ひなたあきらの公認心理師でポン!

新制度公認心理師の検証をしばらく続け、この制度がよりよいものになるための問題提起を行いつつ、カウンセリングの在り方について考え、最新の情報提供を行っていきます。ほか心理学全般についての考察も進めていきます ブログ運営者:ひなたあきら メールアドレスhimata0630★gmail.com(★を@に変えてください。)

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◯ 彼女に劣等感を持ってしまった時、その理由と対処法

付き合っている彼女にいろんな意味で劣等感を感じることがあるかもしれません。

特に男性は相手の職業、年収、社会的地位などで相手との力関係を判断する傾向があります。

もし彼女が自分よりも優れている何かを持っていて、そこであなたが卑屈になってしまったら、彼女はあなたに対し、包容力が足りないと失望してしまうかもしれません。

また、社会的要因でなくても劣等感を刺激しかねない理由もあります。

彼女が美人過ぎて、彼女やあなたの友人たちから、美女と野獣のようだね、と言われたら心地よくないでしょう。

彼女がとても優しく、性格的にも完璧で、誰からも好かれているのにあなたは普通の人だと、それも他人から蔑視されているような気持ちになるかもしれません。

自分がけなされているような感覚は不快なものです。

1.家柄が違い過ぎる時の対応

劣等感を彼女に抱く時、それは彼女の家柄とあなたが生まれ育った家庭環境があまりに違い過ぎる場合にも出てくるかもしれません。

彼女の実家に招かれ、そこで社会人として大成功を収めている彼女の父親と会った時は居心地の悪さを感じても不思議ではないでしょう。

彼女の父親があなたの両親の仕事、財産を聞くような話をしてくる、あなた自身は将来どんな道を歩んで行こうとしているのか。

父親としては将来あなたに娘を任せられるかどうかを見るための大事な質問です。

あるいは何気なく世間話のつもりで聞いているのかもしれません。

いずれにせよ家柄や彼女の育った環境があまりにもあなたと違い過ぎると劣等感を感じやすくなります。

あなたはそんな時でも堂々としていましょう。

生まれ育ちは変えられなくても、あなたの人間的魅力や礼儀正しさは後天的に身につけられるものです。

2. 彼女が美人過ぎても堂々としていよう

彼女が美し過ぎる時、それは羨望の対象になります。

それはむしろ喜ぶべき点でしょう。

ごく普通の容姿だとあなたは自分について思っています。

しかし彼女はあなたにしかない、あなただけの魅力を見つけて好きになってくれたのです。

一体それが何なのか、彼女は簡単にそれを教えてくれるでしょう。

あなたもそれをを誇りに思い、長所を伸ばし、より魅力ある人間になることを目指しましょう。

嫉妬はジェラシーjealousyとエンビーenvyと英訳では分かれます。

ジェラシーは、そういうあなたを羨ましいと思いながら自分を高めたいという気持ちです。

ジェラシーを持つ友人は打ち解けてあなたに教えて欲しいと質問してきます。

しかしエンビーはあなたを妬んで追い落そうとする危険な嫉妬です。

あなたもきちんと周りの人間を見極めて対処することが必要です。

3. 彼女の社会的地位が高過ぎる時には

彼女の学歴、年収、職業にあなたが劣等感を持ってしまった時にはどのようにしたらいいのでしょうか。

かなり気持ちが動揺してしまうこともあります。

どれについてもそう簡単には変えられないものです。

能力差を見せつけられるような気持ちになるかもしれません。

しかしそこであなたがいじけた態度になってしまうのを決して彼女は望みません。

もしそういったネガティブな対応をしてしまったら彼女の心はあなたから離れていってしまうかもしれないのです。

彼女は持ち前の頭の回転の早さや、高い能力であなたという人間をフォローして、素敵な男性になれるよう、プロデュースしてくれるかもしれません。

彼女に何もかも頼り過ぎてもいけませんが、賢い彼女からのアドバイスはあなたにとって貴重なものです。

