カウンセラーひなたあきらが公認心理師について考えてみた

新制度公認心理師の検証をしばらく続け、この制度がよりよいものになるための問題提起を行いつつ、カウンセリングの在り方について考え、最新の情報提供を行っていきます。 ブログ運営者:ひなたあきら メールアドレスhimata0630★gmail.com(★を@に変えてください。)

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札幌児童虐待死・児相に本当に問題はあったのか?

札幌児童虐待死事件で札幌児相自体「児童相談所の対応に問題があった」と答えています。

政府も全国児童相談所所長会議を開催することを決定しました。

果たして札幌児童相談所が謝罪しなければならないほど、児童相談所は本当に悪かったのか?それが正しい認識なのかということについて児童福祉・心理の現状から考えてみたいと思います。

何度もニュースで報じられていますが児童福祉司が1人当たり担当する件数は平均100件以上、ひとつひとつのケースが一時保護が必要なのか、そして社会的養護の対象になるのか(乳児院、養護施設など)吟味しなければいけません。

児童相談所は全国都道府県及び政令指定都市に置かれています。

平成11年には児相への虐待事件相談件数11,631人だったのが平成29年度には133,778件です。

これは虐待件数が増えたからこういう結果になったというわけはないでしょう。

潜在的に埋もれていた、たとえば病院に子どもが怪我をして運ばれてきて、変だと思っていたとしても踏み込めなかったのではないかという事情も推察されます。

「家族内だから」と重傷を負ったとしてもあやふやで看過した領域に社会が注目するようになったことが要因として考えられます。

心理職が仕事をしていて子どもが怪我ばかりしているというケースに出会ったことはなかったでしょうか。

親の体罰が深刻な結果をもたらすことが多々あるということがはっきりとしてきたのは報道がもたらした成果とも言えます。

それまでは暗数となっていた虐待事件は明るみに出ていなかった可能性があります。

通報、相談が増えて来たのは虐待がクローズアップされるようになったからだとも言えます。

一昔前の児相は(今でもそういう自治体はありますが)その自治体の行政職として採用された職員が配置転換の際「児童相談所に行ってみたら?」と何も知らないまま児童相談所に配属されることがありました。

児童福祉司は社会福祉士を持っていることが任用条件ですが、それが満たされていなかった職員が多かったのです。

結果としてそのころ「児相は通報してもあてにならない」という不信感を抱かれるようにもなっていたというのはそのころの地域住人から何度か聞いたことがあります。

心理判定員(現児童心理司)は非常勤採用、所長も行政職で児童福祉の素人という時代は長く続き、徐々に専門家を投入した結果、相談件数が増加したものと思われます。

知り合いの児童福祉司が言っていましたが、100件ほどある案件から、死亡可能性が高いものに処理の優先順位をつけて、そこから着手していくしかないとのことでした。

しかし家庭は予測がつかない有機体です。

ファイルの下の地層にある案件がいつ何が起こって爆弾が破裂するのかわからない状態です。

そして自治体によっては児童心理司の方が児童福祉司よりも事件数を多く抱えています。

今回の事件が医療機関にありそうなヒューマンエラーやインシデント、医療事故ならばあり得ることかもしれません。

しかしどうなのでしょう。

あくまで推測ですが、あまりに多忙で、危険がわかっていても対応が不可能だったのかもしれません。

家庭再統合が可能だったという思慮があったのかもしれません。

今回の件でも児相は何度も家庭との接触を試みていて、報道は児相が何もしなかったかのように報じていますがそうではなかったわけです。

児童行政は常に慢性的な人手不足です。

自治体心理として採用されて社会的養護施設で当直業務を行いながら疲弊している心理職には息つく間もありません。

児相も社会養護施設もその中で里親コーディネートもします。

家庭内再統合は賭けですが、子どもにとって修復した家庭が何よりの居場所であることは間違いありません。

報道は一つこういった事案があると児童相談所をやり玉にあけます。

児童相談所はプライバシーがあるので話せないことも多々ありますのでそれを逆手に取られて児相が槍玉に上がっている可能性もあるのではないでしょうか。

現場で本当に全身全霊をかけて仕事をしている福祉・心理職の人たちを見ていると、世論の向かう先は個別の児童相談所ではなく、社会全体の構造であるべきだと思うのです。




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◯ 心理臨床学会翌日職務復帰、臨床心理士、公認心理師について思うこと

