出すことが営業活動に通じるということになるでしょう。
ポジティブ心理学の中でも大切な概念は、達成感情です。これも営業マンと顧客双方に通じることで、いいものを売った、いい買い物をしたという達成感情がお互いに生まれたら営業はさらに次の営業につながります。仕方なく買ってしまったというよりも、お互いにwin-winの関係性が大切なのはこのためです。
〇精緻化見込みモデル
精緻化見込みモデルは2つのルートをたどると考えられます。
例えば商品についてとても詳しい顧客がいたとします。詳しいからこそ、周辺情報や他社の製品と比較検討することができる、この顧客は購買行動について「中心ルート」と言えます。関心、興味を持っている中心ルートをたどる人は潜在的顧客として大きな役割を果たすと言えます。
中心ルートの人は商品に対する知識が優れているだけに、世間の評判がどうなっているのか、この商品の雰囲気は、ということについてはあまり関心を抱きません。この人たちが専門的な知識を持っているのならばこちらも懇切丁寧に専門性について説明した方が効果的ということです。
また、商品そのもののことはよく知らない、ですがSNSやインフルエンサー、芸能人等が勧めているから、と周辺からその商品に興味を持つようになった人のことを「周辺ルート」の潜在的顧客と呼ぶことができます。商品そのものに強い関心がなかったとしても「結果的にこれはとても役立った、役立っていると言っている人が多い」ということで周辺ルートの人は知識が増えなくても購買意欲は高まるわけです。
こういった周辺ルートの人たちに対して無理やりに商品の持つ魅力や性能、知識を売り込もうというのは逆効果になりかねません。周辺ルートの人たちは商品の持つ雰囲気や役に立っているというメッセージの方を重視しているからです。ただし、こういった人たちは雰囲気で選んでいるので流行が変わると中心的な興味も異なってしまうことも十分に考えられます。その商品を売りたいのであればその流行が続いているうちに、そして流行が変わった場合には別の商品を売っていくという工夫が必要となるでしょう。
〇おわりに
今回は、商品よりも商品に対してつけられる付加価値が大切ということについて述べてみました。人は認知、情動、そして認知や情動に関連したポジティブな感情についてを中心に書きました。付加価値というのは本稿では営業マン自身と、営業マンの持つ魅力、そして営業マンの持つコミュニケーション能力です。これら全てを一致させることは難しくても、その強度が強いほど営業マンは「売れる」営業マンとなっていくことが期待されるのではないでしょうか。
※いつも拙文を校正の上、綺麗なpdfにしてくださってありがとうございます。
近代中小企業「営業に生かせる心理学3」