4.社交的で性格の明るい彼女

学歴や職業に関係なく、人柄がよくて友人も多く、世間知が高いので多くの友人に恵まれている女性もいます。

彼女はさまざまなネットワークで人脈を作り、外に出たがる人です。

そうするとあなたは取り残されたような気持ちになり、彼女の行動を束縛したくなるかもしれません。

それは決して彼女が望んでいないことです。

広い知識を持つ彼女は、あなたの隠れた才能を見抜いていてそこに引かれていることが多いでしょう。

あなたがもし彼女に招かれ、男女問わず誰か他の友人に紹介されたら喜んで会い、仲良くしましょう。

彼女の好きな人のことをあなたもまた好きになれたら彼女は嬉しい気持ちになります。

世間知が高い彼女からは生き方そのものを教えてもらうことができるのです。

5.お互いに尊敬し合える理想的な関係に

彼女に劣等感を持ってしまった時、男としての威厳を見せようとして裏付けのないプライドで上から目線で彼女に接してしまうと彼女は幻滅してしまいます。

気まずい関係になってしまう可能性が高いでしょう。

こういった場合、あなたよりも優れている長所を持っている彼女を素直にほめられれば、彼女はあなたが評価してくれていることを喜びます。

彼女を見下してはいけません。

むしろあなたに必要なのは、彼女よりもワンダウンしたポジションなのです。

教えてくれる?と得意な領域について聞かれれば人は喜んで話します。

そしてあなたにはない魅力を持っている彼女のことを人格的にも尊敬できると伝えられれば彼女にとってこれほど嬉しいことはありません。

男女がお互いに尊敬し合う関係になれれば理想的な交際ができるでしょう。

書いた人 ひなたあきら
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絵:著作権を強硬に主張する千美梨画伯

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◯ 発達障害概論

発達障害という概念がオーソライズされたのはおそらく平成10年前後で、当時の文部科学省では軽度発達障害という名前で呼ばれていて、概念そのものが曖昧で混沌としたものだったと思います。

昭和の時代は多動(ADHD)や注意欠陥障害(ADD)は、立ち歩いて授業の邪魔をするなとか、片付けられない、宿題をやって来ない子の頬をビンタするとか、管理教育と言う名の暴力の中で発達障害者(児)は排斥されてきていた教育暗部の歴史があります。

僕も小学校の通知票に「授業中喋って歩くのでご家庭で注意してください」と何度も書かれましたが、家庭で注意して多動が止むわけではないです。

そんな時に僕を叱るわけでもなくニコニコしながら手作りおやつを作ってくれた母は偉大だと思います。親のかかわりというものは発達障害者にとっては大きな影響を与えます。

遺伝子2万の10数個に異変があっただけで相当苦しみ続けている人たちは多いです。

スクールカウンセラーとして働いていた時、特別支援学級で彼ら、彼女たちと会っていた時はとても楽しい思いをさせてもらいました。

ASD(自閉症スペクトラム障害)の子たちの中で、自分が興味ある漫画、スポーツ選手の話をする子たちが何人もいました。

それこそ数時間単位で楽しそうに話しています。

中には変わった仲良し同士のASDの子たちがいて、互いに興味関心が違っていても何時間も別の話題をそれぞれしながら盛り上がっていました。

発達障害の人たちが全員サヴァン症候群(一芸に秀でた天才)とは言い切れません。

ただ、WISC、WAISなど知能テストを実施してみると知能下位検査(知能の成分を測定するためのそれぞれの独立項目の検査)のばらつき(ディスクレパンシー)が大きくて、ああ、とてもこの人は苦労するだろうなあと思うことはしばしばです。

言語検査が動作検査よりもかなり優位に高い値を示す人は、言語的に考えるスピードが速くてもそれを口にするという動作がついていかないので、結果としてストレスがたまるでしょう。