さて、僕は昨日学会から帰宅、ちみちゃんにろくにあいさつもせず手料理を久しぶりに食べて倒れるように寝ました。

今日から仕事が始まりました。

ホントは今日休みを取りたかったのですが、学会参加の間会えなかったクライエントさんとの面接が目白押し、明日は午前中メンタルヘルス講師と会議、準備しておかないと、ということで出動です。

これから資料作りをするという泥縄式デスマーチに入り込みそうなのはいつものことですが困っています。

机の上にほかの仕事が山のように仕事がたまっています。

研究発表の準備が何もできていないのを思い出します。

休憩しながら学会でもらってきた出版社のカタログを見てピックアップ、別の学会から学会誌が来ていたので目を通します。

こうやって現場に戻ってくると忙しくてもホッとします。

心理職は日々の仕事をコツコツと地道にやるしかない、公認心理師でも臨床心理士でもそれは同じことでしょう。

なかなか良くならないと言いながら毎回くるクライエントさんも多くいます。

カウンセリングの何をもってアトラクティブ、魅力的と思わせているのでしょうか。

誰にも話せない空間をここでだけ保障していることは大切なのでしょう。

前回会った時よりも悪くなったという人とも多く会います。

そこはコンプリメント(賞賛)をして「よくそんな中でも頑張ってきましたね、生き延びて来られましたね」という人もいます。

セオリー通りに進まないのが心理療法ですし、そこが醍醐味でもあります。

学会参加をしていると僕の知らない学派、流派や他領域の心理職の人たちの発表が多いです。

そういうところに参加するのもいつも馴染んでいる人たちの発表に参加するのもどちらも意義があります。

あまりにも心理臨床の世界は広くて深く、多分僕があと3回ぐらい人生を繰り返してもその片鱗にしか触れることはできないでしょう。

いつもそう思うのですが、学会に参加して思うのは他学派の人々も心理療法を行う上で最大限クライエントさんの人格を尊重しているということです。

他学派、流派、職域職種の人々の立場を尊重できることは、クライエントさんの人権、人格、多様性を尊敬することにもつながると思います。

そして今回の学会は新制度公認心理師が誕生してから初めての学会でした。

公認心理師とは何か、その職責と社会からの期待は何か、今後公認心理師を養成していく上でのさまざまな課題やそれに対する養成側の高い意識が必要でしょう。

臨床心理士の理念、倫理、公認心理師のそれらを改めて考えることは「自分とは何者か?なぜ自分はここでカウンセリングという行為をしているのか?」という根源的な疑問や心理職の存在意義にもつながります。

まだまだこれから僕も学び続けなければなりません。

目前の仕事をしながら、クライエントさんから何を求められているのか、そのために何ができるのか考えます。

そして自分は何者なのかと自己のアイデンティティを探り、自問自答しながら仕事を続けていくことになるでしょう。

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日本心理臨床学会の後にこころJOBさんと公認心理師談義

こころJOBさん(メディカ出版)の中の人となんだか意気投合した勢いで約1時間半ほどお話する機会がありました。

中の人はこの公認心理師制度の行く先にかなり注視していて、前のめりに進んでいく熱意を感じさせる人でした。

中の人と話してみて僕が感じたのはこの制度全般と今後について考えるためにかなりの量の勉強をしていて、関心が薄い心理職よりもはるかに制度や心理職の生き様にも詳しくてサクサク話ができました。

こころJOBさんは公認心理師の今後の活躍の場について真剣に考えていて、人材紹介のサービスを進めています。「今後も求人情報があればどんどん載せますよ」という利用者(公認心理師や、これから公認心理師を目指す学生さんなど)中心の観点です。

こころJOBのWEBサイトでは公認心理師の職場や仕事内容について取材して掲載されているのですが、これからも公認心理師の活躍の舞台を紹介したいので、現職の公認心理師の方で職場のことをぜひ知ってもらいたいという方に、どんどん応募して欲しいとのことでした。

僕の感想ではきちんと閲覧者のことを考えてよくできているサイトだと思います。

情報があれば随時更新していくのでよろしくとのことでした。

※ こころJOBさんから一銭ももらっていないのですが、中の人の熱意に圧倒されて記事にしてみました。

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