ビルゲイツ、故スティーブ・ジョブズを含めてシリコンバレーの住人は全員発達障害だろうと言われています。

発達障害、統合失調症、双極性障害という遺伝子性の障害や疾患は、その遺伝子を持って生まれたら子孫を残せない、致死遺伝子ではありません。

人類の歴史が進歩していく中で必ず必要だったからこれらの遺伝子を持つ人々が必要だったわけです。

双極性障害の人は天変地異が起こった時、疲労に負けずに頑張ってそのうち躁状態になると眠らず次々とアイディアを出しながら馬車馬のように働いていたのでしょう。

統合失調症は、精神医学者中井久夫によれば、文化依存症候群ということで、西欧圏以外の文化ではシャーマンとしてかなりの尊敬を集め、預言者、エクソシストの役割もしていました。
(DSM-5ではこういう社会適応している人たちを診断から除外しています。)

日本も戦前は狐払いをしていたのが文化が西欧化するにつれてとんと聞かなくなってしまいました。

どこからか聞いた話の引用で、出典を忘れてしまって申し訳ないのですが、矢じりオタクみたいな発達障害の人がいて、矢じりの改良に専念していたので人類は生き残れたわけです。

発達障害者で名声を博したのはテンプル・グランディン女史で、彼女は人間を仲間として生きることを諦め、その代わり牛など家畜類、動物を最良の友としています。

ただ、食用家畜は必ず食べられるものだからという哲学があり、肉牛屠殺用の機械を牛が苦しまず、そして効率的に食肉化が可能とする発明をしました。

彼女は食肉協会、動物愛護協会の2団体から表彰を受けました。

僕ツイッターなどネットの世界で発達障害の人とかかわることもありますが、この人たちは物凄いエネルギーで発達障害にかかわるデータベースを構築しています。凡百の心理職は到底敵いません。

心理職の僕が読んでも、専門書と比べても全くひけをとらないレベルのものが出来上がっているのに関心しています。

知識は自らの障害、疾患を知る上でその人をエンパワーメントしてくれるものだと思っています。

昔の勤め先の精神科医は患者たるもの薬物の話を医者と対等にできるぐらい詳しく調べておかないとダメだと言い切っていました。

何か生きにくい、生きづらいと思っていて、成人してから発達障害が発見されることもあります。

成人だから何もできないというわけではなく、ADHDやASDには中枢神経刺激薬として、以前は不正利用で悪名高かったリタリン、今は腸内でだんだん溶ける徐放剤のコンサータ、ストラテラが使用されています。

また、ASDにもごく少量のメジャートランキライザーや漢方の処方でかなり好転することもあります。

発達障害者が重度の統合失調症と誤診され、過鎮静を起こすほどの大量の抗精神病薬を投与されていたことは多いです。

一度それだけ力価が高いメジャー投与をされるとどんな名医でも一気に抜くことができず、ゆっくりと減薬するしかありません。

発達障害の正しい診断ができる医師は多くなってきたがまだまだその数は足りないと思うのです。

児童では、最近の市区町村役場の発達検査で早期に発達障害が判明し、きちんと療育を受けられるようになったのはある意味でいい時代になったと言えるでしょう。

恋人、パートナーが発達障害者だということが判明しても決して差別的な目で見ないで欲しいと思います。

もし大切な家族が発達障害だとわかってもそのことで排斥しないで欲しいとも考えているのです。

人はどんな障害や疾患を抱えていてもそれを補って余りある素晴らしさを必ず持っています。

薔薇ならばいずれ必ず咲くものだから。僕は人間の持っている無限の可能性を信じ続けたいと思っています。

版画:千美梨画伯作

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◯ 公認心理師試験に投影された学派間論争

結論:公認心理師試験は学派の派閥争いに巻き込まれて試験問題が作られていると思います。

理由:認知行動療法学派の人たちはアグレッシブ過ぎて弾がなくてもなんとか空包を調達して銃撃戦を試みる。ので巻き添えになったのが公認心理師試験

1.心理療法学派概括

さて、臨床心理の世界では学派、流派が数多く(400ぐらい)あります。

学派間の論争、というか批判は常に行われてきたわけで、それはお互いの学派の信頼性を高めるため、批判に耐えうる理論構築という意味では切磋琢磨するのが悪い事ばかりとは思いません。

ただし、公認心理師試験はエビデンス主義、evidence-based medicine:EBMに偏りがちなのではないか?

という批判は当然出て来るでしょう。

現在の医療保険制度も認知行動療法に対して点数を付与することが中心で、他学派の精神療法に関しての保険診療を大々的に認めてはいません。

しかし例えば、小児に対する20分以上のカウンセリングを公認心理師が行ったら200点(2千円)と今回初めて保険診療化されました。

何の流派のカウンセリングか?ということが問われていないのが心理師にとっての自由度なのかもしれません。

EBMと言えば真っ先に思い付くのがイギリスで有名なコクラン共同計画(Cochrane Collaboration:CC)で、全てのエビデンスある研究にシステマティックなレビューをして医療情報を利用できるようにしたものです。

認知行動療法は全て画一化されたものというわけでもなく、アーロン・ベックAaron Temkin Beckによる認知行動療法、マイヤーMeyerによる強迫性障害への曝露反応妨害法ERP(expo- sure and response prevention)エドナ・フォアEdna B. Foaによる持続エクスポージャー法PE(prolonged exposure)

第3世代としてのマインドフルネス、Steven C. Hayesによるアクセプタンス・コミットメント・セラピー ACT(acceptance and commitment therapy)(アクト)

マーシャ・リネハンMarsha M. Linehanによる弁証法的行動療法DBT(diactical behavior therapy)等々で認知行動療法の中でも学派が分かれています。

フロイトの精神分析、職業指導カウンセリングから始まったロジャーズの来談者中心療法(後にジェンドリンのフォーカシングに発展)、この辺りの学派はひととおり受験生の方々は調べておく必要があると思います。

Albert Ellisによる合理情動療法 RET(rational-emotive therapy)、
ジョセフ・ウォルピWolpe, J.による系統的脱感作法 systemic Desensiti desensitizatinn in-vivo Exposure. 、
自立訓練法、バイオフィードバック、

トラウマ情報処理に特化したフランシーン・シャビロShapiro,Francine創始のEMDR(eye movement desensitization and reprocessing)神経症治療のために編み出された森田療法、吉本伊信による内観法、この辺りは試験に既出なので勉強しないとならないと思います。

試験対策としては現象学、ゲシュタルト療法などさまざまな学派を覚えなければならないでしょう。

僕が挙げたのはほんの一部かもしれませんし内容はあまり説明していません。

さて、これら学派あまた数ある中で異なる学派であっても日本ではあまり学派間の論争は盛んではなかったような気がします。

アメリカでは行動主義心理学者ジョン・ワトソン(John Broadus Watson)が精神分析学を論破するためにフロイトの全著作を精細に読破しました。

こういう勢いのある話は納得ができるのですが、基礎心理学者たちは心理学を科学としてとらえていたので、昔から臨床心理学を非科学的なものとして異分子扱いしていた(いる)ことは間違いありません。  

2.日本の臨床心理学隆盛期

ユング心理学者の河合隼雄先生が御存命のころは無意識世界や精神分析はかなり人気があり、結果として多数派ともなっていたのです。

医師故小此木啓吾先生が正統派精神分析学者として慶應大学で教鞭を取られていたのにも一時代を感じます。

故霜山徳治先生は哲学と実存心理学者として「夜と霧」Viktor Emil Frank(ナチス強制収容所から生還した精神科医)の友人でもあり、実存心理学を含めて臨床家としても臨床心理学者としても一時代を築きました。

3.認知行動療法学派の台頭前後の状況

さて、アメリカでは認知行動療法のみが保険適用、精神分析はエビデンス(証拠)がないとして保険化されることはなかったのでその影響もあったのでしょうか。

河合隼雄先生御逝去と時を一にしてか、たまたまなのか認知行動療法が他学派のエビデンス欠如を俎上に乗せてアグレッシブに自学派のみの正統性を主張し始めました。

現日本心理研修センター理事長にして日本臨床心理士会長だったこともある村瀬嘉代子先生はカウンセリング世界の天才としての尊敬を集め、現在の地位にいるのですが、どう感じていらっしゃるのでしょうか。


村瀬嘉代子先生はいわば統合的心理療法学派からも学派を超えた稀代のスーパー臨床心理学者としてこの臨床心理世界を見渡す地位にあります。

河合隼雄先生に次ぐ臨床心理の第2の始祖とも言えますし(異論は認めます)彼女の活躍なくしては公認心理師制度も実現しなかったかもしれません。

ちなみに村瀬嘉代子先生の夫、故村瀬孝雄先生は東大教授にして生粋のロジャリアン、そこからフォーカシングにも発展した研究実践を行っていて、アクスラインの遊戯療法にも大きな意義を認めていた方です。

村瀬孝雄先生は67歳という若さにして亡くなられました。面倒見が悪い、というかその時代は心理の就職は万年氷河期で村瀬孝雄先生も学生の就職の世話をしなかったと言われています。

「村瀬先生、これからは英語とパソコンができなければ臨床家としてやっていけまさんよね」

という学生に対して「カウンセリングは机と椅子があればできる!」と喝破したという逸話があります。(村瀬孝雄先生はアメリカ留学歴があります。)

4.認知行動療法学者たちの現在

次々と臨床心理学の重鎮達が去っていく中で認知行動療法は現在臨床心理学の世界を席巻しようと躍起になっています。

認知行動療法家が自説に則った活動をするのを構わないのですが、科学性を主張するあまり、ナラティブな精神療法、精神分析学や投影的心理テストを全否定するのはいかがなものかと思います。  

箱庭療法のようなクライエントさんが心地よさを感じる精神療法、そして面談に来て満足して帰っていくクライエントさんはエビデンスを追求しなくとも多くの心理職がその手応えを感じているでしょう。

実際fMRIのような最新測定機器でも精神療法後のクライエントさんの脳血流が良くなったという研究報告もあります。

ところが認知行動療法家の筑波大学原田隆之氏はバウムテストや中井久夫先生の風景構成法、ひいてはロールシャッハテストも否定しそうな勢いです。

公認心理師試験委員会副委員長小川俊樹先生はエクスナーによる包括的ロールシャッハシステムを日本に適用させた第一人者ですが、エクスナーが実験に実験を重ねてロールシャッハ法を科学の領域まで高めたことまで否定されてしまうのでしょうか?

そして認知行動療法学者たちは他学派を否定するだけでなく、自分以外の認知行動療法家のありように対してもアグレッシブです。

T京大学のT野教授とS山教授が互いに険悪、少なくとも無視し合っているという噂を聞くとげんなりしてしまうのは僕だけなのでしょうか?

これでは認知行動療法学派ではなく自己認知至上主義療法ではありませんか。先生方認知は歪んでいませんか?

5.結語

僕の持論ですが、ナラティブな精神療法はやがて科学の発展の裏付けでEBMになっていきます。

認知行動療法が大々的に非言語的なノンヴァーバルコミュニケーションを重視していた研究は寡聞にして知りません。

認知行動療法家は自分主義でなく他学派の否定もせず、ダイナミックな心理の世界をお互いに尊重して欲しいと思います。

とても物柔らかで、この人はクライエントさんの信頼を得られるだろうという穏やかな認知行動療法家も多数いるのでなおさらそう思うのです。

日本心理学会がこの始まったばかりの制度の混乱をうまくくぐり抜けてシラバス(教育課程)を作り他学派を排斥しようとしている動きは誰にも見えてしまいます。

絵:千美梨画伯

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